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第五十三話:予想できていたこと

『二クス……』


 いつものようにぼろぼろの布のような服を着た姿で現れた二クス。

 心配してきてくれたんだろうか。

 もしそうなら嬉しく思うが、今の姿はあまり二クスには見せたくなかった。

 よくよく考えれば、二クスとも別れなければいけない可能性がある。あの住処を捨てるということはそういうことだ。

 たった一度の過ちで、友達を全員失う。それは相当につらいことだ。

 特に、二クスはこの十数年間、ずっと育ててくれた親のような存在でもある。

 もちろん、あの住処を捨てることなく、今後はずっと引きこもっているというのも手ではあると思うけど、こうして領主と敵対してしまった以上、あの住処が特定されるのも時間の問題だと思う。

 そうなってしまえば二クスにも迷惑が掛かってしまうし、やはり離れるべきではあると思う。

 二クスと離れる……覚悟を決めたつもりではあったけど、やっぱり、嫌だな……。


「何をしょぼくれた顔をしている。貴様は我の忠告を破り、見事にその小娘を助け出したのだろう? 何を悲しむ必要がある。貴様の望んだ通りではないか」


『それは……』


「それとも、今更になって自分の過ちに気が付いたか? 人間と関わることがどういうことか、貴様はそれを理解した上でその小娘と交流していたのではないのか?」


 確かに、二クスは常々言っていた。人間とは関わらないほうがいいと。いつか絶対に後悔することになると。

 それを、そんなことはないと否定し、強引に交流を始めたのは俺だ。

 元人間として、人間に対して嫌悪感を抱いていないのは仕方がないのかもしれない。それによって、人間に世話を焼きたくなったりするのもわかる。だけど、友達として、同じ立場に立って交流するのはどう考えても踏み込みすぎだった。

 初めから、ただの知り合いとして、ちょっと手を貸す程度の関係ならまだダメージも少なかったかもしれない。

 しかし、今の俺はフェルと友達となってしまった。こうなってしまった以上、フェルを捨てきることはできないし、どうしてもフェルのことを意識してしまう。

 今回のように、フェルを人質に取られただけで窮地に陥ったのがそのいい例だ。

 それによって自分が傷つくだけならまだいい。問題なのは、俺の周りの人達が傷つくことだ。

 フェルはドラゴンのように強くはない。所詮は人間であり、その力には限界がある。

 ドラゴンなら容易に立ち回れる場面でも、その力の差が生死を分ける時もあるだろう。今回助かったのは、相当運がよかったのだ。


「ドラゴンが人間と共に歩むなど不可能だったのだ。初めはうまくいったとしても、必ずどこかで綻びが起こる。たとえ相手が善なる心を持っていたとしてもな」


『……』


「貴様はいずれあの町の人間どもから再び狙われることになる。もちろん、人間どもがいくら束になろうが容易に戦力差は覆らないだろうが、それは人間どもを殺しつくす覚悟があってこそだ。貴様にそれはあるか? ないだろう?」


『……うん』


「人間どもを殺せぬのであれば、貴様は逃げるしかない。そして、人間どもはどこにでもいる。そうなった時点で、貴様に逃げ場はなくなるのだ」


 どこへ行っても人間はいる。いや、正確に言えば、とんでもない秘境とか、深い森の中とか、いない場所もあるにはあるだろう。

 しかし、逆に言えばそういう場所しか残されていないということでもある。

 俺が人間との交流を望む限り、俺が活動できる場所はどんどん狭まっていく。

 最終的に行きつくのは、誰も寄り付かないような場所で静かに生涯を終えること。

 そんな結末、絶対に嫌だ。だけど、人間と交流するのであればそれは避けられないことかもしれない。

 自分の居場所を守るために戦えないのであれば当然のことだ。


「二クスさん、そんな言い方しなくても……」


「貴様も貴様だ小娘よ。貴様が白竜のを受け入れてしまったからこそ、白竜のは人間も悪くないと近づいてしまったのだ。貴様に悪意がないのは知っているが、周りの人間がどうなるかまで想像できなかったわけではあるまい。それが、白竜のを傷つけたのだ」


「うっ……」


「白竜と共に行きたい? 人間の分際で何をバカげたことを言っている。もしその覚悟があるのなら、まずは人間をやめよ。ドラゴンと共に生きるのであれば、人間の身では無理だ」


「……」


 それを言うなら二クスだって今は人間ではあるけど、フェルも何となく二クスが人間でないことをわかっているんだろう。反論することはなかった。

 ドラゴンと人間では住む世界が違う。食べるものも違うし、生活環境だってまるで違う。

 時には人間の子供が森に住む動物に育てられる、なんていう事例もあるようだけど、そんなのは本当に稀だ。

 せいぜいできるとしたら、それぞれの場所に住み、時折会いに行く程度だろう。

 先程一緒に行くという選択肢もあるかと言っていたが、やはり相当難しいようだ。


「さて、白竜の。貴様はこれからどうする? このままおめおめと逃げおおせるか? それとも、元凶を排除し、自らの住処を守るか?」


『それは……』


 確かに、もう一つ選択肢がある。それは、領主を排除することだ。

 討伐リストを管理しているのが領主だというのなら、その領主がいなくなればそれを気にする必要はなくなる。

 ただ、排除するということはもちろん、殺すということだ。

 相手は俺を手に入れたいがためにフェルを酷い目に遭わせた悪人だ。それを考えれば、殺したっていいのではないかとも思う。

 ただそれでも、人間を殺すのかと思うと尻込みしてしまう。

 自分のためだけに、他人を殺す。前世であれば、それはもちろん犯罪だ。だから、その意識が残っていて、それで殺すのを忌避しているというのもあると思う。

 だけど、今の俺はドラゴンだ。ドラゴンが人を殺したところで別に法が働くわけもない。

 そもそもの話、ドラゴンというだけで討伐対象にされるのだから、わざわざ人に気を使う必要なんてないだろう。

 この世界ではドラゴンが、というより魔物が人を殺すなんて普通のことだし、その一つと考えればそこまで気にする必要もないのかもしれない。

 でもそれでも、やはり怖いのだ。


『俺は……やっぱり人を殺すなんてできないよ……』


「そうか。ならば、貴様はどうしたい?」


『えっ……?』


 答えはもう出ているはずである。人を殺せない以上、俺には逃げるという選択肢しかない。

 だけど、二クスはさらに同じ質問を重ねてきた。


「それは貴様が取らなければいけない選択肢だ。そうではなく、貴様自身はどうしたいかを聞いている」


 それはつまり、周りの事情など何も関係なく、俺自身がどうしたいかということか。

 俺はどうしたいんだろう? いや、考えるまでもない。

 俺はフェルと一緒にいたい。もちろん、二クスとも。このまま逃げなければならないのだとしても、せめてみんな一緒にいたい。

 たとえそれが、不可能に近いことだとしても。


「……なるほど。それが貴様の答えか」


『うん……』


「ならば頼れ。友というのは、困った時に力を貸してくれるものであろう?」


『え?』


 二クスの言葉に思わず顔を上げる。

 そこには、不敵に笑う二クスの姿があった。

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ニクス「汚物は消毒だぁぁぁぁぁ!」
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