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第三十話:不思議な組み合わせ

 冒険者、フェルミリアの視点です。

「……ひとまず、その女は調査させるとして」


 思考の渦に陥っていた私を、メルセウスさんの言葉が引き戻す。

 確かにニクスさんのことも重要ではあるけれど、一番重要なのはやはりドラゴンのことだ。


「フェル、お前が嘘を言うとは思えんが、本当のことなのか?」


「はい、証拠もあります」


 私は胸にしまっていたドラゴンの鱗を見せる。

 一見硝子のような質感で脆いように見えるけど、その強度は折り紙付きだ。

 触れば僅かな弾力があるが、曲げようと思ってもびくともしない。

 元々疑ってはいなかったのか、メルセウスさんはすぐに言葉を信じたようだ。

 どちらかというと、嘘であって欲しかったと願っているような気もする。


「人を襲わないドラゴン。それが本当なら喜ばしいことではあるが……」


「何か問題があるんですか?」


「まず上が納得しないだろう」


 メルセウスさんはルクスの町のギルドマスターではあるけれど、討伐のすべての依頼を管理しているわけではない。

 ドラゴンのような重要度の高い依頼は、町長や領主にお伺いを立て、最終的のどうするのかを判断する。

 基本的にドラゴンの子供は即討伐対象にされる危険な存在なので、仮に私の言葉を進言したとしても、信じないで強行する可能性が高いのだという。


「納得させるには何度か調査隊を送り、本当に危険がないかを調べる必要がある」


 ドラゴンの討伐はそれこそ国を挙げて取り組むような難易度の高い依頼。もし戦わないで済む方法があるのならそれに越したことはない。

 何度か調査隊を送り、危険性がないと判断されれば、観察処分になる可能性もあるという。

 ただ、それには一つ問題がある。


「調査隊は厳選する必要があるだろう。下手に正義感がある奴を選んでドラゴンに手を出し、ドラゴンの機嫌を損ねるようなことがあれば目も当てられん」


 ドラゴンを絶対悪と思っている人間は多い。

 王都から来た冒険者であるセインさんはその筆頭とも言えるだろう。

 かといって、勇気のない者ではそもそもドラゴンの調査隊などに志願しない。

 もし情報が誤りで、ドラゴンが襲い掛かってくるようなことがあれば、逃げることは難しい。

 報酬を吊り上げれば志願する者は出てくるかもしれないが、わざわざ死ぬ可能性が高い調査隊に志願するのはごく少数だと思われる。

 一回や二回の調査では上も納得しないだろう。多くのサンプルを集め、本当にドラゴンが安全かを確認できない限りは、まだ子供で反撃も少ない今のうちに叩こうと思うのが普通だ。


「仮に調査隊のメンバーが集まったとしても、ドラゴンの下に辿り着けるかも怪しい」


 私がもたらした情報によって、ドラゴンの巣はおおよその見当がついている。ただし、そこに至るまでの道は相当険しく、無傷で進むのは不可能だろう。

 魔物が蔓延るヒノアの大森林の奥地に行こうというのだ、少なくともBランク以上の冒険者でなければ護衛にもならないだろう。


「でも、また会おうって約束したので、こっちに出てきてくれるかもしれませんよ?」


「そうだとして、どうやってそれを察知するんだ? 毎日森に足を運ぶわけにもいくまい」


 そういえば、また会おうとは言ったけど、どうやって連絡を取るかとかは考えてなかった。

 まさかルミエール自身が町まで迎えに来るわけにもいかないだろう。

 私を気遣っていたルミエールがわざわざ町の人々を怖がらせるとは思えない。

 となると、連絡役として候補に挙がるのは、やはりニクスさんになるだろうか。


「ニクスさんなら連絡してくれるかもしれません」


「例の女か。ヒノアの大森林に隠れ住むような奴が、なぜお前とドラゴンを引き合わせたのかが気になるが……」


 ニクスさんが町に住まないのはルミエールを隠すためだろう。

 なのに、わざわざばらすような真似をするのはおかしい。

 ニクスさんはルミエールが望んだからと言っていたけど、本当にそれだけなのだろうか?

