第二百五十一話:修行の場
ニーシャさんの案内の下、旅を続けること数週間。ようやく、目的の山へとやってきた。
この辺りは山岳地帯らしく、起伏の激しい地形が見て取れる。
山も岩肌に覆われており、以前に行ったことのある山とは、また違った印象を受けた。
『ここが、修行の場って言う山?』
「そうだよ。ほら、あそこに滝が見えるでしょう?」
ニーシャさんが指さす先には、大きな滝が見える。
かなりの水量があるらしく、まだ結構離れているはずなのに、ごうごうと音が聞こえるようだ。
あんなの、普通の人が打たれたらばらばらになりそうだけど、この世界の人達は頑丈なんだろうか。
確かに、冒険者とかを見ていると、俺が知る前世の人間よりは頑丈そうだって感じるけども。
『誰もいないみたいだね』
滝に至るまでには、かすかに整備された山道が見える。
しかし、辺りには魔物が多く闊歩しており、とてもじゃないけど、人が入れそうな雰囲気ではない。
放棄された場所というのは間違いないようだ。
一体、なぜ放棄されてしまったのだろう?
『ニーシャさんは知ってる?』
「ううん、私も、一度来たことがあるだけだから、詳しいことは知らない。そう言うことは、ニクスさんの方が詳しいんじゃない?」
『悪いが、我も知らん。知り合いに会いに、何度か来たことはあるが、例の事件があった後、その幻獣も離れたから、それ以来は来ることもなかった』
『そっかぁ』
例の事件というと、アーリヤによって引き起こされた戦争のことかな。
あれは、世界中を巻き込んだ戦争のようだから、恐らくここも巻き込まれたってことなんだろう。
あるいは、巻き込まれずとも、人間に対しての信用を失った幻獣が、この場を離れたことで、守り手がいなくなり、魔物が多くなって入れなくなった、とかかもしれない。
実際、魔物がたくさんいるようだし、放棄されてからそれなりに経っているだろうしね。
『まあ、そんなことはどうでもいい。ちょうど、あの広場が開いているな。あそこで模擬戦をするぞ』
『ほ、ほんとにやるの?』
『当たり前だろう。何のためにここに来たと思ってる』
『俺はただの観光目的なんだけど……』
道中で忘れてくれないかなとか淡い期待を抱いていたけど、そんなことは全然なかったらしい。
確かに、魔物がいるとはいえ、そんなに強い魔物ではなさそうだし、さっき言った広場にはそもそも魔物が少ない。
模擬戦にはもってこいの場所だろう。
でも、ニクスとの模擬戦は普通に怖い。
手加減なんかしてくれないし、いくら俺の鱗が優秀とは言っても、普通に貫通してくるくらいには強力だ。
もちろん、模擬戦だから、実際には多少加減はしてくれているのかもしれないけど、好んでやりたいとは思わない。
『白竜の、貴様は最近たるみ過ぎだ。一応、魔法の修行はしているようだが、碌に苦労もしないで飯を食い、どうでもいいことに首を突っ込んでは時間を浪費している。そこまで余裕ができるのなら、それ相応に強くなっていなくては困るのだ』
『いや、まあ、うん……』
たるんでいると言われたら、まあ、そうかもしれないとは思うくらいには最近は何もしていなかった。
旅の道中では、野営が基本だし、食料も現地で狩ってくることも多いから、そこまでなまっていないとは思うけど、町などに滞在すると、どうしてもその辺は疎かになる。
フェルのように、ニクスの修行の一環で定期的に外に出ているならともかく、先日までいた港町では、初めての海の旅ということで、だいぶ甘やかしてもらったからね。
苦労したことと言えば、多少徹夜したくらいだし、それも、そこまで気にならないくらいの負担だった。
それを見れば、ニクスもこれはいかんと思ってもおかしくはない。
野生を失ったら、自然の中で生きていくことはできないのだから。
『小娘、白竜のの模擬戦が終わったら、次は貴様の番だ。準備しておけよ』
『は、はい!』
断れる雰囲気でもないので、いい加減覚悟を決めるとしよう。
滝の側に広がる広場。
恐らく、ここで修業をしていたのだろう。ところどころに、的と思われる構造物の残骸が転がっている。
