第五話:新しい住処
薄々わかってはいたことだが、この体にはスタミナという概念がないのかもしれない。
あれから結構な時間飛び続けたが、全くと言っていいほど疲れは来なかった。というより、生まれてから一度も疲れたという感覚を味わっていない気がする。
精神的に疲れたことはあっただろう。だけど、体は元気で動こうと思えばいくらでも動けた。
体力多いなぁくらいにしか思っていなかったが、やはりドラゴンというのは規格外なのだろうか。
思えば他にもそれらしい片鱗はある。例えば懸念していた睡眠についてだ。
時計というものがないから大雑把ではあるが、俺は暗くなったら寝るという習慣を身に着けている。だが、起きようと思えば起きていられる。
試したわけではないので正確にどれくらいとは言えないが、恐らく一週間以上は寝ずに行動できるだろう。
寝なければ体力が回復しないというのはあるだろうが、ある程度寝なくても活動できるくらいには無尽蔵の体力を持っているようだった。
それは食事にも言えることがある。
以前、まだ狩りを行えていなかった頃は果物のみで生活していたが、ドラゴンという種族を考えればかなり低燃費だ。多分、数日程度だったら飲まず食わずでも活動できるだろう。
力も強いし鱗は超硬い。まさに完璧な生物と言っても過言ではない。
恐らく、まだ気が付いていないだけでまだまだそういったことはあるのだろう。空を飛べるというだけでもだいぶ強いし。
調子に乗って飛びまくっていたら生まれた地点からかなり遠ざかってしまった。
それでも森を抜けることはないのだから、この森がどれほど広いかがわかる。
そこまで早く飛んでいるつもりはないけど、体感的に四十キロくらいは出てると思うんだけどな。車並みだ。
さて、そこまで飛んで目当てのものは見つかったのかというと、これがなかなか見つからない。
そもそも、眼下に見えるのは森ばかりで、お目当ての洞穴や木の洞なんてものは見えやしない。木の葉で隠れているのだから当然だ。
飛べたことに夢中になって忘れていたが、獲物を探すのならともかく、住処を探すのにはちょっと向きそうにない。
だから、少し方針を変えることにした。
俺が向かったのは切り立った崖や谷。この森にはいくつかこういう場所があって広大な森を分断している。
なぜこんな場所に来たかと言えば、こういった場所ならば見えるからだ。
崖に露出している穴や谷にある足場。そう言ったものが見つかれば住処に使えるかもしれない。
これから成長することを考えるとそこそこの広さが欲しいのだけど、まあ、最悪現状をどうにかできるだけでもありがたい。
そうして探していることしばし、ついにそれらしき穴を発見することに成功する。
そこは一際切り立った崖。その断面はいくつもの地層ができており、大規模な地殻変動でもあったのではないかと推察できる。
その崖のただ中。少し切り立った岩場に洞穴のようなものが見えた。
近寄ってみると、ちょうど突き出した岩が足場っぽくなっており、入り口に入りやすくなっている。
ひとまず着地し、中を覗いてみると、意外にも広く、十分に住処として使えそうだった。
念のため匂いを嗅いだり中をくまなく調べてみたが、少し妙な痕跡があった。
それは、奥の方にこんもりとたまった粉の山だ。
灰のようにも見えるが、火を起こした形跡はなく、少し不可解だ。
それ以外に痕跡はなく、何かの食べかすが散らばっているわけでもないし、寝床として利用された形跡もない。
恐らく岩が自然と擦り合わされて出来た粉末だと考え、特に気にすることはなかった。
よしよしよし。こういうのを待ってたんだよ。
思いの外早く見つかったことに安堵する。
最悪住処探しだけで数週間は覚悟していたからね。雨が降る前に見つけられてよかった。
さっそく寝心地を確かめてみる。
床はいずれも硬い岩でできており、なかなかにごつごつしている。
