第七十九話:早めに終わらせる
試験官を二人連れてきた時は確かにおや? と思ったけど、まさかそれが俺と戦わせるためだとは思わなかった。
まあ、ニクスが自分に匹敵するかもしれない強さを秘めていると言ったのだから、その実力を確かめるのは間違ったことではないけど、信じている風ではなかったのによく戦わせようと思ったものだ。
仮にもSランク冒険者の言葉だから信じざるを得なかったとか?
ニクスの言葉をあまり否定しすぎると怒らせてしまいそうだし、ありえなくはなさそう。
「メリアさん、ほんとにこんなちっこい子と戦わせる気ですか?」
疑問に思っているのは俺だけではないのか、ルッツさんもメリアさんに対して苦言を呈していた。
ルッツさんの実力がどれほどかは知らないけど、いくら試験官として初心者と戦う場面が多いとは言っても、流石に幼い子供を相手に戦ったことはないだろう。
普通だったら勝負にならないだろうし、無理に戦って怪我でもさせてしまったら問題になる。しかも、それがSランク冒険者の連れというならなおさらだ。
だからこそ、できることなら戦いたくないと思っているのかもしれない。
「もちろん、普通に戦えとは言いません。ルッツ、あなたは攻撃を避けることに専念なさい。そして、彼女が攻撃を一撃でも命中させることができたのならその時点で終了ということで」
「まあ、メリアさんがやれというならやりますけど、外れくじを引いたなぁ……」
ルッツさんは深々とため息をつき、フィールドへと向かっていく。
だいぶ失礼な態度ではあるけど、まあこの見た目から強さを想像しろというのは無理がある。
剣術などはもちろん、魔法に関してだって子供は未熟なことが多く、まともに戦えるようになるのは大体10歳くらい。才能があればもっと早くから戦うこともできるかもしれないけど、できたとしてもせいぜい剣の型を覚えているとか魔法の詠唱を覚えているとかその程度だろう。
いくらニクスが連れている子供とは言っても、よっぽどうまくいってまともに剣を振れるくらいなものだと思う。
だから、あの態度はある意味当然だ。
「では両者、構え」
俺は何も言わずにフィールドに向かうと、メリアさんが再び審判として立つ。
ルッツさんの獲物は槍なので、先端に丸めた布が巻かれた棒を持っている。対して、俺は何も持っていない。
一応、この体の身体能力なら剣を使ったとしてもそれなりに扱える気がしないでもないけど、この姿だと防御力がそこまで高くないので普通に痛みを感じる。
仮に相手が攻撃してこないのだとしても、やっぱりやるとしたら魔法を用いた遠距離にしたいところだ。
「……武器を持っていないようですが、それでよろしいのですか?」
ただ、やはり違和感を感じたのか、メリアさんが困惑した表情でそう声をかけてくる。
まあ、別に武器を持ってもいいけど、どっちにしろ用意されている武器はみんなリーチが長すぎる。
フェルが使っていたショートソードだって俺の身長の半分以上あるのだ。持ったところで扱いが難しいだろう。
一応、短剣のような短い武器もなくはなかったけど、槍を相手に短剣を出したところでリーチの差に翻弄されるだけだ。
なら、初めから近づかない選択をした方がいい。万が一近づかれた時は全力で遠ざかればいいし。
「だいじょうぶ、わたし、まほう、つかう」
「魔法、ですか……わかりました。それでは改めて……はじめ!」
あまり納得はしていなさそうだったが、特に言及することはなく、再び掛け声を上げる。
メリアさんの開始の合図とともに、俺は周囲に光の玉を作り出した。
魔法を使うのはいいが、どの属性を使うかどうかは悩みどころである。
それぞれの属性には特徴があって、火なら火力が高いとか、水なら形を自在に変えやすいとか色々ある。
別にどの属性を使ったところで倒すこと自体は簡単だと思うけど、ここで使わなかった魔法はこの姿ではあまり使えなくなるというデメリットがある。
なぜなら、人は基本的に適性のある魔法しか使うことができず、またその適性は大抵の場合一つだけだからだ。
稀に二つとか三つとか適性を持っている人もいるらしいけど、あんまりバンバン使いすぎると怪しまれる可能性もある。
ここは人間らしく、一つの属性のみを使った方がいいだろう。そう言うわけで選んだのが、光属性だった。
光属性は主に補助の役割を果たすことが多く、人の能力を底上げしたり、相手の弱点を見破ったりする魔法がある。
一応、他の属性でも能力の底上げをするような魔法はあるけれど、光属性の場合はその上昇量が高く、味方をサポートすることにおいてはかなり優秀である。
一見、一人で戦うには不利かとも思うが、別にバフをかけるだけが光魔法ではない。ちゃんと攻撃魔法だって存在するから戦えないことはないのだ。
ニクスが火、フェルが風の適性を持っているし、だったらそれと被らないほうがいいという考えもあり、こうして光属性に落ち着いた。
まあ、ベル君には治癒魔法を見せてしまっているけど、そこはまあ、適性二つくらいだったらまだ大丈夫だろう、うん。
「へぇ、ほんとに魔法が使えるんだね」
ルッツさんは槍を構えつつこちらの出方を窺っている。
まあ、攻撃するなと言われてるんだから当たり前だけど、ここはさっさと決めさせてもらおう。
俺は周囲に展開させた光の球をゆっくりと飛ばしていく。
その軌道はふらふらと頼りなく、光も明滅していて今にも消えそうだ。傍から見たら未熟な子供が一生懸命魔法を放っているように見えるだろう。
しかし、もちろんそんな生ぬるい攻撃で済ませるつもりはない。
「ここかな」
「これくらいなら何もしなくても避けられ……なっ!?」
ルッツさんがへなちょこ光球に意識を向けている隙に、背後から足元を狙って一撃を加える。
魔法は基本的に術者の手元から放たれるものだけど、別に必ずそうしなければならないなんてルールはない。イメージさえできれば、ある程度の距離ならば魔法を出現させる場所なんていくらでも操作できる。
そうやって背後に出現させた光球でバランスを崩させると、へなちょこ光球の速度を少し上げる。
当然ながら、バランスを崩しているルッツさんがそれを避けられるはずもなく、ぱきんと盛大な音を立ててルッツさんに直撃した。
「えっ……」
誰の目から見ても絶対に当たらないと思われていた攻撃に試験官として多くの経験を積んでいるルッツさんが普通に当たった。その光景は、メリアさんにとっては信じられない光景だったようで、ぽかんと口を開けて呆然としている。
ニクスもよく言っているけど、人を見た目で判断するのはよくない。
俺の場合は流石に幼すぎるからしょうがないかもしれないけど、もしかしたら子供の見た目で大人な種族とかもいるかもしれないしね。
「まだ、やる?」
「え……あ、そ、そうですね、そこまでです」
この戦闘はこちらが攻撃を一撃でも当てた時点で終了のはずである。
そう思ってメリアさんに確認を取ったら、ようやく再起動したのか試合終了の合図が下された。
メリアさんのみならず、ルッツさんも何が起きたのかわからないって感じだし、ちょっと意地悪だったかな。
これなら、もっとシンプルに力でねじ伏せてもよかったかもしれない。というかその方が実力も示せるし、絶対によかったなぁ。
まあ、終わってしまったものは仕方ない。別に行くなと言われても勝手についていくだけだし、俺の実力を知らせる必要はそんなにないしね。
そんな風に思いながら、フェルの下へ戻っていった。
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