第五十八話:空間魔法
その後、借家の契約を取り仕切っている商業ギルドへと向かい、適当な借家を借りることができた。
まあ、適当とは言っても安い借家は初めからこの町を拠点としていた冒険者や運のいい冒険者がすでに確保しており、残っていたのは少々割高な場所しか残っていなかったんだけどね。
その分契約金はそれなりの値段がしてしまったが、それでも一括で払えるくらいには余裕があったらしく、時間も遅かったということもあって即決でそこに決めることになった。
鍵を貰い、確認した借家へと向かう。
そこは元々は貴族が使っていた屋敷のようで、部屋数も結構多く、一人一部屋使っても余るくらいである。
家具もきちんとあるようで、ベッドやテーブルもあり、キッチンも完備。さらに言うなら今は空ではあるが、氷室まである。
そして何より嬉しいのが、お風呂があることだ。
ドラゴンとして生まれてから十数年。水浴びは何度もしていたけど、お風呂なんて入ったことはなかった。
まあ、前世でも仕事が忙しくてゆっくりと湯船に浸かることは少なく、ほとんどはシャワーで済ませていたわけだけど、やはり元日本人としてはお風呂は欠かせないものである。
久しぶりにお風呂に入れるかと思うとテンションが上がった。
「こんな大きい家初めてです……」
「家の大きさなどどうでもいいだろう。住処はある程度快適に過ごせれば何でもいいのだから、そこまでこだわる必要もあるまい」
フェルはいつも安い宿に泊まっていて、こんなに大きな屋敷に泊るのは初めてだという。
対して、ニクスはそれなりに泊ったことがあるのか、特に感動もなく、ぶっきらぼうにそう告げるだけだった。
いやまあ、確かに魔物にとって住処とは雨風がしのげ、安全に眠れる寝床さえあれば他はあまり関係ない。
それこそ、もっと安い宿の一室に泊ったところで変わらないわけだ。
そこらへんは感性の違いだよね。俺もどちらかというと狭い部屋の方が好きだけど、これはドラゴンとしての思考なのか前世からの感性なのかよくわからないな。
「小娘よ、料理は任せたぞ」
「はい、美味しい料理作りますね」
「我は白竜のに空間魔法を教える。できたら呼ぶがいい」
この一か月、フェルは俺達の料理役になっていた。
まあ、俺とニクスの食事は狩った獲物を生のまま食らうというかなり野性味溢れるものだから、当然ながらフェルには合わない。
なので、フェルが調味料を持ってきたということもあり、この一か月の間ずっとフェルは料理を担当してくれていた。
と言っても、野営でできる程度の料理なんて焼いたりする程度だけど、それだけでもかなり味が変わったように思える。
やっぱり、生で食べるよりは調理した方がかなりましだ。
ドラゴンとしての味覚を得て、生でもそんなに嫌悪感は感じないけど、できることならこれからも調理されたものを食べたいものである。
自分で調理できれば一番なんだけどね。俺の場合、焼こうと火魔法を使ったら消し炭になるから使えない。悲しい。
「さて、白竜の。今から魔法を教えるが、準備はいいか?」
「うん」
「よし。と言っても、そこまで難しいものではない。我は使えぬが、聞いた限りでは構造は単純なものだ」
部屋に移動した後、そう言ってニクスは説明を始めた。
魔法に関してだけど、どうやら本来はその人物ごとに適性というものがあるらしい。
例えば、ニクスは火属性に高い適性を持っている。これだと、火魔法を使う際に火力が増強されたり、消費する魔力が少なくて済むらしく、かなり使い勝手のいいものとなる。
対して、適性がない属性の場合、頑張れば使えなくはないものの、威力もしょぼいし、消費する魔力も多いためあまり使うことができないのだとか。
だから、俺のように何でもかんでもそつなくこなせるのは異常なのだという。
これに関してはニクスも色々調べていたようだけど、結局今になってもその詳細はわかっていない。
俺をこの世界に転生させた神様が何かしら関係しているんじゃないかというのが予想だけど、どうだろうね?
まあ、それはいいとして、空間魔法とは空間属性の魔法であり、空間に干渉する力を持っている。
そして、それを応用したものが亜空間を作り出して物を収納する、いわゆるアイテムボックスと呼ばれる魔法なのだとか。
アイテムボックス、どこかで聞いた響きである。
「亜空間というのが少しイメージしにくいだろうが、貴様ならわかるだろう。やってみるがいい」
「うん」
なんか投げやりな説明だけど、まあなんとなくわかるからいい。
亜空間、例えば、何もない白い空間をイメージするとしよう。それを次元の境目に入り口を作るようにして繋げ、自由にものを出し入れできるようにする。
うーん、これでいいのかな?
他の魔法と違って何か現象が起こるわけではないから本当にこれで発動しているのかよくわからない。
試しに何か入れてみるとしようか。
俺はさっき借家を借りた時に払った余りである金貨を入れてみる。
入り口を開くようにイメージすると、目の前の空間が裂けるようにして入り口が現れた。
先には白い部屋が見えているから、きちんとイメージできているらしい。よかったよかった。
「収納は問題なくできるようだな。では次は取り出してみるがいい」
ニクスに言われ、一度入り口を閉じてから再び入り口を開く。
目の前には床に置かれた金貨がある。どうやら、出したいものをイメージすればその近くに入り口が開くらしい。
これなら亜空間に潜ってアイテムを探す必要はないね。
まあ、入れたまま忘れてしまったらあれだけど。
「問題ないようだな。これで貴様のガラクタも収納できるだろう。よかったな、白竜の」
「むぅ、がらくた、ちがう」
ニクスにとってはガラクタかもしれないけど、俺にとっては宝物なのだ。そんなガラクタガラクタ言わないでほしい。
特に、卵の殻に関しては絶対に失いたくない。
生まれたばかりの頃は揺り籠として、そして今でも思い出の品として役立ってくれている。
最悪他の宝石とかはどうなってもいいけど、卵の殻だけは死守しておかないといけない。
専用の部屋でも作ろうかな? イメージ通りに部屋の形を変えられるのなら、そう言うこともできるだろうし。
「しかし、貴様がすべての属性を使いこなせるのは本当に謎だな。我の知る限りでもすべての属性を操る者は一人しか見たことがない」
「めずらしい?」
「もしかしたら、世界でも唯一かもしれぬな」
すべての属性が使えるというのは便利ではあるけど、これもまた争いの種になりそうな能力だよね。
ブレスだけでもかなり強力なのに、すべての属性の魔法が使えるなんてチートもいいところだ。
あんまり人には明かさないほうがいいかもしれないね。
「二人とも、ご飯できましたよ」
「できたか。白竜の、行くぞ」
「はーい」
フェルの合図を聞いて、ニクスは食堂へと向かう。
まあ、謎は多いけど、今のところ困っているわけでもないし、下手に見せびらかさなければ大丈夫だろう。
俺は今日はどんなご飯なんだろうと想像しながら、ニクスの後を追った。
感想、誤字報告ありがとうございます。




