第六十五話:過酷な訓練
「な、なあ、もう引き返した方がいいんじゃないか?」
次の階層への道を知らないというので、闇雲に歩いて探しているところ、ベル君がそう意見してきた。
まあ、子供のポーターが同行できるってことは、冒険者が子供を守りながらでも相手にできるくらい魔物が弱いということでもあるんだし、それが可能なのは初心者向けとされている10階層まで。
それにここまでくれば、道中の魔物の素材を持つだけでも結構な大荷物になるだろうし、安全に確実に稼ぎたい冒険者であれば、ここで引き返すのが普通だろう。
もっと稼ぎたいと思って最初の魔物の素材を放置し、奥に進もうとする冒険者もいるにはいるだろうけど、そういう人は多分子供のポーターではなくしっかりとした正規のポーターを雇うだろうし、子供を連れて奥へ進むのは結構リスキーなのかもしれない。
そう考えると、これ以上進もうとするのはベル君にとっては異様な光景なのかもしれないね。
「確かにフェルさんは強いみたいだけど、この奥に行ったら魔物はもっと強くなるんだぞ? 素材だって十分に集めたんだし、わざわざこんな小さな子を連れて潜る必要ないんじゃないか?」
道中の素材については早々にベル君は持てなくなったので、俺がアイテムボックスにしまっている。
アイテムボックスを使って見せた時のベル君はかなり驚いていたようだったが、それによって俺がここにいる理由をある程度察したのか、しばらくは何も言ってこなかった。
まあ、その理由は間違いなんだけどね。ポーター係になっているのはついででしかない。
「何か勘違いしているようだが、我らは素材を得るためにダンジョンへ来たのではない。魔物を倒すために来たのだ」
「どう違うんだよ?」
「目的は金ではなく、経験ということだ。この小娘を早急に強くしなくてはならないのでな」
ダンジョンに潜る人の多くは素材や宝箱の中身を持って帰ってお金を得ることだろうけど、今回の目的はフェルを鍛えることである。
だから、ぶっちゃけ素材はどうでもいい。借家の家賃や日々の食事のために多少のお金は必要だろうけど、最悪稼げなくても俺の宝物コレクションの一部を売ればお金はできる。
もちろん、宝物を売りたくはないから素材を持ち帰るのに越したことはないけれど、本来の理由は魔物の戦うことなのだ。
ベル君からしたら納得できないことだろうけど、そういう理由でダンジョンに潜る人もいるとは思うんだけどな。
「とにかく貴様は黙ってついてくればいい。嫌ならばさっさと引き返せ」
「ここから一人で帰れるわけないだろ!」
「ならば文句を言うな」
そう言って強引に話を切るニクス。
ここまで来て、少なくともフェルの実力はわかったと思うんだけど、未だに俺のことを心配しているのは流石というべきか。
あれかな、怪我を治したことで懐かれてしまったのだろうか。それとも正義感が強いとか?
どちらにしろ、再びダンジョンに入りなおすのも面倒だし、ニクスが満足するまでついてきてもらうことは確定である。
下手したら、日をまたぐだろうな。ベル君には親とかいるのかな? いるとしたら心配させてしまいそうだ。
「おい、ルミエール、お前からも何とか言ってくれよ」
「にくす、正しい」
最後の頼みとばかりに俺に縋ってくるが、悪いけど俺もニクスに賛成だ。
堅実に稼いでいくだけだったら浅い層で稼ぐのもありだと思うけどね。今回はそういう目的じゃないのだから当たり前である。
そもそも、ベル君はしきりに俺の安全を気にしているけど、これまで俺が一度でも危機に陥ったことがあっただろうか?
