第八十七話:ダンジョンの意思
ダンジョンの中は地獄だった。
1階層からそこら中にホブゴブリンが犇めいており、倒しても倒してもきりがない。
いちいち相手にしていてはキリがないので、俺が魔法で吹き飛ばして道を作り、その隙に移動するというのを繰り返した。
流石に、この数をフェルだけに相手させるというのは無理があるしね。ニクスもそう思っているのか、特に何か言ってくることはなかった。
「想像以上に多いな。奥の階層の奴らが全員来たか?」
一応、ホブゴブリン以外にもオーガとかリザードとか別の魔物も混じっているけど、大体はゴブリン系ばかりだ。
確かに、このダンジョンはゴブリンダンジョンと言ってもいいくらいゴブリンが多いし、それは別に珍しくもないけど、普通のゴブリンをあまり見かけないということは、奥の階層にいたホブゴブリンがほとんどなだれ込んできたってことだろう。
それなりに間引いてはいたつもりだったけど、まだこんなにいたとは驚きだ。
それとも、俺達がダンジョンに入れなかった一週間の間に増殖したとか?
ダンジョンで魔物が生まれる原理はよくわからないけど、ダンジョンコアによって魔物の出現を操作できるのだとしたら唐突に大量に増えてもおかしくはない。
たった一週間でこれほど増えたと考えると、これ守護者を倒しても倒しきれるだろうか。
守護者を倒したとしても、流石にすでに生まれてしまった魔物までは処理できない。あくまでダンジョンの魔物を出現させる機能を通常に戻すだけで、魔物を消すような機能はないようだ。
だから、仮に守護者をどうにかできたとしても、この大量のホブゴブリンをどうにかしなければならないのだけど、果たしてきちんと間引けるかどうか。
少なくとも、一か月以上は掃除に時間がかかりそうだ。
もし、町に被害が出なかったとしても、その間引きを行う冒険者を雇うお金や支援する物資なんかで相当なお金がかかりそう。
だからもっと早く守護者討伐に動けばよかったのに。
「こども、いない」
魔物が多すぎて探す暇もないが、一応見える範囲で探してはいた。
しかし、やられたであろう冒険者の死体なんかはあったものの、子供達の姿は見当たらない。
どこかに隠れているのだろうか。それとも俺が見えない場所ですでに死んでいるとか?
後者は考えたくないが、冒険者の死体がこんなにたくさん転がっているところを見るに普通にありえそうである。
いや、死体が見つかっていない以上、まだ可能性はある。ここは可能性を信じよう。
「そう言えばニクスさん、ダンジョンコアの場所はわかるって言ってましたけど、どこにあるんですか?」
だいぶ階層を降り、それに比例して魔物の数も少なくなってきた頃、フェルが疑問に思っていたことを質問した。
確かに、本来は町によって厳重に管理され、少なくとも一般の冒険者には決して辿り着ける場所ではないみたいな言い方をされていたけど、そんな場所ダンジョンにあるのだろうか?
「ダンジョンにはいずれもボスが存在するのは知っているな?」
「はい、ここはキングゴブリンがボスらしいですね」
「ダンジョンコアは、そのボスがいる先の部屋にあるのだ」
「ボス部屋の、先?」
ボス部屋の先と聞いて、フェルは首を傾げた。
どうやら、ダンジョンのボス部屋というのはすなわちダンジョンの最下層であり、それ以上先はないとされているらしい。
しかし、ニクスはあるという。これは一体どういうことなんだろう?
「そもそもの話、ダンジョンのボスというのはダンジョンコアを守るための守護者なのだ。ギルドで話を聞いた時、ボスとは別に守護者がいると聞いて少し妙に思ったが、それは恐らく、ダンジョンの意思のことだろう」
「ダンジョンの意思」
「地域によって色々な呼ばれ方をしているが、我はそう呼んでいる。ダンジョンの意思は、言った通りダンジョンコア自身の意思だ。誰だって、殺されそうになれば抵抗するだろう。それがダンジョンコアの意思であり、ギルドが言う守護者とやらの正体だ」
ダンジョンコアは守護者としてボスを置いているが、そのボスが倒された時のために、まずは宝箱を用意するのだという。
元々ダンジョンにはそこかしこに宝箱が置かれているが、ボスを倒すことによって出現するそれには他の宝箱に入っているものよりも貴重なものを置き、それを持っていかせることによってダンジョンコアに手を出さないように仕向けているのだという。
しかし、もしそれすらも乗り越えてダンジョンコアの下に辿り着いた場合、ダンジョンコアは自分を守るために自分の分身のようなものを生み出し、抵抗するのだとか。
なるほど、守護者というよりは本人というわけか。
なんだかダンジョンという割には生き物じみているというか、明確な意思があるように思える。
もしかしてだけど、ダンジョンって生きている?
「スタンピードの時にダンジョンの意思が出現するのは、魔物で言うなら一種の病気のようなものだ。一時的に力が制御できなくなり、それによって魔物を大量に生み出してしまう。そして、それを止めようとしても自分では止められない。だから、ダンジョンコアは自らを守るために意識を分身に移すのだ」
「それじゃあ、守護者を倒せばスタンピードが収まるというのは」
「ダンジョンの意思を殺し、ダンジョンコアという機構だけを残すことによって暴走を抑えるということだ。まあ、やることは通常の討伐依頼と何ら変わりない」
なんだか難しい話になってきたけど、つまり、ダンジョンコアはダンジョンコアという体とダンジョンの意思という意識があり、スタンピード時はそれらが分かれている状態になっている。そして、そのうち意識の方を倒すと体だけが残り、体に残された能力が発揮されてダンジョンは元に戻る、ということでいいかな。
ダンジョンは生きているかもしれないと思ったが、どうやら本当にそうらしい。
でもそれって、ダンジョンの意思を倒したらそれ以降ダンジョンの意思は出現しないようになるのかな?
スタンピードは一度起こって、ダンジョンの意思を倒したダンジョンであっても起きる可能性があるらしいし、それは何で起きるんだろう?
「意思を除かれたコアは生前行っていた行動を忠実に再現する。だから、一定の周期ごとにスタンピードを起こすのだ」
「それ、だんじょん、いし、いる?」
「一応いる。ただ、そこで現れるのは意思じゃない。ただの同じ姿をした分身体であり、以前の行動を忠実に再現するだけの魔物もどきだ」
なるほど。ダンジョンのスタンピードにはそう言うからくりがあったわけか。
あれ、でもそうなると、ダンジョンの意思を倒すことは、すなわちダンジョンの命を奪うということになるのでは……?
「もちろんそうなる。だが、何をためらうことがある? ダンジョンも広義ではただの魔物だ。今までさんざん倒してきたゴブリンどもと差はあるまい」
まあ、確かにさんざん魔物を倒しておいて、これでダンジョンを殺すことは間違っているとは言えないか。
別にダンジョンの意思を倒したところでダンジョンの機能がなくなるわけではないみたいだし、町の人達も困ることはない。
フェルの成長のためというのなら、その礎として倒してしまっても、いいのかな?
なんだか釈然としないけど、ニクスの言うことは正論である。
魔物が魔物を狩るなんて当たり前だし、天敵である人間が魔物を狩るのもまた当たり前だ。それがちょっと特別な魔物が相手だからとしり込みする必要はない、か。
少しモヤモヤを感じながらも、俺はニクスの後をついていった。
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