第八話:魔法の練習
魔法を使えるようになるために練習を始めてからはや数週間。
あれから目ぼしい成果を上げることはできず、一向に魔法が使えるようになる気配はなかった。
それっぽい詠唱はいくつも考えたし、魔力的なものを操作できないといけないのかと思って自分の魔力を感じようとして見たり。その他にも滝に打たれて見たり、湖に潜ってみたり、発声練習をしてみたりと、様々なことを試してみた。
もう途中から自分でも何をやっているのかわからなくなってきたけど、ここまで成果がないと流石に落ち込んでくる。
なんだかんだでできなかったブレスも使えるようになったわけだし、ドラゴンにできることであればできる気がするんだけどな。
もう一度魔法をお目にかかろうと思ってもあの鳥は全然姿を現さないし、他に魔法が使えそうな動物も見当たらなかった。
八方塞がり感がある。
うーん、一度考えを改めた方がいいのかもしれない。一度整理してみよう。
あの鳥は見るからに雷属性って格好をしており、魔法を撃つ際、必ず威嚇をしていた。だから、魔法を撃つには詠唱のようなものが必要なのだと考えた。
……よくよく考えたら、動物がそんなことを考えるだろうか?
だって、相手は言葉も喋れないほどの知能の動物だ。俺の様に雷撃を放つために詠唱をするって言う風に考えてるとは思えない。
多分もっと本能的に、こうしたら雷撃が放てるということ知っているんだと思う。
とすると、もっと単純に考えればいいのかもしれない。例えばそう、イメージするとか。
雷撃を放ちたいなら雷撃を放つイメージをする。あの鳥は常に稲妻を纏っているようだったから、雷がどういうものなのかを知っているんだろう。だから、イメージもしやすい。
あの威嚇がただの掛け声のようなものだとしたら、重要なのは詠唱ではなく、魔法のイメージなのかもしれない。
「きゅぅ……」
早速試してみる。
下手な詠唱は必要ない。俺が司っていると思われる炎をイメージし、それを具現化するように意識する。
ぽうっと体の中が熱くなる感覚がした。
その感覚がなくならないうちに、気合を入れる。
「きゃぅ!」
ボッ!
頭上に熱量を感じた。視線を上に向けてみると、そこには巨大な火の球が浮かんでいた。
俺の身体の数倍はあろうかという大きさ。ゆらゆらと揺らめく炎は、発射の時を待っているかのようにじりじりと熱を伝えてくる。
で、できた? けど……これどうすればいいんだ?
イメージしたのは炎だ。だから、火の球が出来上がったのはまだ納得できるけど、なんで頭上に留まってるの?
念願の魔法が使えたという喜びよりもそっちの困惑の方が勝っていた。
えっと、放つ感じに……。
ふっとイメージすると、火の球が勢いよく前方に放たれた。
森への延焼を防ぐため、場所は岩で覆われた崖で行っている。
崖に向かって放たれた火の球はそのまま直撃し、巨大な火柱を上げた。
天をも焦がさんばかりの熱量。あまりの熱気に周囲の空気が震えた。
こ、ここまで強いのはどうなんだろう。こんなつもりじゃなかったんだけど……。
魔法が使えたのは喜ばしい。しかし、俺が求めていたのはもっと使い勝手のいい攻撃方法だ。
これではブレスと同じで殲滅しかできない。
「きゃぅ……」
まあ、使えるだけましか。別に強いことが悪いことというわけでもないし、むしろかっこいい魔法を使えると思えばよかったと言えるだろう。
よし、この調子で魔法の練習をしていこう。もしかしたら他の魔法も使えるかもしれない。
その日は一日中魔法の練習に明け暮れた。食事をとるのも忘れるくらい熱中していたこともあり、気が付いた時には日が沈んでいるほどだった。
練習台にしていた崖はあちこちが大きく抉れており、一部が崩落している。ちょっとやりすぎたかもしれない。
日課の水浴びをしてから住処に戻って寝床へと入る。
成果は上々だった。炎を始め、水や風、氷に雷、それに傷を癒したりなど。光と対になりそうな闇属性みたいなものは使えなかったが、それ以外は思いつくものは何でもできた。
無駄に詠唱を考えていた時間は何だったのか。それを考えると空しくなるが、こうして色々できるようになったのだから結果オーライだ。
それにしても、ここまでいろんな属性を使える俺は一体何属性なのだろうか。
炎や光はまだわかる。それっぽいし。でも、水とか風とか絶対関係ないよね? それとも全属性とか言う凄い能力を持っているのだろうか。
まあ、ありうる、のかな?
