第三十八話:新たな友
『白竜の、人間以外の友を作る気はないか?』
ちょっと面倒な人間を相手にして嫌な気分になりながら住処に戻ると、ニクスがそう持ち掛けてきた。
人間以外の友達? それって、魔物ってことかな。それとも、エルフとかそういう種族?
まあ、欲しいと言えば欲しいけど、どうしていきなりそんなことを聞いてきたのだろうか。
『まあ、できるなら欲しいとは思うけど、どうして?』
『貴様は近頃人間と親密になりすぎている。だが、それは本来のあり方とは違うものだ。一度正しい友の作り方を学び、貴様がいかにおかしいかを教えてやろうと思ってな』
別に誰と友達になろうがその人の自由だとは思うけど、確かにドラゴンと人間が仲良くするというのは世間一般からすればおかしいことだ。
フェルのおかげで良好な関係が築かれつつあるけれど、少し離れた場所に行けば俺は化け物扱いだろう。冒険者ならばともかく、町の住人達に至っては、今でも俺は恐怖の対象かもしれない。
ならドラゴンにとって正しい友達とはなんだろう?
ニクスはそれを教えるために一肌脱ごうとしているらしい。
ありがたいことではあるけど、ちょっとお節介かな。
『ここから北に行った山脈に我の知り合いがいる。まずはその者と友好を結んでみよ。そして、人間に拘らずとも、対等の友を築けることを知って欲しい』
とはいえ、確かに人間ばかりを相手にしているというのも問題があるか。
魔物の世界ではどうだか知らないけど、最強種としての序列くらいはあるだろう。
様々な種族の者と知り合い、見識を深め、地盤を固める。
人間のような凝り固まった社会性はないにしても、少なからず組織的なものはあるかもしれない。
そのためには、広い範囲で知り合いが必要だ。
ニクスはこれでもかなりの時を生きているらしい。そのため、多くの知り合いがいる。
そうした魔物同士の繋がりを広げるためにも、少しくらいは会ってみた方が今後の役に立つだろう。
『わかった。それじゃあ、お願いね』
『目を向けてくれて何よりだ。では行くとしようか』
『え、今から?』
『なに、そう遠い場所ではない。すぐに戻ってこられる』
流石に今から会いに行くって言うのは少し驚いたけど、まあこの後やることもないし、構わないか。
もしかしたら数日間ここを離れることになるかもしれないけど、どうせあのエドワードとか言う男に付きまとわれるのだから、いない方がいいだろう。
フェルと会えないのは少し寂しいけど、数日くらいなら我慢できる。
最近遠出してないしね。ちょうどいいかもしれない。
『我が先導する。遅れるなよ』
そう言って、ニクスが住処から飛び立つ。
俺もすぐさま後を追い、その後ろに着いた。
ニクスの飛び方は美しい。まるでその瞬間すべてが絵画のような美しさがある。
相当飛び慣れているのだろう、その進路に迷いは一切見えなかった。
この先に山脈があるらしいけど、俺は見たことがない。
少なくとも、一日以上かかることは確定だろうな。
森を抜けてしまえば狩りもできなくなるけど、まあ、俺もニクスも数日くらい食べなくても問題はない。
しばし飛び続け、日が落ちてくる。
明かりが一切ないため、夜になると完全な暗闇となる。
俺の目は暗闇でもしっかりと見通せるけれど、今回はそれに加えてニクスがいる。
ニクスの翼は淡い光を纏っており、陽炎のように翼の後を追随している。だから、ニクスの周りはほんのりと明るい。
せいぜい焚火の火くらいの光量ではあるけれど、道を照らして進む分には十分な明るさだ。
まあ、進んでいるのは何にもない空だから、方向さえ合っていれば道を照らす必要はどこにもないのだけど。
飛行は夜にも続く。
別に休んでもいいのだけど、俺もニクスもほとんど睡眠の必要はないし、ただ飛行するだけなら疲労もない。休む理由はなかった。
