第八十五話:この場でやるべきこと
「助けるって、お前だって子供じゃねぇか。悪いことは言わねぇからやめとけって」
と、ベル君を引き留めていた男の子が心配そうな顔でそう言ってきた。
この子は見たことがないけれど、多分ベル君と同じポーターなのかな?
俺の実力はベル君くらいしか知らないから、子供に何を無茶なこと言ってるんだと思ったんだろう。
まあ、ベル君の方も実際に俺が戦ったところを見たわけではないから、俺というよりはフェルやニクスを当てにしているんだと思うけどね。
「だいじょうぶ、わたし、つよい」
「いや、強いったって……」
「大丈夫だアル、こいつはともかく、こいつの仲間は凄い強いから」
「そ、そうなのか?」
案の定、俺のことは戦力と数えていないようである。
まあ、別にいいんだけどね。
それよりも、早いところこの場を収めないとここも安全とは言い難い。さっさと指揮ができそうな人を呼ばないと。
「べる、ぎるど、いく」
「ギルドへ? お、俺も一緒に行くぞ!」
「だめ。ここ、きけん、まとめる、ひと、ひつよう」
「このことをギルドに伝えてまとめる人を呼べってことか?」
「そう」
ベル君は呑み込みが早くて助かる。
一応、冒険者達も全くの素人というわけでもないので、中には場をまとめようとしている人もいるが、それでは流石に足りない。
ダンジョンにおいては他の冒険者はライバルみたいなものだし、素直に耳を傾ける人も少ないようだ。
そんなこと言っている場合ではないけど、今のところダンジョンから魔物が溢れ出しているというわけでもないし、1階層に魔物が出たというのは多数の冒険者による証言だけである。
だから、中にはそれを信じようとせずにダンジョンに潜ろうとしたり、そのまま露店に留まっている人もいるようだ。
一応怪我人も多数出ているようだし、全くのでたらめではないとわかると思うんだけどね。ここは結構広いから、情報の密度に差があるのかもしれない。
「わ、わかった。すぐに呼んでくる!」
「こっち、まかせて」
「ああ、あいつらを助けてやってくれ!」
そう言って、ベル君はアル君を連れて走り去っていった。
さて、これでこの場は多分大丈夫だろう。心配ではあるけど、俺が口を出すよりはよっぽどましである。
「白竜の、行くぞ」
「にくす」
と、そこにニクスがやってきた。
どうやらフェルと共にその辺の冒険者に色々情報を聞いていたらしい。
得られた情報としては、1階層に本来11階層以降にしか出現しないホブゴブリンが出てきた。それによって多くの冒険者が怪我、ないし死亡し、生き残った者は受付に運び込まれている。このままではあと数分もしないうちに魔物がダンジョンから溢れ出し、町に解き放たれる。と言ったことだ。
もちろん、人伝に聞いただけの話だから信憑性は薄いかもしれないけど、実際に怪我人も出ているし、何人もの冒険者が魔物が出たと言っていることからしても嘘ということはないだろう。
やはり、スタンピードが始まってしまっている。これは町に被害が出るのも時間の問題だ。
「ニクスさん、このまま行っていいんでしょうか。このままだと、町に被害が出ちゃいます」
「知ったことか。これは町の責任者である町長の失態、それで被害が出ようが出まいが関係ない。それに、どのみちこれを止めるためには守護者を倒す必要がある。我らが手をこまねいている間にも、魔物は増えていくぞ」
スタンピード中はいくら倒しても次々と魔物が生成されてしまうため、少なくとも数日の間は魔物が尽きることはない。
確かに守護者を倒さずともスタンピードを乗り切ることは可能だが、大きな被害が出ることは避けられないのだ。
手っ取り早く止めるためには、やはり守護者を倒す必要があり、スタンピードを早く収束させたいならさっさと潜っていった方がいいのである。
でもまあ、目の前で被害が出ることが確定しているのにそれを放って置けというのも難しい話だけどね。
俺もベル君のことが心配だし、できれば手を貸してあげたいけど……。
「でも……」
「小娘よ、我らの目的を忘れるな。貴様とて、白竜のと共に暮らすことを諦めたわけではあるまい」
「それは、そうですけど……」
現状、ホブゴブリンの大群がダンジョンから溢れ出したとして、この場にいる冒険者だけで止められるかと言われたら微妙なところである。
ホブゴブリンは単体であればE~Dランク程度だが、大群ともなればCランクにも匹敵するかもしれない。
その上、もっと奥深くの階層で出るような武器や魔法を操る個体まで混ざっていると考えれば、その脅威度はもっと上がるだろう。
このダンジョンに挑んでいる冒険者の大半はDランク以下。いてもCランクがせいぜいである。
多少であれば押し留めることもできるかもしれないが、まあそう長くは持たないだろう。
ギルドからの応援に期待するしかないが、初動が遅れれば魔物は町に入り込んでしまうだろうし、市街戦ともなれば一般人にも被害が及ぶ。
それを阻止したいと考えるなら、この場で一番の実力者である俺達が残り、魔物を押し留めるのが最善であるように思える。
だが、そもそもこうなったのは案内役を素直に差し出さなかった町長の失態であり、その失態の尻拭いをすると考えるとあまり乗り気にはなれない。
それに、ニクスは初めから人間をそこまでよく思っていないし、ここでいくら被害が出ようが関係ないと思っていることだろう。
そんなニクスに残って迎撃しようというのは無理がある。
もちろん、俺だって何の罪もない人が傷つくのは嫌だけど、結局スタンピードを早く終わらせるためには守護者の討伐が不可欠だし、ニクスの言うことは何も間違っていないとなると反論もしにくい。
さて、どうしたものか……。
「……でも、やっぱりここで放置して被害を出すのは違うと思います」
「ほう、貴様は我が間違っていると言いたいのか?」
「間違っているとは言いません。ですが、何の準備もしないまま行くのは違うと思うんです」
フェルはそう言ってニクスの目をじっと見つめた。
確かに別に最初から最後まで戦う必要はない。ギルドならば、ある程度強い人材も残っているだろうし、メリアさんが来てくれれば指揮の面でも問題はない。
であれば、最低でもそのギルドからの応援が来るまで迎撃し、その後その場を任せてダンジョンに挑むというのもいいのではないだろうか。
初動さえなんとかできれば後は陣形が組めればそれなりに持つはずである。守護者さえ倒してしまえばもう魔物が追加で湧くことはないのだし、それまで堪え切れれば勝ちだ。
「それが貴様の答えか?」
「はい」
「ならばやってみるがいい。その考えが正しいと証明して見せよ」
「はいっ!」
フェルのまっすぐな視線を受けて、ニクスは折れた。
人間を助ける義理はないけれど、俺の信頼するフェルの言葉であれば耳を傾けてもいいと思ったのかもしれない。
俺はその言葉に安堵するとともに、これは気を引き締めないといけないなと思った。
まずは町への侵入を防ぐ。相手がどれほどの数かは知らないけど、できる限り迎撃して見せよう。
そんな覚悟を決めた瞬間、どこからか悲鳴が上がった。
それはダンジョンから魔物が溢れ出した合図。迎撃戦の始まりだった。
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