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第二十九話:町へ帰還し

 冒険者、フェルミリアの視点です。

 ドラゴンが去った後、ややあって森の中からニクスさんが出てきた。

 昨日会った時と同じく、ボロのようなみすぼらしい服を身に纏っている。

 裸よりはましだけど、もっとましな服はないのだろうか?

 まるで浮浪者のような姿に思わず苦笑いが零れる。

 まあ、ドラゴンとあんな生活を送っているのなら、服なんて些細なことなのかもしれないけどね。


「行くぞ」


「はい」


 ニクスさんが先導し、その後に私が続く。

 結構寝てしまっていたのか、すでに日が空高くに上っている。

 そういえば、今日の朝にドラゴンのことを調査するって知り合いと約束していたっけ。

 流石に今から行っても遅刻確定だろう。連絡する手段もないし、帰ったら早めに謝りに行かないとね。


「ニクスさん、昨日は連れてきていただいてありがとうございました」


「礼はいらん。白竜のが望んだことだ」


 相変わらずニクスさんはそっけない。

 野生で育った人間って言うのは、こういう風になるんだろうか。

 山賊とかは山や森で暮らすというけれど、あれはまだ人間のことを信用してる感じだけどな。

 襲う相手はともかく、仲間意識は割と強いし。

 まあ、たまにあっけなく仲間を見捨てる山賊もいるけどね。


「……白竜のは楽しそうだったか?」


「え? はい、凄く喜んでいましたよ」


 頭を触った時、空を飛んだ時、また来ると約束した時、名前を付けた時。どれもドラゴンとは思えないほど嬉しそうに見えた。

 ドラゴン相手に失礼かもしれないけど、ペットの犬みたいな感じだ。

 私を怖がらせないように心配してくれていた節もあるし、この出会いはとてもいいものだったと思う。


「そうか、ならいい」


 前を向いたままそっけなく返すニクスさん。

 やっぱり、親としては子供の喜ぶことをしてあげたいってことなのかな?

