第五十五話:旅立ちの日
翌日。俺は森の入口へと向かった。
明朝に出発とのことだったので、かなり早起きしてやってきたわけだけど、そこにはすでにフェルの姿があった。
いつもの皮鎧を身に纏い、傍らには大きなリュックが置かれている。
どうやらパーティにいた時に使っていた装備をすべて持ってきたらしく、保存食やテント、ランタンなど冒険者に必要なものは大体揃っているらしい。
普段は他のメンバーがほとんどを持ってくれていたのだが、今は一人なので、こんなに大荷物になったということだった。
まあ、でもこれから旅に出るのだし、準備はしっかりしておかないといけないもんね。これくらいは仕方がないだろう。
重いくらいなら俺が持てばいいし、むしろもっと持ってきてくれてもよかったと思う。
「ルミエール、おはよう」
『おはよう、フェル』
二クスはまだ来ていない。
まだ用事とやらに時間がかかっているのだろうか? 結局、起きた時も住処にはいなかったし。
まさか何かあったのではないかと思うけど、二クスに限ってそれはないと思っている。
そもそも、二クスはフェニックスであって、たとえ殺されたとしてもすぐに転生することができるらしい。だから、たとえ万が一があったとしても、最悪のパターンにはなりにくいのである。
もちろん、拘束されたりと抜け穴がないわけでもないけれど、警戒心の強い二クスがそう簡単に拘束されるはずもないし、多分用事に時間がかかっているだけだろう。
「ちょっと寒いね」
『大丈夫?』
この世界にも四季はあるのか、季節によって寒暖差がある。
今は多分秋の終わりくらいだろうか? ちょっと肌寒い季節だ。
俺はフェルの横に移動し、翼でフェルのことを覆う。
二クスの翼と違ってあまり暖かくはないだろうが、風除けくらいにはなるだろう。
「ありがとう」
『いえいえ』
朝の森はかなり静かだ。
冬が近づいていて魔物の数が減っているというのもあるだろうけど、朝はみんな寝ているのか結構静かなことが多い。
露払いをする必要がないから楽だけど、狩りをするという観点から見るとちょっと面倒くさい。
冬は実りも少なくなるだろうし、食料を確保するのは大変そうだ。
まあ、フェルにとってはそれよりも寒さの方がきついだろうけどね。
確か、北の方へ行くんだよね? 何となく寒いイメージがあるけど、大丈夫だろうか。
二クスは火の鳥だから寒さには滅法強いけど、フェルにはかなり堪える寒さだと思う。
そのあたりも考慮してくれているといいんだけど……。
「メルセウスさんにね、お別れを言ってきたよ」
『そっか』
「いきなりのことでびっくりしていたみたいだけど、最後はちゃんと送り出してくれた」
メルセウスからしたら、寝耳に水の話だろうな。
今まで娘のように可愛がっていた冒険者が、いきなり現れたドラゴンの影響で領主に攫われ、助け出したと思ったらいきなりドラゴンと旅に出ると来た。
人間である自分ではなく、ドラゴンと共に歩む道を選んだと知れば、自分の愛が足りなかったのかと疑いたくもなるだろう。
もちろん、あのままあの町に留まるのが正解かと言われたらそれもわからないけど、少なくとも冒険者として別の町に行かせることくらいはできただろうし、メルセウスとしてはそちらの方が安心できるだろう。
でも、結局最後は俺と行くことを許した。
それだけ俺が信頼されていたのか、それともフェルのことを信じていたのか。どちらかはわからないけど、メルセウスも結構悩んでいたんじゃないかなと思う。
当然ながら、他の冒険者も同じ気持ちだろうな。
でも、これは俺の我儘ではあるけれど、フェルが決めたことでもある。
フェルのためにも、ここで引き止めてはいけないと思ったのかもしれないね。
「それから、サジェット達にもお別れをしてきたよ」
『ああ、仲間の……』
サジェットというのは、フェルが所属していた冒険者のチーム『明けの明星』のメンバーだ。
フェルと初めて会った時にワイルドベアーに全員殺されてしまい、現在は町の教会で弔われ、墓地に入っている。
あれから半年ちょっと。あれだけ慕っていた人物の死を乗り越えられたかどうかはわからないけど、今でも大切な仲間であることに変わりはないようだ。
「あの時、私は何で自分だけが助かったのかわからなかった。どうせなら、一緒に死んでいたらと思ったこともあった。だけど、これは運命だったんだと思う」
『運命?』
「私が生き残ったことには何か意味がある。そして、その意味が何かと言えば、ルミエールと出会うことだったんだと思うんだ」
運命か。確かに、あの時俺はもっと早く助けに入ることもできた。
だけど、初めての人間との遭遇に少し様子見をした結果、フェルの仲間を助けることができなかった。
結果的にあの場で生き残ったのはフェルだけであり、絶望的な状況から生き残った唯一の冒険者として俺の記憶に強く残った。
俺と出会うことがフェルの運命だった。確かにそう言えなくもないかもしれない。
ただ、それに何の意味があるかと言われたらそれはわからない。こうして仲良くはなれたけど、それが生き残った意味なのだろうか?
答えはわからない。だけど、俺はこの出会いをとても嬉しく思う。
無理だと言われていたことを現実にできたのだから。
「ルミエールは、私と会えて嬉しかった?」
『それはもちろん』
「そっか。私も嬉しかったよ」
フェルとの出会いは俺にとってとても特別なことだった。
フェルがいなければ、俺は人間と交流することを諦めていたかもしれない。
俺にとってフェルは、希望の光だったのかもしれないね。
「これからどうなるかわからないけど、これからも一緒にいてくれる?」
『うん。今度こそ、一緒にいるよ』
あの時思ったことを再度確認する。
フェルと一緒に旅に出る。多分とても困難なこともあるだろうけど、それでもみんなで協力して乗り越えていければいいなと思う。
フェルを守ること、それが俺の使命なのだから。
「そっか。これからもよろしくね、ルミエール」
『こちらこそ』
お互いの気持ちを再確認し、笑いあう。
これから先も、ずっと一緒にいるよ。
「すまん、遅くなった」
と、そこに二クスがやってきた。
相変わらずの人姿ではあるけど、そういえば移動するなら元の姿に戻らなくてはならないのでは?
そう思ってちらりと二クスを見たけど、はぁとため息を吐かれた。なんで。
「まあ、これから先ずっと隠し通すのも面倒だ。おい、小娘よ」
「は、はい?」
「今から我の正体を明かす。だが、これは他言無用だ。もし破られた時は、わかっているな?」
「ひっ!」
一瞬、二クスからとんでもないプレッシャーが放たれた。
多分、一瞬魔力を開放したんだろう。普段は完璧に隠しているからそのギャップもあってとても恐ろしく感じた。
まあ、二クスだってわかってるから逃げだすほどではないけどね。
フェルはこくこくと頷いていたけど、ずっと俺に抱き着いていた。
ちょっとやりすぎでは? 思わず二クスを睨むが、二クスはどこ吹く風と言った感じだった。
「まったく、この程度で怯えるとは、人間は脆弱で困る」
そう言って、二クスは元の火の鳥の姿に戻った。
体長4メートルはあろうかという巨大な鳥を前に、フェルはぽかんと口を開けて呆然としていた。
感想ありがとうございます。
今回で第二章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第三章に続きます。




