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第四話:冷たい雨

 狩りをするということを覚え、俺の生活は一定の安定を見せた。

 実りの豊富なこの森には動物も多く、狭い行動範囲でも獲物に困ることはない。むしろ向こうからやってくる。

 でも、最近はそれも少し落ち着いてきた。どうやら相手側も俺がただ狩られるような存在ではないということに気付いたらしい。

 それでも数日に一度は襲われるのだけど。まあ、獲物を探す手間がなくていい。

 最初は抵抗のあった狩りだが、一度やってしまえば案外すんなり受け入れることが出来た。

 かといって全く辛くないというわけではないけど、生きるためには仕方がないと割り切ることはできる。

 最近は俺はドラゴンだと思い込むようにしている。そうすれば、罪悪感にさいなまれることもないから。

 実際、だいぶドラゴンらしくなったとは思う。肉を生で食べても嫌悪感を覚えないし、返り血を浴びても動じなくなった。

 肝が据わってきていると言えば聞こえはいいけど、人間としての感覚が失われていくのはちょっと悲しいな。

 そんなことを想いながらしばらく過ごしていた。しかしある日、この平穏をぶち壊す出来事が起きてしまった。


「きゅあっ!?」


 いつものように日課を追え、眠りについた後のことだった。

 寒さによって目が覚め、目を開けると、地面に打ち付ける細い水が目に入った。

 そう、雨だ。

 以前ならば雨などさして気にしたこともなかった。せいぜい、外出するのが億劫だなと思うくらいだ。

 だが、今の状況での雨は都合が悪い。なぜなら、俺には家がないからだ。

 家としているのは何もないただ木に囲まれた地面であり、雨を遮るものなど木の葉くらいしかない。

 それでも大きく育った大木の葉はある程度の雨を防いでくれているけど、屋根として考えるならあまりにも機能が足りていなかった。

 木々の隙間から降りしきる雨は地面を濡らし、水溜まりに変えていく。それが寝床としている卵の殻にも容赦なく浸水し、とてもじゃないが寝ていられる状況ではなかった。

 ひとまず殻を回収し、木の根元に避難する。

 時折葉から零れ落ちた大粒の雫が体を濡らす。

 体内時計的にはおそらく今は朝だろう。どんよりとした空は雨雲で満ちており、早々に止みそうにはない。

 これは困る。非常に困る。

 何が困るってまず寝ることが出来ない。

 この雨が夜になるまでに止んでくれるというならまだいいが、夜になっても振り続けていたら屋根もない状況では寝ることは難しいだろう。

 俺の鱗は多少の水は弾いてくれるようだけど、濡れる感触はするし普通に寒い。

 仮に止んでくれたとしても雨でべちょべちょになった地面で寝る気にはなれそうにない。

 草でベッドを作るにしても、その草すら濡れているだろうし。

 野生で生きるのだからそれくらい気にしちゃダメだって? それはそうかもしれないが、まだ人間の時の感性が残っている俺にはちょっと辛い。

 人間としての感性はだいぶ失われてきたと思っていたけど、こう考えるとまだ俺は人間寄りなんだな。

 それはいいとして、その他にも行動制限がかかる。

 ただでさえ歩きにくい森だというのに雨でぬかるんでしまったら余計に歩きにくくなるだろう。

 泥で汚れるくらいだったら後で水浴びすればいいと思うが、若干霧もかかっているこの状況では不用意に歩き回るのは危険だ。

 最悪迷子になる可能性もある。まあ、家などあってないようなものだしその時はその辺で寝ればいいとは思うが。

 雨一つで大袈裟なとは思うけど、これは死活問題だ。一日二日なら外に出られなくてもいいが、寝られないというのはかなり困る。

 寝られなければ体力を回復することが出来ない。それは生きる上で致命的だろう。いくらドラゴンが高スペックと言っても衰弱には勝てないだろうし。

 雨は場合によっては天の恵みにもなる。というか、雨が降るからこそ森の植物は育まれているわけで、降らなければ困るのはこちらだ。だけど、降ったら降ったで困るというのは考え物だな。

