第四十九話:大広場にて
俺は再び路地裏へと入ると、屋根に向かって跳躍する。
普通の人なら難しいかもしれないけど、ドラゴンの身体能力を多少なりとも受け継いでいるこの姿であれば屋根に飛び乗ることくらい朝飯前だ。
再び隠密魔法を使い、見つからないようにしてからドラゴンの姿に戻る。
さて、大広場と言っていたけど、どこなんだろう?
まあ、広場と言うんだから多分開けた場所なんだろうけど。
しばらく町を飛び回ってみると、それらしき場所を発見できた。
真ん中に噴水があるけど、周りは結構な空間があって俺が下りても大丈夫そうではある。
ただ、人が多いのでそのまま降りると危ないのが問題か。
うーん、どうしよう。多分ここだと思うんだけど、エドワードとやらはどこにいるんだろう?
「皆さん、一時この場から離れてください! ドラゴンが着地します!」
そう思っていると、息を切らせた様子で何人かの冒険者を引き連れたメルセウスがそう叫んでいるのが見えた。
どうやら、あの後慌てて追ってきたらしい。
確かに、エドワードが俺に契約をさせたいというなら見届け役は必要か。
メルセウスならこの町ではかなり高い地位にいそうだし、以前もエドワードの護衛をしていたしね。
人がいなくなったので、石畳を壊さないように慎重に着地する。
すると、メルセウスが近づいてきた。
「白竜殿、来てくれたか。今回はフェルのためにすまない……」
『別にいいよ。それより、相手はどこ?』
話を整理すると、ここの領主は俺を手に入れるためにフェルを人質に取り、ここで契約とやらを結ばせるのが目的らしい。
契約というのがよくわからないけど、以前やったような、言うだけ言って勝手に調印させるような契約だとするならば受けるわけにはいかない。
ただ、フェルが人質に取られている以上、下手なことを言うとフェルが危険に晒される可能性もある。
もしかしたら、フェルを助けるためにも契約をしなくてはならなくなる可能性もあるかもしれない。
でも、フェルを助けられるのであればそれでもかまわない。
そもそも、契約と言っても別に従魔にされるわけでもないのだし、受けるふりをして後から破ってしまうのも手だ。
「……来たようだな」
そう言って、メルセウスは噴水の向こう側を見る。
そちらを見てみると、奥の道から数十人にも上る兵士風の人を引き連れたエドワードがやってくるのが見えた。
ようやくお出ましか。よく見てみると、奥には檻があり、そこにはフェルが手錠をはめられて捕らえられている。
まるで罪人のような扱いに思わず怒りを覚える。だが、ここで下手に動く方が危険だ。
俺はひとまず相手の出方を窺うことにした。
「これはこれは、よく来てくださいました。ただの魔物に交渉が通じるかどうか少し不安でしたが、無事に来てくれたようで何よりです」
エドワードは俺の姿を見るなり、見下したような目で見つめてくる。
あの時脅かしてやった記憶はすでにないようだ。おめでたい頭をしていることで。
フェルが何かを言おうとしているようだったけど、猿轡を付けられているのか、もごもごとくぐもった声しか聞こえてこない。
早く助けてあげたいところだけど、さて、どうしたものか。
「見えるでしょう? あなたが大切にしている冒険者は今我々の手にあります。その上で、あなたにはこれから読み上げる契約を結んでいただきたい」
そう言って、エドワードは懐から紙を取り出し、あの時と同じようにつらつらと読み上げ始めた。
内容にそう変わりはない。相変わらず、俺のことを全く考えていない自己中心的な契約内容だ。
ただ、最後だけは少し違っていて、読み上げたと同時に後ろから一人の男が前に出てきた。
「この契約に納得するなら、彼の名付けを受け入れなさい。もし断れば、そうですね、そこの小娘が痛い目に合うことになりますよ」
どうやらこいつはテイマーらしい。名付けを行うことによって魔物を従属させることができるという特別な人。
なるほど、確かにこれなら鱗を渡したからなんて曖昧な理由ではなく、きちんと俺のことを縛ることができるだろう。
二クスの話では、テイマーに名付けられた魔物はその人物のことを尊敬したくなるし、言うことを聞きたくなるのだという。
一応、名付けの際には魔物の方がその人物に完全に屈服している必要があるようだけど、受け入れろというのならその条件は突破できると思う。
もし、俺がこれを受ければ、俺はこいつのことを主人として見てしまうのだろうか。
契約というのがどれほど強いのかは俺にはわからない。ドラゴンなら大丈夫なのか、それとも受け入れてしまったらそれすらも関係ないのか。
そう考えると怖い。だけど、フェルを助けるためには受け入れるほかない。
「白竜殿……」
ふと、背後をちらりと見ると、メルセウスが苦々し気にフェルのことを見ていた。
メルセウスの対応からして、恐らくこうして俺を呼び出したのは契約を結ばせるためというよりは、フェルを助け出すためだろう。
領主には逆らえないけど、俺のことも裏切りたくない。いや、下手に裏切って町を攻撃されてはたまらないと言った感じだろうか?
どちらでもいいけど、メルセウスにとっての最優先はフェルだろう。
この状況、恐らくメルセウスが望んでいるのは俺が暴れることだと思う。
俺が暴れることによって場を混乱させ、その隙を狙ってフェルを助けだすというのがメルセウスの考えるシナリオなんだと思う。
もちろん、俺がちゃんと要求を飲んでフェルが無事に解放されるのならそれでもよし。とにかく、自分は俺の好感度を下げないまま、奴らをどうにかしてほしいんだと思う。
ここは迷うところだ。
一番安全なのは、俺が大人しく要求を受け入れてフェルを開放してもらうパターン。
相手は俺のことが欲しいわけで、俺が大人しく言うことを聞くならば戦う理由もないし、フェルを傷つける理由もない。
ただ問題があるとすれば、俺が言うことを聞いたところで本当にフェルを開放するかわからないという点。
仮に俺を名付けによって拘束できるとしても、やはりいざという時の抑止力は必要となるだろう。
そんな時に俺に対して最も効果的な人物が誰かと言えば、それはフェルである。
つまり、この契約が済んだ後もフェルには利用価値があるわけだ。
だから、それを理由にフェルを開放せず、飼い殺しにする可能性はなくはない。
そうなれば、得をするのは領主だけで、俺もフェルも、メルセウスだって誰も得をしない。最悪の結末だ。
では、要求を受け入れず、この場で暴れてメルセウスに託すのかと言われるとそれも怖い。
俺が暴れれば、絶対に死人が出る。いくら力を制御していたとしても、尻尾で薙ぎ払うだけだって相手を吹き飛ばせるだろうし、爪を使おうものなら即死ものだろう。
もちろん、こんな人質を取るようなくず相手だったら殺すのもやむなしとも思わなくはないが、それをやってしまうと完全に領主を敵に回すことになる。
俺が討伐リストから外されているのは領主の許可を得ているからであって、もし領主に楯突くことがあったら当然それも無効になるだろう。
もしかしたら、領主だけでなく、その上にいるこの国の王様なんかの耳にも入って、軍が討伐しにやってくるなんて事態にもなるかもしれない。
そうなれば、当然ながら町に来ることなんてできなくなるし、フェルにだって会えなくなる可能性が高い。
それに何より、混乱の中でフェルが傷つけられる可能性もかなり高いし、俺が暴れて騒ぎを起こすのはかなりのリスクを伴うだろう。
どちらにしても、フェルを100パーセント無事に解放する手段はない。
どうする、どうすればいい?
俺は悲痛な表情を浮かべるフェルを見ながら、頭の中で考え続けた。
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