模擬戦という場でなければ、ちょっとワクワクしていたかもしれないけど、今となっては、かつてここにいた人達と同じように、修行させられるという感情が先に立つ。
でも、今の俺の実力が、どの程度なのかを知るのは悪くないとは思う。
せめて、一撃でも当てられたらいいんだけど。
『ルールは今までと一緒だ。我に一撃でも食らわせられたら、その時点で模擬戦は終了とする。それまでは、倒れるまでやるからな』
『う、うん、わかってるよ……』
『小娘、貴様は見届け役をしていろ。貴様にも、白竜のの戦いを見て、学ぶこともあるだろう』
『わかりました!』
ある程度の距離を取り、ニクスと相対する。
ドラゴンとフェニックス。勝手なイメージなら、ドラゴンは最強のイメージがあるし、勝てるんじゃないかと思えるけど、実際は、まさに赤子の手をひねるように、ニクスの圧勝で終わることが多い。
たった一撃食らわせるだけだけど、それがものすごく遠いのだ。
さて、今回はどこまで行けるか……。
『先手は譲ってやる。来い』
『ふぅ……じゃあ、行くよ』
まず手始めに、風の刃を出現させる。
風魔法は、その性質上、目には見えにくい。
意図的に、エフェクトをつけて見えるようにすることはできるけど、攻撃する相手に悟られないようにするには、そんなものは必要ないだろう。
相手にとっては、どこから来るかもわかりにくく、目に見えない攻撃。
これを避けるには、相当な経験が必要となるだろう。
大抵の魔物なら、これだけでも致命傷を与えられるが……。
『なんだ、その生ぬるい攻撃は』
ニクスは、翼を一払いするだけで、周りの風の刃をすべて消し去って見せた。
避けるとかじゃなく、単純な力技での粉砕。
いくら見えない攻撃でも、周り全部を攻撃されてしまっては意味がない。
わかっていたことだけど、ニクスに小手先の技は通用しないんだなぁ……。
『また小手先の技に頼ろうとしているな。初めから、全力で来いと言っているだろう』
『それでも、確認する意味はあるでしょう?』
まあ、効くとは思っていないけど、これはあくまで模擬戦。自分の今の実力を試す場だ。
元々、俺は力押しではなく、コントロールを重視して戦う方だ。
最初の頃は、制御の仕方がわからず、全力でぶつけるだけだったけど、制御の仕方を学んだ今では、ある程度自在に使うことができる。
まあ、治癒魔法はもはや加減する必要もないと思って制御してないけど、攻撃は制御して損はないはずだ。
『なら、確認は十分だろう。もう一度だけチャンスをやる。全力で攻撃してこい』
『じゃあ……』
まだ猶予があるらしいので、飛びあがり、魔法を構築する。
イメージするのは雷の槍。天から降り注ぐ、神速の槍だ。
ニクスは未だに地上に留まっている。空中での機動性は相当なものだが、地上ならそこまででもない。
雷魔法は、その速度が最大の売りである。全力で攻撃すれば、あるいは。
『ようやくましな攻撃をしてきたな。だが……』
雷の槍が降り注ぐまで、せいぜい二秒。構築の隙さえ見逃されれば、相当に速い部類だ。
しかし、ニクスは翼を広げ、周囲に炎の柱を出現させることで、それを迎撃した。
威力的にも、当たればニクスの防御を貫通できるとは思うんだけど、やはり、そう簡単には通らないようだ。
『ふむ、威力自体はそれなりか。だが、構築が遅い。以前の貴様なら、もっと早くできたはずだ』
『そ、そうかな? だいぶ早いと思うんだけど……』
『迎撃の隙を与えている時点で遅い。攻撃というのは、いかに隙をなくすかが重要だ』
このように、とニクスが言った瞬間、背後で爆発が起こった。
あまりの出来事に、思わず前によろける。
い、今のニクスがやったの? 流石に早い……。
『貴様も、この程度はできるはずだ。力でねじ伏せるのが理想だが、あくまで小手先の技にこだわるというのなら、魔法の強みを生かせ』
『魔法の強み……』
そう言われて、魔法の強みとは何だろうと考える。
俺に足りないものは、何だろうか?