 とはいえ、ニクスさんのルミエールに対する親愛の情は本物だ。少し話しただけではあるけど、言葉の端々から伝わる感情はルミエールのことを大切に思っているということが伺える。


「ドラゴンの力を見せつけ、ルクスを脅すつもりか?」


「それはないと思います」


「なぜだ?」


「ニクスさんはドラゴンを利用するとかそういうことは考えていないと思うんです」


 普通、ドラゴンなんて強力な力を手に入れたら、増長してもおかしくない。悪用すれば国を落とすことだって可能なのだから。

 ルミエールがまだ子供で、今はまだ力を蓄えているということも考えられるけど、子供でも脅迫材料としては十分なのだから、何かしら手を出してきてもおかしくはない。

 でも、今回ニクスさんが行ったのはドラゴンと私を引き合わせることだけ。

 別に何かを要求されたわけでも、脅されたわけでもない。

 本当にルミエールの好きにさせているという感じだった。

 だから、利用しているってことはないと思う。


「なるほどな。確かに、お前の言葉通りならドラゴンの好きにさせているというだけというのは間違っていないのかもしれない」


 まずは友好を図り、後から裏切るという可能性もあるが、そんなことはするだけ時間の無駄だろう。

 わざわざ意思疎通もままならない状態で友好を築くというのが難しいし、そんな苦労して友好を結んだとしても、私は一介の冒険者に過ぎない。

 ギルドマスターへの伝手があるとはいえ、私一人を篭絡したところで町に与える影響なんてたかが知れているだろう。


「だとするとなおさら狙いがわからんな……」


「本当に、ただドラゴンに請われたから接触しただけかもしれませんよ?」


「そうだといいんだがな……」


 そういえば、ニクスさんはどうやってルミエールと意思疎通をしているんだろう。

 あの口ぶりからすると、完全にルミエールの言うことをわかっているという感じがする。

 ドラゴンの言葉は単なる唸り声という見方が多いんだけど、実際には何かの言葉ってことなんだろうか。

 そうだとして、どうやってそれを理解しているのかがわからない。

 ルミエールが人の言葉を話せるということはないだろう。もしそうなら、私と話す時に使っているはずだしね。

 ニクスさんには色々と聞かなければならないことがあるようだ。


「とにかく、そのニクスという女に関しては調査してみる。もしかしたら、何か掴めるかもしれん」


「そうですね」


 私はニクスさんの容姿を伝える。

 そういえば、森で暮らしている割には傷一つない白い肌をしていたけど、これってもしかしてニクスさんが人間じゃない可能性もあったりする?


「緋色の髪をした女……いや、まさかな。森で暮らすというならエルフという可能性もあるが、特徴的にそれはない。とすると、ドリアードかアルラウネか……いや、どちらも当てはまらんな」


 森に住む種族や精霊や魔物なんかをピックアップしてみるがどれもパッとしない。

 姿は完全に人間で、特徴的なものは何もなかった。せいぜい、髪が燃えるような赤髪だったことくらいだろう。

 赤髪で人型を持つ魔物って言ったらサラマンダーとかしか浮かばないが、あれは炎のような特徴があるから違うと思う。


「とりあえず、再び接触してくることがあったら俺に報告しろ。それから、それとなく質問してみてくれ」


「わかりました」


 ドラゴンのことはひとまず町長に連絡し、そこから領主に相談。ニクスさんについてはギルドの方で調べることになった。調査隊に関しては、冒険者の中から募集をかけ、私が連れていくことになった。

 とりあえず、再びルミエールに会うことに注力しよう。そうすれば、ニクスさんと出会う可能性も上がるしね。

 それまでは、それとなく森を気にしながら依頼を受けて生活しているしかない。

 私はルミエールが討伐されないように祈りつつ、応接室を後にした。

 感想ありがとうございます。

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