第三十四話:謎多き女性
冒険者、フェルミリアの視点です。
「なんだ貴様は」
「お初にお目にかかる。私はこの町の冒険者ギルドのギルドマスターをしているメルセウスという」
ニクスさんは明らかに不機嫌そうだった。
ある程度こうなることは予想していたのだろう。面倒だという雰囲気を隠しもせずに溜息をついている。
「無理を承知ではあるが、ドラゴンの危険性を確認するためにも、我々調査隊の同行を許可してもらいたい」
「ダメだ。白竜のが用があるのはそこの娘だけだ」
険の篭った視線に思わずびくりと肩をすくませる。
ルミエールは私にしか興味がないのだろうか。
セインさん達に攻撃していなかったから、人間自体に敵意があるわけではないと思うんだけど、特に気に入っているのが私ってことなのかな?
取り付く島もない様子のニクスさんだが、メルセウスさんも負けていない。
視線を受け流しつつ説得を続ける。
「わかっている。しかし、我々としても近くにドラゴンがいるという状況は不安なのだ。もし、ドラゴンに敵意がないのであれば、それを証明するためにも確認する者を送りたい。あなたなら、敵意の確認が重要なのはご存じのはずでは?」
ニクスさんの正体については今のところ詳しいことはわかっていない。
没落した貴族の成れの果て、傭兵崩れの狂人、森に隠れ住む魔女、知恵を有する魔物など様々な見解がある。
最も、どれも根拠のない噂ばかりではっきりとしたことは何一つない。
ニクスという人物について、ギルドが調べてみたようだが、いくつかの情報が上がってきた。
それは湖を干上がらせた炎魔法の使い手とか、竜殺しと名高い強烈な酒を樽で飲み干した酒豪だとか、数千にも上る魔物の群れを滅ぼした大英雄だとかいろんな呼ばれ方をしているらしい。
ただ、その噂がある地域はどれもバラバラで、下手をすれば大陸の端と端で目撃例がある。もしかしたら、別大陸にも噂があるのかもしれない。
まあ、ニクスという名前だけであって、そのすべてがニクスさんのものだというわけではないと思うけど、それが本当なら世界中を回っていることになる。
だが、その出生についてやドラゴンに関しての噂は何一つ出てこなかった。
彼女がいつドラゴンと知り合い、ヒノアの大森林に隠れ住むことになったのかはわからないけど、共通するのは人を相当警戒しているということだ。
「貴様らがどう思おうが知ったことではない。ドラゴンと相対した人間がどんな行動をとるかなど想像に難くない。ならば、極力会わせないようにするのが一番手っ取り早い。我には貴様らを連れていくメリットがないな」
「もしドラゴンの危険性が低いと証明できれば、今後ドラゴンに手出しすることはありません。その方が、あなたにとっても都合がいいでしょう」
「危険がないかの基準はどうやって決めるつもりだ? まさか貴様らが白竜のと会話して聞き出すわけでもあるまい」
「そこはあなたに仲介して貰えれば幸いですが」
どのような手段を取っているのかはわからないが、ニクスさんはルミエールと意思疎通ができている。
そうでなければ白竜のが呼んでいる、なんて表現はしないはずだ。
私達にはドラゴンの言葉はわからない。けど、人間の言葉を話し、且つドラゴンの言葉を理解しているらしいニクスさんならば、仲介して貰えれば会話も可能なのではないかと思う。
「そんな面倒なことをする気はない」
「ならば、我々が討伐隊を組んでドラゴンを討伐してもいいと?」
「出来るものならな。そうなれば我は貴様らを全力で焼き尽くすだけだ」
そう言って手に炎を灯らせる。
あまりに早い展開速度。歴戦のメルセウスさんも、これにはさすがに驚いたのか一歩身を引いた。
魔法とは普通詠唱を必要とする。熟練者ともなれば詠唱短縮や詠唱破棄を行える者もいるが、こうも鮮やかに魔法を展開できる人は相当に稀だ。
噂の一つに湖を干上がらせたとか数千の魔物を倒したとかあったが、それが本当のことなのだという説得力がある。
「……では、私だけでも連れて行ってもらえないでしょうか? 私が目で見て、危険がないかを判断します」
「貴様はドラゴンと相対しても逃げ出さぬ胆力があるか? 何をされても手を出さず、ドラゴンに身を任せる覚悟があるか?」
「神に誓って」
「ふむ」
ニクスさんはしばし考え込むそぶりを見せる。
そして、ちらりとこちらを見るとにやりと笑った。
「いいだろう。貴様だけならば同行を許す。だが、もし妙な真似をしたらすぐに灰にしてやるからな」
「ありがとうございます」
「行くぞ」
そう言ってニクスさんは歩きだした。
私はちらりとメルセウスさんを見る。
もの凄い冷や汗をかいている。やはり、ニクスさんの相手は相当緊張したようだ。
「先に行け。俺は調査隊のメンバーに事情を説明してからついていく」
「何をしている。置いていくぞ」
少し先でニクスさんが立ち止まっている。
私はメルセウスさんに頭を下げ、すぐに後を追った。
仮にもギルドマスターを相手にあの一歩も引かない態度。やはりニクスさんはただ者ではない。
ただでさえ、ドラゴンの親というとんでもない肩書を持っているのだ。今更ニクスさんの正体が何でも驚かない自信があるよ。
すたすたと歩いているところにメルセウスさんも合流し、町の外へと向かう。
相変わらず足は速い。メルセウスさんと同じくらいだろうか。
メルセウスさんは私に合わせて歩いてくれるけど、ニクスさんにはそんな遠慮は一切ない。
少し小走りになりながらついていくのが精一杯だ。
「ニクス殿、とお呼びしていいでしょうか」
「好きに呼べ。呼び名に興味はない」
「ではニクス殿。あなたはいったい何者なのですか?」
メルセウスさんは強気にニクスさんに話しかけている。
さっきあれだけ冷や汗をかいていたのに勇気のあることだ。
だからこそ、ギルドマスターという役職を務められるのだと思うけど、その辺りは素直に尊敬する。
「それを貴様に言う必要があるか?」
「いえ、少し興味があっただけです。不快に思われたのなら申し訳ありません」
誰もが気になるニクスさんの正体。
私としては、人外というのが一番あり得る選択肢だと思っている。
いくらなんでも、人間がドラゴンの言葉を理解するなんてできるはずがない。
赤ん坊の頃から接していれば簡単な意思疎通くらいはできるかもしれないが、完全に会話するなんて不可能なはずだ。
ニクスさんは明らかにルミエールと話している風だった。ならば、同じ魔物なのではないかと考えても不思議はないだろう。
魔物同士で会話が通じるのかは知らないけど、人間同士で会話が通じているのだから通じる可能性もある。
そうでなくても、何か不思議なテレパシー的なものがあるのかもしれない。
森の中で暮らしているのに傷一つないすべすべの肌をしているのも、人外だから可能なのではないかというのが私の考えだ。
まあ、見た目は完全に人間だし、そこが少し引っかかるけど。
知能のある魔物というのはいくつかいるが、大体は人間離れした姿をしている。
肌が緑色だったり、体の一部が触手だったり、人型に近いというのはいるかもしれないけど、完全な人の姿というのはいない。
ニクスさんの口から語られるのなら聞いてみたかったけど、どうやら話したくない様子だ。
あまり怒らせて機嫌を損ねてしまうのも、今後ルミエールと会うのに支障が出る。
それをメルセウスさんもわかっているのか、それ以上深く聞くことはなかった。
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