第四十二話:混乱のさなか
呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
目を擦って再度見てみても、目を凝らしてみてもそこに息子の姿はない。
「どうした? 素っ頓狂な声を上げて」
『な、なん……』
俺は前世で恐らく過労死で死んだ。これはまだ納得できる。
その後なぜかドラゴンに転生していた。納得はできないがまあなんとなく理解はできる。
そのドラゴンは実は雌だった。わからない。
いや、普通に考えておかしいじゃん! 俺男だったんだよ? 別に女顔だったとかなよなよしてたとかじゃない、ごく普通の男だったんだよ?
それが何で転生したら性別が変わってるんだよ!
ドラゴンに転生したってだけでも納得できてないのに、性別まで変わってるとか嫌がらせか!
もしこの場に俺を転生させた神様がいるなら殴り飛ばしてやりたい。
なんかもう、何なん!?
「裸だったことに驚いたか?」
『い、いや、俺、女に……』
「何を当たり前のことを言っている。雌なのだから当然だろう」
例えば、俺が変に意識したせいで実際は男だけど女の姿になってました、みたいな展開を期待したけどニクスの言葉によってあっさり打ち砕かれた。
というか、ニクスは初めから知ってたんだね。だったら教えてくれたらいいのに……。
いや、教えられたら教えられたで暴れた気がするけど。
これどうしようもないのかな……性別を変えるのは流石に無理だよなぁ……。
「球の形にしたんだな」
『え? ま、まあ……』
俺の胸元には白く輝く拳台の球が埋まっている。
形状は何でもいいと言っていたけど、最初だし忠告に従って球の形を意識してみたのだ。
ただ、武器ならば持っていても不自然ではないが、球を持っているというのも何か不自然だし収まりも悪いと思ったので、体の一部として同化させてみたというわけだ。
胸元にある球を触ってみる。
水晶のように透き通った球の中には細い線上の白い光が絶えず瞬いており、球の中に幾何学模様を作り上げている。
感触は冷たく、一部と言っても血が通っているわけではないということがわかる。
体に埋め込むというのはいいのかどうか迷っていたけど、これなら邪魔にもならないしいいだろう。
「体の調子はどうだ? 慣れないうちは動かしにくいこともあるのだが」
『んー、特には……』
軽く腕を振ってみたり少し歩いてみたりして見たが、特に不自由ということはない。
小さな子供の姿ではあるが、久しぶりに人間の姿で色々できてむしろワクワクする。
まあ、女の姿ということを除けばだが……。
『そ、それより、服ってどうやって作るの?』
「魔力で服を形作ればいい。服の形をイメージすれば簡単にできる」
流石に裸のまま行動するというのは羞恥心が許さない。
魔力で服を形作る、か。さて、どんな服を作ったものか。
俺が普段から着ていたのはワイシャツにズボンと言ったスタイルだ。
ほとんどの時間は職場で過ごしていたし、それが職場での基本スタイルとなっていたため、同じ服を何着も持っていた。
女性が着る服としてはどうかと思うが、別に俺は女装がしたいわけではない。ワイシャツズボン姿の女性がいたっていいだろう。
ファッションには疎かったから特に思いつかないし、とりあえずいつものスタイルを想像してみることにする。
ええと、魔力を体に纏わせるようにして……で、イメージを……。
ムムムと念じてやると、虚空から服が出現した。
それは俺の身体を包み込むように纏わりつき、そして……ずり落ちていった。
『はえ?』
ふとしたを見てみればズボンは完全に脱げており、ワイシャツは辛うじて着ているものの、ぶかぶかで袖から手が出ていない。
その姿は、大人の服を子供が無理に着たような状態だった。
「見慣れぬ服だが、それでは動きにくいのではないか?」
『あ、いや、これは……』
どうやら、いつもの服を想像した結果、サイズまで元の状態で出てきてしまったらしい。
今の俺の身長は、ニクスとかと比べると恐らく100センチちょっと。そりゃ合うはずがない。
うーん、どうしたものか。
このサイズに合わせてとなると、このスタイルは少々無理がある。というか、そんな小さなサイズを想像できない。
となると……従妹の服でも参考にしてみるか?
仕事場の近くに住んでいるらしく、近くの公園でたまーに見かけることがある。
まだ五歳くらいだったはずだけど、今の俺と背格好が似ているから多分合うだろう。
女ものの服を着るのは癪だが、なるべく恥ずかしくないような恰好で……。
そうやって想像してみると、ぶかぶかだった服が形を変え、私の体にぴったりと合うワンピースへと姿を変えた。
白く飾り気のないワンピース。流石に中身までは想像できないから下着とかは作れず、ひらひらとしたスカートの下は丸出しなのだが、まあないよりはましだろう。
「ふむ、まあさっきよりはましだな」
『ニクスに言われたくないけどね……』
ニクスのボロ布に比べたら上等な服だろう。
これでも元は前世の服を参考にしているのだ。この世界にある服よりは品質はいいと思われる。
まあ、所詮は魔力で作ったまがい物なので、品質に関してはあまり関係ないかもしれないが。
服を着たことによってひとまず落ち着く。
未だに女性になってしまったという衝撃は拭えないが、ここで喚いたところで状況が変わるわけでもない。
それよりも、無事に人化できたことを喜んだ方が何倍もましだ。
『これ、制限時間とかあるんですか?』
「魔力が続けばいくらでもその姿を保つことが出来る。ただ、大きなダメージを受けると解除されてしまうこともあるので気を付けた方がいいだろう」
人化中は常に魔力を消費し続ける。だから、魔力が尽きてしまえば人化を維持できなくなってしまう。
人化中は基本的に身体能力が下がり、動きにも制限がかかるらしい。特に、ドラゴンの場合は飛べなくなるというのが一番の欠点なのだそうだ。
身体能力が下がると言っても、それは元の姿に比べたらという話であって、人間と比べたら化け物レベルらしいのだが、それでも不覚を取ることは稀にあるらしい。
防御力に関しても、ドラゴンの鱗なら掠り傷すらつかない攻撃でも、ちょっとした切り傷になるくらいには弱まるらしいので、注意した方がいいという。
唯一減衰しないのは魔法で、魔力さえあれば強力な魔法も放てるらしい。
「魔力の残量には気を付けよ。街中で急に人化を解いたら大騒ぎになるのでな」
自分の魔力の量がどれくらいかはわからないが、魔力が少なくなってくれば、あ、そろそろ尽きるなってことがわかるらしい。
人間よりは身体能力が優れると言っても絶対ではないし、主な攻撃手段は魔法になるため魔力の管理は人化においてとても重要な要素だ。
ニクスは初めの頃はよくやらかしたと懐かしそうに頷いている。
俺もこの姿で町に降りることもあるだろう。注意しておかないといけないな。
『それにしても』
俺は自分の身体を見下ろす。
人化している時の能力は元の身体の能力に依存する。だから、小さいからと言って弱いというわけではないらしい。
まあ、小さいってことは年齢が若いってことだから、同じ人化した大人に比べたら弱いだろうけど、人間となら比べるべくもない。
だけど、こんな幼女ともいえるような姿で本当にそんな力があるのかと言われたら少し疑問だ。
いずれは町にも行く予定だし、フェルにも見せる予定だけど、その前に少し確認くらいはした方がいいかもしれない。
俺はこの体で何ができるのか、何ができないのかを探るためにとりあえず身体を動かしてみることにした。
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