 しばらくじっとしていたが、雨はだんだん強くなってくる。

 これはもう、止むまで待っているしかないな。

 寒さに身を縮こまらせながらひたすら耐える。雲の切れ間から太陽が覗くことを待ちわびつつ、時間は過ぎていった。


 翌日、雨も上がり、太陽の光が燦々と地上を照らし始めた。

 長雨だったらどうしようかと思ったが、思いの外早く止んでくれて一安心。

 昨日動けなかった分、狩りにも精を出して、と行きたいところだが、今日はそれよりもやるべきことがあるだろう。

 そう、住処の確保だ。

 雨でここまで困るとわかった以上、雨風を凌げる住処というのは必要だ。

 木の洞だとか洞穴だとか、形は何でもいいけどとりあえず屋根が欲しい。

 これだけ大きな森なのだ、探せば一つや二つ見つかるだろう。

 今のところ俺の行動範囲にそういったものは見当たらないが、今回は秘策がある。

 ここで問題だ。俺の種族は何でしょう?

 そう、答えはドラゴンだ。元は人間だが、今はれっきとしたドラゴン。

 ドラゴンと言えば空を飛ぶことが出来る。俺の背中についている翼がその証拠だ。

 むしろなんで今まで飛んでなかったんだと思うだろうが、正直に言おう。忘れてた。

 いや、だって人間だったんだよ? 人間に翼は生えていないわけで、姿が変わったからと言って瞬時に使えるなんてことはないだろう。

 尻尾ですらまだ違和感があるというのに、それで翼の存在に気が付けというのがおかしいのだ。

 まあ、それはいいだろう。何が言いたいかと言えば、空を飛んで住処を探そうということだ。

 空を飛ぶことが出来れば行動範囲は一気に広がるだろう。今までわからなかった森の外観とかも把握できるかもしれない。

 運よく洞穴でも見つけられれば儲けもの。そうでなくても行動範囲が広がればその内見つかる確率は高い。一石二鳥な作戦だ。

 昨日はそのことばかり考えていた。動かし方に関してもぎこちないながらもなんとなくわかる。

 さて、早速飛ぶとしよう。俺は背中に力を入れ、翼を広げる。

 羽ばたくように意識をすれば翼はその通りに動いた。徐々に羽ばたきを速めると、ふわりと体が宙に浮く。

 よし、この感覚だ。後はバランスを崩さないように注意しながら……。

 ぶわりと大きく羽ばたき、俺は空へと舞い上がった。

 飛ぶ際に木々に翼を引っかけて若干バランスを崩しかけたが、強引に突っ切り、まだ見ぬ大空へと繰り出す。

 そこは未知の世界だった。まるで水面に飛び込んだかのように空気が変わって感じる。

 見えるのは眩しいばかりの青空。白くふわふわとした雲が揺蕩い、太陽の光が俺の身体を照らす。

 眼下には広大な森。広いとは思っていたけど、これは予想以上だ。

 地平線の先まで森が見える。もし歩いて渡ろうとしたら丸一日歩いたところで足りないだろう。

 ああ、なんて気持ちがいい。こんなすがすがしい気分になるのは初めてだ。

 昨日までの陰鬱とした雰囲気はとうに消え、この青空のように心は晴れ渡っている。

 空を飛ぶというのは一種の憧れでもあった。それがこのような形で叶い、舞い上がっているのかもしれない。

 バランスは、取れる。方向転換もホバリングもできる。進むのはわけない。

 これもドラゴンとしての本能なのだろうか。しばし空中で動きの確認をしながら軽く旋回する。

 さて、動かし方はこれでいいだろう。この分なら少し練習するだけでマスターできそうだ。

 俺は目を瞑ってその場で一回転する。そして、目を開けた先に進路を取り、当初の目的を果たすことにした。

 ちゃんと住処が見つかるといいな。

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― 新着の感想 ―
お、やっと飛んだ。 まだ飛べなかった訳じゃないんだな
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