第三十九話:対等な存在
『それで、わざわざ現れたのは、そこの子竜を紹介するためか?』
とても低い、威厳の篭った声が響く。
かなりでかい。
俺もここ十数年で大きくなってきたつもりだったけど、これはスケールが全く違う。
火口の半分を占めるほどの大きさ。それに比べれば、俺なんて鼻息で吹き飛ばされてしまいそうなほど小さな存在だ。
そんな相手に対し、俺とそう大きさが変わらないニクスは全く物怖じしていない。
まるで対等かという態度で接している。
とてもじゃないけど、俺にはニクスの真似はできそうになかった。
『そうだ。まだ名付けをするほど育ってはいないが、子供にしては中々骨のある奴でな。同じドラゴンとして、貴様から何かアドバイスでも貰えればと思っている』
『ふむ、そうか』
イグニスと呼ばれたドラゴンが俺の方をじろりと睨む。
押し潰されるような重圧こそ霧散したが、圧倒的強者から放たれる視線はそれだけでも脅威を持っている。
思わずびくりと肩を震わせ、一歩後退ってしまった。
『確かに、綺麗な魔力をしている。見た目も美しい。一体誰の子か?』
『それがわからんのだ。生まれた時は森の中で放置されていたらしくてな。その森にはドラゴンは住んでいないし、近くにドラゴンの巣もない。不思議なものだ』
俺の親については、未だにはっきりしていない。
神様の不思議な力で俺だけがあの場に産み落とされたのか、それとも何か別の要因があるのか。
そもそも、なんで俺はドラゴンに転生してしまったのだろうか。
そりゃあ人並みには小説やらなんやらでドラゴンのことについては考えたことはあるけど、特に好きというわけでもないし。
よくわからない。
『それでお前が親代わりをしているというわけか。だが、フェニックスであるお前では、ドラゴンの子を育てるのは難しかろう。私に託したいということか?』
『戯け、そんなはずなかろう。白竜のは我が育てる。誰にも譲りはしない。それに、白竜のは聡明だ。そこまで手はかからんよ』
本来であれば、ニクスが俺に構う理由はない。
ニクスにとって俺は、巣に侵入してきた不審者という程度のものだったはずだ。
それに、同じ幻獣種とは言え、全く構造が違うドラゴンである俺を育てるのはニクスなりにかなり苦労しているはずだ。
ニクスが俺のことを知り合いのドラゴンに任せるというのであれば、それはごく自然なことだろう。
だけど、ニクスは自分で育てると言った。
それほどまでに俺のことを気にかけてくれているということだ。
嬉しくないはずがない。
思わずニクスの方を見て尊敬の念を込めて見つめてしまった。
『そうか。であれば、本当に顔見せのためだけに?』
『いや、出来ることなら友になって欲しいと思ってな。こやつは変わり者で、人間と友誼を結んでおるのだ』
『ほう、それは興味深い』
『なれば一度常識というものを教えておかなくてはと思ってな。貴様を頼らせてもらった。不快だったか?』
『いや、よい判断だ。私でよければ友となろう』
なんだか勝手に話が進んでいる。
常識って、俺ってそんなに常識ないかなぁ。
いや、魔物の常識なんて知らないから、確かに常識知らずなのかもしれないけど。
友達って普通一緒に話したり、遊んだりしたりして友好を深めて、いつの間にかなってるものじゃないかなぁ?
そんなあっさりでいいのだろうか。
『よろしくな、白き子竜よ』
『こ、ここ、こちらこそ……』
しかも、相手は俺より何十倍と長生きしている成竜だ。
文字通り格が違う。
例えるなら、平社員と社長くらいの格差がある。
さらに射竦めるような鋭い視線。まともに顔を合わせてられない。
相手はよくても、こちらからは友達というより凄く偉い人って感じがして、とても対等な友達にはなれそうになかった。
『白竜の、そう畏まる必要はない。こやつはただ数千年程度生きただけの老竜にすぎぬ。年の差はあれど、対等な立場だ』
『いやいや、どう考えてもそんなことないよね!? 高々十数年しか生きてない俺と比べられるような人じゃないよね!?』
『ふむ、まあ、友というよりは子と見られることは多いであろうが、友には変わりあるまい? 我と貴様の関係とそう違いはないだろう』
わかった、ニクスも友達というものがどういったものかわかってないな?
少なくとも、俺が思う友達の定義とニクスの友達の定義は違う気がする。
子として見られるって、それもう遊びに行ったら可愛がられるおじいちゃんと孫の関係じゃん!
『友達ってそういうんじゃないと思うんだけど……』
『不満か? 同じドラゴン同士馴染めると思ったのだが』
確かにドラゴン同士ではあるよ。でも同じじゃないよね。明らかに比較できるような相手じゃないよね。
いや、別にイグニスさんと友達になるのが嫌というわけではない。というかそんなこと言ったら殺されそうだし……。
でもほら、このまま言葉だけで友達になっても、設定上の友達ってだけで何も進展しなさそうなんだけど……。
住処だって離れているし、頻繁に顔を合わせることもないだろうし、そもそも何を話せばいいのかわからない。
ニクスも友達を作れというなら、もう少し考えて知り合いを選べばいいのに。
『まあ、まずは二人で話してみるとよい。これでも数千年を生きているのだ、何か役に立つ知識も得られるだろう』
『長らく見ていなかった子竜との会話なら喜んで話そう。何でも聞いてくれ』
イグニスさんがこちらに顔を向けてくる。
そんないきなり言われても、何を話したらいいかなんてわからないってば!
ニクスの知り合いであるし、イグニスさんの様子からも、こちらのことを庇護対象として見ているようだから、殺されるなんてことはないとわかっているけど、それでも怖いものは怖い。
そんな相手といきなり何か話せと言われても話せるわけがない。
でも、相手は期待したような目でこちらを見ているし、ニクスもこちらが話すのを待っているようだ。
ハードルが高いなもう!
『え、えっと……イグニス、様? は、その、あの……』
『そう畏まらずともよい。私のことはイグニスとも、火竜とも好きなように呼ぶといい』
なんとか言葉を絞り出したが、未だに聞きたいことは見当たらない。
いや、あるにはあるんだけど、聞いていいものかどうか迷う。
声も小さいし、どもりまくっている俺に、ニクスから落ち着けと叱責が入る。
これでもちょっとは整理してから話し始めたつもりなんだけどな。
緊張しすぎて変なところに力が入っている。
『じ、じゃあ、イグニスさん、で、いいですか……?』
『うむ。お前は名がない故に白き子竜と称するが、構わないな?』
『は、はひ……』
『そう怯えるな。私はお前に危害を加えることはない。……とはいえ、この体では致し方ないか。では……』
イグニスさんは火口から全身を出し、近くの岩場へと降り立つ。
火口の中にいた時でさえ威圧感が凄かったのに、全身が露わになった今、その存在感は圧倒的だった。
思わずその姿を見上げてぽかんと口を開けてしまう。
しかし、それはすぐに不要となった。
イグニスさんが何事かを口走ったと同時にその巨体が煙に包まれる。
びっくりして空に逃げかけたが、急速になくなっていった威圧感に違和感を覚えて踏みとどまった。
やがて煙が晴れていく。
そこには、圧倒的な存在感を放っていた巨体はどこにもなく、代わりに精悍な顔つきをした男性が立っていた。
『……はっ?』
何が起きたのかわからず、俺はただ呆然とその男性を眺めることしかできなかった。