ドラゴンが魔法の扱いも得意だというお話はいくつもあるし。
それを倒す人間は一体どんな化け物なんだというツッコミはあるけど。この世界にもそういう人間離れした人間とかいるのかな?
それはともかく、すべての属性の魔法を使えるというのはとんでもない強みだ。
今はまだ大味な魔法しか使えないけど、これから練習していけば細かい制御もできるようになるかもしれない。そうなれば、いよいよもって最強の仲間入りができるかもしれない。
あ、でも、いくら強いと言っても、お話の中では人間に狩られてしまうような存在なのだからあまり慢心はしない方がいいか。
ドラゴン以外にも最強を名乗る魔物はたくさんいるしね。
とりあえず、練習は怠らないようにしよう。そう思いながら眠りについた。
毎日の日課に魔法の練習という項目が加わった。
最初は住処の近くの崖で行っていたけれど、あまりにも威力が強すぎて地形破壊が著しかったので、少し離れた場所で行うことにした。
よさげな場所を探して見つけたのは谷の底。
ここにはやたらと頑丈な岩があり、その硬さは思いっきり爪を突き立てても傷つかないほどだ。
魔法を何発か放ってようやくボロボロと崩れてくる程度。そんなわけだから、魔法の練習にはうってつけだった。
しかも、その岩の断面はやたら綺麗で、深い緑色をした結晶質になっている。
あまりにも綺麗だから最近はお土産に何個か住処に持ち帰っているほどだ。
ドラゴンと言えば金銀財宝を守っているイメージがあるけど、やはりこういう綺麗なものが好きなのだろうか。
俺は確かに綺麗なものは好きだけど、別に金銀財宝が欲しいかと言われたらそういうわけじゃない。でも、綺麗なものという観点から見たら欲しいかも? なんだかんだ光物は綺麗なものが多いし。
案外、俺もドラゴンの思考に似ているのかもしれない。あるいは本能的なものか。
魔法の練習は順調だった。
最初は大技ばかりで非常に使い勝手が悪かった魔法も今ではある程度調整ができるようになっている。
流石に火を起こすのに使うとか、飲み水のために少量を作り出すとかはまだできないけど、この調子で行けばそのうちそれも可能になるかもしれない。
一番苦労したのは意外にも治癒魔法だった。
なぜかって、治癒魔法は傷を治す魔法であって、何かしら怪我をする必要がある。
最初に気付いた時は巨大狼に噛みつかれた時の軽い傷を治せたことで気づけたが、それ以降は怪我らしい怪我をしたことがなかったのでなかなか試せなかったのだ。
意図的に怪我をしようにも俺の鱗は固く、何度も引っ掻いてようやく鱗がはがれる程度。
効率が悪かったので、仕方なく獲物を瀕死の状態で持ってきて怪我を治し、また傷つけて治すというのを繰り返してみた。
まあ、途中で可哀そうになってきて結局やめてしまったのだが、別に治癒魔法はそこまで練習しなくてもいいだろうという結論に至った。
俺の治癒魔法は他の魔法と同じくかなり強力で、それこそ瀕死の傷ですら一瞬で全快させる。
怪我を治すのに加減する必要もないだろう。ということでこれの練習は保留となった。
魔法が使えるというのは想像以上にワクワクする。なにせ前世では存在しなかった能力だ。
イメージさえできればそれっぽい事象は何となく再現できるし、毎日色んな発見があって楽しい。
狩りもかなり楽になったし、こんなに日々が充実したのは初めてかもしれない。
社畜だった時には味わえなかった感覚だ。
俺は今日も日課をこなしながら空を飛ぶ。
ドラゴンとしての生活を満喫しながら。
感想ありがとうございます。