第五十四話:頼れる親
最初は何を言っているのかわからなかった。
頼れと二クスは言ったけれど、この期に及んで二クスを頼るなんてことをしてもいいのだろうか?
二クスはいつも人間と関わることの危険性を説いていた。それに耳を貸さず、我儘を言って強引に事を進めたのは俺だ。
二クスからしたら、全然言うことを聞かない手のかかる子供という認識だったことだろう。もしかしたら、俺の態度にうんざりしていたかもしれない。
それなのに、頼れと言っている。
もう十分すぎるくらいに頼っているのに、そんなこと許されるのだろうか?
「何をとぼけた顔をしている。そんなに驚くことか?」
『いや、だって、俺、いつも迷惑ばっかりかけてるし……』
「そんなこと、迷惑などとは思っていない。貴様は我の子も同然。子供の癇癪だと思えば安いものだ」
困惑する俺に二クスはそう言い放った。
子供の癇癪か、そう考えると確かにそんなものなのかもしれない。
前世ではいい年した大人だった俺がそんな扱いを受けていると考えるとちょっと恥ずかしいけど、ドラゴンとしては子供も子供であり、この世界に関する知識も乏しいのも事実。
そういう面では、確かに子供と言ってもいいのかもしれない。
ひょんなことから出会った仲ではあるけれど、二クスはやはり優しいな。
「子の尻拭いを親がやるのは当然のことだ。貴様は何も考えず、我に頼ればいい」
『二クスは、俺の願いを叶えてくれるの?』
「できる限りはな。そのためには、そこの小娘にも覚悟を決めてもらう必要があるが、それでも構わんな?」
「え、私?」
フェルの覚悟。俺と一緒にいるために、人間をやめろという奴だろうか?
人間をやめるというのがどういう意味なのかはわからないけど、そのままの意味だったらかなりやばいし、それなりの力を付けろという意味だったとしてもかなり大変そうである。
俺のためにフェルにそんなことをさせるのはちょっと気が引けるけど、説明を受けたフェルはやる気満々に頷いていた。
「ルミエールと一緒にいられるなら、私はなんだってします。二クスさん、どうかお願いします!」
「だそうだ」
『フェル……』
フェルがそこまでの覚悟を持ってくれているのは素直に嬉しい。
フェルと初めて会ってから半年くらい経つけれど、ここまで俺のことを思ってくれているなんてね。
そういうことならば、俺が覚悟を決めないわけにはいかない。
みんなと一緒に暮らす。それが俺の願いだ。
「いいだろう。ならばまずは旅の準備をするがいい。明朝に出発することにする」
『旅って、どこへ行くの?』
「詳しいことは後で説明するが、ひとまずは北へ向かう。小娘を貴様と共に暮らせるようにするための前準備だ」
どうやら旅に出ることになるらしい。
そうなると、あの住処からは結局離れなければいけないということか。
そう考えると少し寂しいけど、フェルを鍛えるためには必要なことということなのだろう。
唐突ではあるが、どのみちこの町の近くに長居することはできないし、ちょうどよかったのかもしれない。
それにしても、フェルのことを嫌っていた二クスがよく俺の願いを聞いてくれたものだ。
人間なんて放っておけと言うと思っていたのに。
「白竜の。貴様何か失礼なことを考えていないか?」
『か、考えてないよ?』
「ならいい。貴様も早く住処に帰って旅の準備をするがいい」
『二クスは一緒に戻らないの?』
「我は少し用事がある。貴様だけで戻っていろ」
一緒に帰るのかと思いきや、二クスは別行動をとるらしい。
用事って何だろう? まあ、仮にも人間をドラゴンと一緒に暮らせるようにするわけだし、色々と準備が必要なのかもしれない。
俺は特に気にすることなく、住処へと戻っていった。
住処に戻ってきたが、さて何を持っていこう。
まあ、持っていくと言ってもカバンとかがあるわけではないからそんなに多くは持っていけないんだけど、一応土魔法で岩を加工すれば籠くらいはできるので、多少なら持っていける。
まず一番大事なのは卵の殻だ。
俺が生まれてからかなり経つが、未だに俺の一番の宝物である。
それなりに頑丈で、結構大きいのでこれ自体も入れ物に使えなくもなさそうだけど、流石にそれをやるのはやめておいた。
残りはそこらじゅうで拾ってきた色々な綺麗なもの。石とか羽根とかね。
食料ももちろん持っていくけれど、日持ちはしないだろうしそれは最低限でいい。現地調達でもなんとかなりそうだし。
だから、この宝物達を選別して持っていく。
ほんとは全部持っていきたいけどね。
『こんなものかな……』
かなり迷ったが、持っていけるのは手に抱えられるくらいの岩の籠一つ分だけ。
半分以上置いていくことになるが、まあ仕方ないことだろう。
ふと外を見てみると、すでに夜となっていた。
フェルは無事に準備を終えただろうか。
フェルにとってもかなり急な話だろうし、メルセウスを始め、知り合いも多いだろうから別れるのはつらいんじゃないだろうか。
でも、それでもフェルは俺のために覚悟を決めてくれたのだし、それも承知の上だっただろう。
別に今生の別れとなるわけでもないだろうし、冒険者は唐突に拠点を変えることもある。そう考えると、日常茶飯事ではあるのかな?
『旅に出る、か……』
まさか、俺が旅に出ることになろうだなんて思わなかった。
前世では修学旅行くらいしか旅行に行ったことはなかったし、基本的に同じ場所に留まっているのが普通だった。
それがまさか、こんな形で実現しようとは。
この旅に思わないことがないでもない。
そもそもこの旅の目的は、フェルをドラゴンと共に暮らせるようにするためのものであり、完全に俺の我儘によるものだ。
どういう手段で行うのかもわからないし、俺のためにフェルの人生を狂わせてしまうことに罪悪感がないこともない。
だけど、すでにフェルは俺の中で家族とも言っていい存在となっていた。
家族と一緒にいたいと思うのはある意味で当たり前のことだし、子供の我儘と言われればそれまでかもしれない。
だけどやっぱり、フェルには申し訳なく思う。
せめて、本当に人間をやめるなんてことがないといいんだけど……。
『……寝ようか』
明朝に出発すると言っていたし、そろそろ寝ておいた方がいいだろう。
未だに二クスが帰ってこないのが気になるけど、二クスから言っておいて遅れるということはないだろうし、多分大丈夫だと思う。
二クスに限って何者かにやられるってことはないだろうしね。
使い慣れた草のベッドに倒れ込む。
このベッドとも今日でお別れかと思うとちょっと寂しいな。
イグニスさんのところで言葉の練習をしていた時も思ったけど、やはり使い慣れた寝床というのは安心できるものである。
俺は翼を畳み、尻尾を丸めて目を閉じた。
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