 ニクスさんは人で、ルミエールはドラゴンだけど、その間にある親子の情は人間のものと大差ない気がする。


「とても大事に思っているんですね」


「当然だ。白竜のは我の子も同然だからな」


 毅然とした表情が少し崩れている。

 どんな姿でもやはり子は可愛いものなのだろう。

 ニクスさんがルミエールをあやす姿を想像して、大変そうだなぁと少し思う。

 生まれたばかりの時はそうでもなかっただろうけど、あれだけ大きくなってしまったら、少しはしゃいで爪を受ければそれだけで死んでしまいそうだ。

 もしかしたら、服がボロボロなのはそうやってじゃれ合っている間になってしまったのかもね。


 相変わらず足の速いニクスさんに遅れないようについていき、ようやく町まで辿り着く。

 町の入口まで辿り着くと、ニクスさんは足を止めた。


「ここまでくればいいだろう。帰るがいい」


「わざわざ送っていただいてありがとうございます」


 日が高かったこともあり、道中魔物に襲われることはなかったが、間に合わせ装備の私では、もし魔物と出くわしていれば危なかったかもしれない。

 早いうちにちゃんとした装備を新調しないといけないけど、依頼したのはまだできていないらしい。多分、後二、三日もすれば出来上がると思うんだけど。

 無事に送ってくれたことにお礼を言い、頭を下げる。

 ニクスさんは終始不機嫌そうな顔をしていたけど、少し鼻を鳴らしただけで特に何か言ってくることはなかった。

 無言で去っていくニクスさんを見送り、門番に挨拶して町の中へと入る。

 お腹すいたな。晩御飯も朝ごはんも食べ損ねちゃったから何か食べたい。

 でも、先にギルドに無事を報告した方がいいだろう。知り合いも待たせてしまっていることだし。

 そう思い、ギルドへと向かった。


「フェル!? おま、無事だったか!」


「だから言ったろ。そのうち帰ってくるって」


「でもよぉ、夜に町の外に出たって聞いたし、ドラゴン騒ぎがあったばっかりだから心配で……」


 ギルドに着くと、待ち合わせていた知り合いの冒険者に囲まれた。

 迂闊に森に入って捜索するわけにもいかず、どうしようか悩んでいたらしい。

 心配かけてしまったことを詫び、私は昨日の出来事を話すことにした。


「マジで森に行ってたのか? 夜に? 一人で?」


「それ絶対騙されてたって。よく無事だったな」


「それが騙されてたわけでもないんだよ」


 ニクスさんのことを話したら案の定胡乱な表情をしていたけど、結果的にドラゴンに会ったことを告げると表情が一変した。

 驚きに顔を歪める者、本当かどうか怪しむ者、冗談かと笑う者。

 いずれも最初は私の話を信じていなかったようだが、私が話を続けると、だんだんと真剣の表情になって聞き入っていった。


「ちゃんと証拠もあるよ。ほら」


 私はルミエールからもらったドラゴンの鱗を見せる。

 真珠のような輝きを放つ鱗は本体から離れた今でも輝きを失わず、神秘的な様相を見せている。

 冗談半分で聞いていた冒険者もこれにはさすがに驚いたようで、まじまじと鱗を観察していた。


「こ、これ本物か?」


「いや、確かに綺麗な鱗だが……」


 大切なものなので見せるだけにとどめたが、その神秘的な輝きを見れば、少なくともワイバーンのような下級竜のものではないことはわかるだろう。

 冒険者達の表情がころころ変わるのが面白い。

 いつの間にか知り合いの冒険者以外にも人が集まっており、ギルドの酒場の一角は私を中心に輪が出来上がっていた。


「一体なんの騒ぎだ?」


 騒ぎを聞きつけたのか、ギルドマスターのメルセウスさんが姿を現す。

 冒険者の一人が状況を伝えると、眉間に皺を寄せて私の方を見てきた。


「フェル、話がある。応接室まで来い」


「は、はい」


 ドラゴンの件は、一応討伐するという方向で動いている。

 実際にはドラゴンに敵意はなく、安全だということを伝えなければ、いずれ討伐隊が組まれてしまうだろう。

 その誤解を解くためにも、ギルドマスターに話を通しておく必要があるので、私はすぐ後についていった。


「ドラゴンに会ったという話だったが、一体何があったんだ?」


「はい、それはですね……」


 私はニクスさんに出会った場面から今日までのことを報告する。

 特に、ドラゴンは非常に好意的であり、町を襲うような危険性はないということを念押ししておく。

 私一人の意見でどうこうなるわけではないと思うけど、出来るならルミエールとは戦いたくない。


「ドラゴンを育てる謎の女か……そちらも興味深いが、ドラゴンの行動の方が驚きだな」


 よくよく考えると、ニクスさんの存在も謎だよね。

 あの時は卵の頃からドラゴンを育てたからドラゴンと仲がいいんだとも思ったけど、そもそもドラゴンの卵を見つられる確率なんてゼロに等しい。

 ドラゴンは巣で卵を産むから、巣に忍び込みでもしない限り卵は取れない。そして、巣に忍び込むのは相当なリスクが伴う。

 仮に卵を盗み出せたとしても、売るのが普通だろう。

 研究機関に持ち込めば、一生遊んで暮らせるほどの大金を貰えるに違いない。

 それに、ドラゴンを卵から孵して従属させるという研究は行われてきたけれど、その悉くが失敗している。というのも、大抵はどこからか卵のことが漏れ、親ドラゴンが回収にやってくるついでに壊滅させられている。

 割に合わないということでこの研究は放棄されている場所も多い。

 そんな持っていても危険しかない卵を育て、ましてや親子のように育てるなんてできるのだろうか?

 仮にできたとしても、あんな前人未到の場所で暮らすなんて普通じゃない。まだ、ドラゴンを別の魔物と偽って従魔として連れ歩く方がましだ。

 一体彼女は何者なんだろう?

 そんな疑問がいつまでも頭の中を駆け巡っていた。

 感想ありがとうございます。

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