第七十六話:特別な依頼
案内されたのは小綺麗な一室だった。
白くふかふかとしたソファにがっちりとしたテーブル。壁際にある棚には数々の本が収められており、少し興味をそそられる。
思わずきょろきょろと部屋を見回してしまったが、ニクスはそんなものには目もくれず、勧められるがままにソファに腰を下ろした。
「それで?」
「はい。ですがその前に、そのお二人には退出していただきたいのですが……」
そう言って申し訳なさそうにこちらを見る。
あくまでSランク冒険者ニクスに対して話がしたいということらしい。
ニクスはパーティを持って活動したことがほぼないらしく、登録もしていないので一緒にいる者は、あっても臨時のパーティメンバー。
特に、俺はどう見ても子供だし、同じ冒険者としては見られなかったってことなのだろう。
そう考えると複雑だけど、まあニクスだけに話がしたいっていうならそれでもいいかな。
「その必要はない。こ奴らは我の連れだ。害はない」
「そうですか。失礼しました」
大人しく退出しようと思ったのだけど、ニクスがそう言うと思ったよりあっさりと引き下がった。
これはニクスの性格をわかっているのかもしれない。あんまり渋るとニクスは話を聞かないだろうからね。
「ではまずは自己紹介させていただきます。私はメリア。この冒険者ギルドザナディエル支部のギルドマスターをさせていただいております。どうぞお見知りおきを」
そう言って丁寧に頭を下げるメリアさん。
まさかとは思ったけど、ギルドマスターだったのか。
荒くれ者が多い冒険者の中で女性がギルドマスターをするっていうのは結構珍しいことのような気がするけど、ニクスを相手に取り乱さない冷静沈着さを見るとそれもあり得ると思ってしまう。
「今回お声がけさせていただいたのは、とある依頼を受けていただきたかったからです」
「我は忙しいと言ったはずだ。依頼は受けん」
「心得ております。ですが、どうかお話だけでも聞いてください」
そう言って、メリアさんは依頼について話し始めた。
依頼の内容は、ダンジョンコアの調査、ということらしい。
ダンジョンコアとは、ダンジョンの奥地にあるとされる巨大な結晶体で、ダンジョンを維持しているものらしい。
これを壊してしまうと、ダンジョンは崩落し、二度と復活することはないようで、無限の資源が取れるダンジョンを潰すのは損失だとして、基本的には誰であってもダンジョンコアに近づくことは許されず、厳重に管理されているのだという。
この事実を知っているのは冒険者の中でもギルドマスターと副ギルドマスター、そして、こうして調査依頼を受ける可能性がある高ランク冒険者のみだという。つまり、一般の冒険者はそもそもダンジョンコアという存在を知らないようだ。
本来であれば、ダンジョンを維持するための大切なものであり、滅多なことでは近寄ることはないのだが、一定の周期で絶対に調査せざるを得ないタイミングがあるのだという。それが、スタンピードの兆候が表れた時だ。
「この数ヶ月。ダンジョンで初心者殺しが多数出現しています。秘密裏に専門の冒険者によって退治していますが、それでも間に合わず、帰ってこられなくなった冒険者も多数いるようです」
スタンピードというのは、突如として魔物が大量に出現し、ダンジョンの浅い層まで押し寄せてくる現象のことらしい。
一般には何が原因かはわかっておらず、人にはどうこうできない災害のようなものだとされているが、これにはダンジョンコアが関係しているらしい。
ダンジョンコアにはダンジョンに出現する魔物や宝箱の中身を操作する力があるようで、これが暴走することによって通常よりも多くの魔物を生み出してしまい、それによってスタンピードが起きるのだとか。
魔物が大量に出現するので、必然的に間引きが行き届かない奥深くの階層には強い魔物がたくさん溜まることになり、その一部が初心者殺しとして浅い層に現れる。これがスタンピードの兆候なのだという。
「スタンピードが起きれば、ダンジョンにいる冒険者はもちろん、下手をすれば町にまで被害が出ます。ですのでその前に、スタンピードの原因であるダンジョンコアの守護者を倒す必要があるのです」
今のところ、ダンジョンコアに魔物を生み出す機能が備わっているのはわかっているが、どうすればそれを操作できるのかはわかっていない。
ただ、暴走状態にあるダンジョンコアの周囲には守護者と呼ばれる強力な魔物がおり、それを倒すことによって暴走を抑えることができるらしい。
つまり、調査とは言っているが、実際にはその守護者の討伐が依頼内容ということだ。
「ダンジョンコアの守護者さえなんとかできれば、後は残った魔物を多少間引けばスタンピードは起きません。しかし、守護者はボスよりも強力なことが多く、並の冒険者では太刀打ちできない。なので、Sランク冒険者であるニクス様に力を貸していただきたいのです」
つまりまとめると、スタンピードが起きそうだから、それが起こる前に大元の魔物を倒してくれ、ということらしい。
もし、ここで守護者を倒せなければ、いずれは増えすぎた魔物が浅い層へと溢れ出し、さらにそこで止められなければダンジョンの外まで飛び出して町を襲うことになるだろう。
ザナディエルのダンジョンは今までスタンピードが起こったことはなく、比較的平和だった。しかし、メリアさんは他のギルド支部からの報告やダンジョンに関する資料を読んで、スタンピードの知識を持っていた。
だからこそ、どうにかしなければと対策を立てようとした時に現れたのが、ニクスだったというわけだ。
ただ、ニクスはSランク冒険者ではあるが、そこまで評判がいいというわけではない。
英雄ともてはやされている場所もあれば、指名手配されている場所もあるのだという。だから、近寄りがたく、今まで話しかけるのをためらっていたんだろう。
しかし、ここにきてもはや猶予はないと見て、思い切って話しかけてきたということなのだと思う。
「ニクス様、この依頼を受けていただけないでしょうか」
「断る」
この依頼を受けなければ、いずれダンジョンから魔物が溢れ出し、この町は壊滅的な被害を受けることだろう。
事前に告知をして、万全の態勢で迎え撃てればもしかしたらダンジョン内で食い止めることもできるかもしれないが、多くの被害が出ることに違いはない。
俺としては止めなくてはと思ってしまうけど、ニクスにとってはそんなこと関係ないらしい。
まあ、ニクスにとって人間はそこまで重要なものではないし、わざわざ骨を折ってまで助ける理由もない。
今ならば、フェルを鍛えることができるのならこの町がどうなろうが関係ないのだ。
俺はニクスの服の裾を引っ張る。
本当は依頼を受けてほしい。でも、ニクスの気持ちもわからなくはない。
以前いた町は多くの知り合いがいたから守りたいと思ったけど、この町で守りたいと思えるほど親しくなった者はベル君くらいだろう。
いや、露店の商人とか受付にいた冒険者とかいないわけではないけど、以前よりは気持ちが動かない。
もちろん死んでほしくはないよ? だけど、またニクスに頼ってもいいものかどうか、迷ってしまった。
「……だが、その守護者とやらは強いのだろう? であれば、こ奴の修業にちょうどいい。そのためならば、行ってやっても構わない」
裾を掴んだまま何も言わない俺を見て何か感じたのか、ニクスはそう答えた。
それはつまり、依頼を受けるということである。
思わず顔を上げると、ニクスは乱暴に頭をくしゃりと撫でてきた。
やっぱりニクスは優しいね。俺は嬉しくなって、思わずニクスに抱き着いた。