そして、日が昇り、また日が落ちてというのを繰り返し、三日ほど経った頃、ようやく前方に巨大な山脈が見えてきた。
道中、森を抜けた後は眼下に草原や岩場が続き、たまに村や町を見かけることはあったが、基本的には何もない旅。
退屈だったが、ようやく終わりが見えてほっとしている。
『あそこが知り合いがいる山だ。降りる準備をしておけ』
そう言いつつ少しずつ高度を上げている。
そう言えば、ニクスの知り合いってどんな人なんだろう? 結局聞けずじまいだったけど。
『ねぇ、ニクスの知り合いってどんな人?』
『火竜だ。貴様と違って成長した大人のドラゴン。名はイグニスという』
おお、お仲間さんか。
他のドラゴンなんて見たことないからちょっとワクワクするな。
大人ってことは、少なくとも百歳以上ってことだよね。
どんな人かな。優しい人ならいいんだけど。
『あそこの山頂に降りる。少し暑いから気を付けろ』
ニクスの言う通り、近づくにつれて少し気温が上がっていっている。
見ると、山頂付近には火口があり、そこからマグマが見え隠れしていた。
活火山ってことか。火竜が住むにはもってこいの場所だね。
暑いと言えば暑いけど、そこまで苦しいわけでもない。ちょっと変わった? という程度だ。
ニクスは火口付近に降りていく。俺もその後に続き、ごつごつとした岩場が目立つ山頂へと降り立った。
『イグニス、いるか? 我だ』
『…………』
ニクスが話しかけるが、周りには誰もいない。
でも、気配はある。
どこかに隠れているのだろうか? でも、周りは岩だらけで隠れられそうな場所はない。
どこにいるんだろう?
『いるんだろう? 姿を現せ』
『……ニクスか?』
地の底から響き渡るような声。
思わずびくりと肩をすくませ、声が聞こえた方へと目を向ける。
目線の先にあるのはマグマが燃え滾る火口。その一部が一瞬膨れ上がったかと思うと、その中から巨体が現れた。
全長数十メートルはあろうかという巨体。褐色の翼をたなびかせ、俺とは対照的な赤黒い色の鱗に覆われた体。長い首の先には燃え滾るマグマのような赤い瞳がこちらを見下ろしている。
その姿に、俺は知らずのうちに身を縮めていた。
恐怖、今までドラゴンの身体ということもあって、ほとんど感じていなかった危機感。それらがすべて一気に押し寄せてくる。
怖い、怖い、怖い……!
『……見知らぬ者がいるようだが』
『威圧を納めよ。こやつは我の子……いや、友だ。手荒な真似は止めてもらおう』
『ふむ、すまない』
感じていた重圧が消えていく。
怖いと感じていた感情も次第に落ち着いていった。
でも、完全じゃない。その圧倒的な巨躯を前に震えが止まらない。
ドラゴンになって強くなったつもりでいたけど、あれは勝てない。
すっかり震え上がってしまった俺を見て、ニクスはため息を吐く。
ニクスはこのプレッシャーを感じていなかったのだろうか?
『すっかり怯えてしまったではないか。どう責任を取るつもりだ?』
『すまなかった。怯えさせるつもりはなかった。久しぶりに強者の気配を感じたのでつい気持ちが高ぶってしまっただけなのだ。私はお前に危害を加えるつもりはない。安心しろ、子竜よ』
そう言って頭を下げてくる。
ニクスの知り合いだというから凄い人なんだろうなとは思っていたけど、まさかこんな大物が来るとは思わなかった。
確かに威圧感こそ凄いが、その言葉には謝罪と、そして慈愛の念が感じられる。
少なくとも、すぐに食べられるってわけではないことがわかって少し落ち着けた。
それにしてもニクスさん、こんなのと友達になれってハードル高すぎませんかね?
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