ニクスの索敵能力が高いからか、不意打ちを受けることはなく、戦っている間もニクスが睨みを利かせている。
隣で寝ていたとしても俺が傷つくことはなかっただろう。それだけ安全なのである。
いい加減、ニクスやフェルの実力を認めればいいのに。
「はぁ……」
深いため息を吐くベル君。
まあ、諦めてくれ。
「む、さっそくお出ましか。小娘、出番だぞ」
しばらくして次の階層へ進む道を見つけ、ぐんぐんと降りていく。
何となくだけど、空気が変わった気がする。
景色はあまり変わらないけど、魔物が強くなってきたというのは本当らしい。
11階層以降に降りて、初めて出会ったのは赤い肌をした少し背の高い人型の魔物だった。
ゴブリンに似ているけど、ニクスによるとゴブリンの上位種であるホブゴブリンという魔物らしい。
ゴブリンよりも賢く、個体によっては剣術や魔法を使いこなすらしい。
力も強いので、ゴブリン達のリーダーとして君臨することもあるらしい。
今はこいつ一体だけみたいだけど、持っているのは鉄の剣だな。棍棒よりはだいぶ強そうである。
「はぁっ!」
フェルは果敢に切り込んでいく。
流石に、剣術に関してはフェルの方が上みたいだけど、ホブゴブリンもただやられるだけではない。きちんと剣で受け流したり、避けたりするなどちゃんと基本を押さえている。
ゴブリン相手には無双状態だったフェルも、ホブゴブリンには苦戦しているようだった。
どうしよう、助けに入ったほうがいいかな?
「待て、まだ早い」
思わず前に出たけど、ニクスに手で制されてしまった。
うーん、確かにまだ早いと言われればそうかもしれないけど、今にも剣が肌を切り裂きそうで怖い。
いざとなれば治せるとは言っても、痛い思いはしてほしくないし、できるなら怪我をする前に助けたいんだけど……。
「はぁはぁ……」
結局、フェルは怪我をすることもなくホブゴブリンを倒した。
ただ、これまでの疲れもあってか、結構息が荒い。
ここまで全部フェルが相手にしてきたんだもん、今回で少し長期戦になったことで疲れが一気に来たのかもしれない。
「大丈夫?」
「う、うん、平気だよ。ありがとね、ルミエール」
水を差しだしながら聞いてみるが、フェルはそう言ってほほ笑んだ。
まあ、大丈夫なのに違いはないだろうけど、そろそろ休憩した方がいい気がする。
なんだかんだ、ここまで歩きっぱなしだったし。
「行くぞ」
「あ、にくす」
しかし、ニクスはまだ休憩する気はないようで、さっさと歩きだしてしまった。
う、うーん、どうしよう……。
「大丈夫だよ、いこ」
「う、うん……」
まあ、フェルがそう言うならいいんだけど……戦闘中に倒れなきゃいいけど。
少し心配ではあるが、あんまり過保護にしては修行にならないし、ここはフェルを信じるとしようか。
「どこまで行くんだよ……」
そうしてさらに進むことしばらく。
もう15階層くらいまで来ただろうか、強さを増した魔物達は容赦なく襲い掛かってきた。
ゴブリンばかりかと思っていたけどそう言うわけでもなく、オークやリザード、それに狼系の魔物など多種多様な魔物が出現している。
そのすべてをフェルが相手にしてきたわけだが、いい加減フェルの疲労も限界だった。
最初は大丈夫だと笑っていたけど、今はそんな言葉を言う余裕もないらしく、荒い呼吸を繰り返している。
しかし、それでもニクスは休憩するそぶりを見せなかった。
洞窟の中にいるから正確な時間はわからないけど、恐らくすでに五時間以上は経過していると思う。
五時間もぶっ続けで歩きっぱなしな上、さらに戦闘も全部引き受けているとなればその疲労は計り知れないだろう。
ただでさえ、フェルはそこまで体力が多いというわけではないのに、これでは体を壊してしまう。
ベル君もそれに気づいたのか、何度かニクスに意見しているが、その度に一蹴されて相手にされない。
基本的にはニクスに任せようと思っていたけど、これは流石に意見しないとフェルが可哀そうだ。
俺は覚悟を決めると、ニクスのそばに近寄っていった。