中には水晶のような透き通る色をしたものもあってなかなかに綺麗だが、寝るにはあまり向かないかもしれない。
なんとか平っぽいところを見つけるが、そのまま寝るには少し硬すぎた。
うーん、一応卵の殻は持ってきているからこれに入ってれば寝るには苦労しなさそうだけど、その内成長すれば殻も使えなくなるだろうしな。
後で葉っぱを持ってきて簡易的なベッドを作った方がいいかもしれない。
ただ寝るだけだったら俺の鱗ならば傷もつかないだろうし、困ることもないだろうけど、やっぱり寝床は柔らかい方がいい。
殻は柔らかくはないけど、揺り籠のようで落ち着くのだ。だからこれは例外。
ここはいい場所だ。何より眺めがいい。
切り立った崖に作られた洞穴は眼下の森を一望できる。
森の少し開けた場所には湖のような水辺もあり、水を飲む草食動物の姿も確認できた。
水も獲物も豊富。それになにより雨に濡れない。
もはや雨は飲み水のための恵みにしかならないだろう。衣食住の衣はともかく、食と住を充実させることが出来たのだから文句はない。
後はそうだな。話し相手でもいれば完璧なんだけど。
この世界に生まれてからまだ一度も会話していない。いや、俺の言葉はただの鳴き声になってしまうから会話が成り立つかどうかも怪しいけど、例えば同じドラゴンならば話も通じるのではないかと思う。
俺は子供なわけで、子供がいるということは親がいるということだ。
俺は生まれた時から一人ぼっちのようだったけど、その内同族にも会えるかもしれない。
それに、もしかしたら同族でなくても言葉が通じる者がいるかもしれない。
そんな誰かと友達にでもなれたらいいなと思う。
俺はみんなでワイワイする方が好きだから、一人だとどうしても退屈なのだ。
まあ、今はない物ねだりしてもしょうがない。地道に探していこう。
その日は新しい住処を見つけられたという喜びもあり、上機嫌で眠りにつくことが出来た。
さて、ここらで一度確認しておくべきかもしれない。
何をかって? それは自分の身体についてだ。
俺はドラゴンとして生を受けた。なんだかんだと生きるのに必死で自分を顧みることはなかったけれど、住処を見つけた今、そろそろ自分を見つめ直してもいい頃ではないかと思ったのだ。
この体は色々スペックがおかしい。力は強いし鱗は固いし空は飛べるし、とても子供とは思えない。
これがドラゴンとしての性能だと考えるならば、この力を最大限に引き出すことは俺にとってプラスになるだろう。
だから、とりあえずドラゴンにできそうなことを考えてみる。
俺が知ってるドラゴンは、恐怖の代名詞というか、力の象徴のような感じの書かれ方をしていることが多い。
何万もの兵を相手に戦ったり、魔王として勇者の前に立ち塞がったり、その能力は戦闘に関してのものが多い。
ドラゴンの攻撃法としてやはり外せないのがブレスだろう。
口から高熱の炎を吐き出し、目の前にいる敵をすべて焼き尽くす。
作品によっては炎ではなく氷や水といったものも存在するけど、真っ先に思いつくのは炎だ。
それらはドラゴンが得意とする属性によって変わると考えているけれど、じゃあ俺の属性ってなんだと考える。
見た目は純白の美しいドラゴンだ。子供だからか、かっこいいというよりは可愛いという印象が強い。
体の色によってなんとなく属性はわかるかもしれないと思ったけれど、白って言うとなんだかわからない。
氷? それとも雷とか? あるいは光とか言う可能性も。
光属性のブレスってなんだよと思わなくもないが、考えられるのはこの辺りだろうか。あるいは、そもそも体の色が関係ないパターンもあるかもしれない。
確かめる方法はただ一つ、実際にやってみることだ。
ただ、ブレスってどうやったら出せるのかな。なんかこう、口から勢いよく吐き出せばいいのだろうか。
ひとまず、広い場所でやってみよう。
俺は翼を広げ、森へと降りていった。