第二百四十九話:目的を達して
空はいつの間にか晴れていた。
あれだけ雨が降っていたのに、この短時間でここまで変わるものなんだろうか?
もしかしたら、レヴィアさんが何かしたのかもしれない。ある程度天候を操れるって言ってたし。
『目的は達した。さて、次はどこに行くか』
『決めてないの?』
『ただ確証を得たかっただけだからな。特に決まらなければ、また小娘の修行に費やそうと考えていたが』
珍しく、ニクスが迷っている。
どうやら、ニクスは、ユグドラシルのあたりから、俺の正体について思案していたらしい。
わざわざアーリヤの像がある村に行ったのも、今回レヴィアさんに会いに来たのも、それを確かめるためだったのだという。
正直、そこまで気にすることのことかと思わなくもないけど、一応、過去に大きな戦争を起こした存在でもあるわけだし、警戒して損はないか。
でも、現状わかっていることだけでは、対処のしようがない。
仮に黒幕がいるのだとしても、そいつは全然姿を現してこないし、俺がやれるべきことはない。
だったら、やりたいことをやればいいんじゃないかな。
『ひとまず、あの港町まで戻りたい』
『なんだ、何かやりたいことでもあるのか?』
『託されたものがあるからね』
先程の塔で出会った船長から、貝殻のネックレスを託された。
元々、故郷の大陸から離れるのは早いと思っていたし、戻ればニーシャさんともまた会える。
どうせ行き先が決まっていないのなら、まずは目先の目標を片付けるのでもいいだろう。
『まあ、いいだろう。いずれにしても、ここから隣の大陸まで行くとなれば時間がかかる。海路を通るより、陸路を通った方が安全だし、隣の大陸に行くのはその時でいいか』
『ありがと、ニクス』
さて、そうと決まれば引き返そう。
方角を確認し、港町がある方角に向けて飛び立つ。
多少の時間とはいえ、休むこともできたから、行きの疲れはそこまでない。
帰り道なら、いくつか島も見つけているし、休むこともできるだろう。
せっかくなら、何か面白いものでも見つかればいいんだけど。
『まあ、そううまくはいかないよね』
そんな淡い希望を持っていたが、特に何事もなく港町まで辿り着いてしまった。
まあ、海にあるものなんて、島と、時折見かける船くらいなものだしね。
海が荒れていたら、もしかしたら何かあったかもしれないけど、帰りはほぼ晴天続きだったこともあって、特に問題が起こるでもなく、普通に辿り着けてしまった。
でも、初めての海の旅も体験できたし、これはこれでいい経験になったんじゃないかな。
『ちょうど、船が来たところなのかな?』
少し遠目に、船から荷物を降ろしているのが見える。
もしかしたら、珍しいものが上がっているかもしれないし、少し市場を覗いてみるのもいいかもしれない。
俺達は、町から少し離れた場所に降り立ち、人化して町へと入る。
宿は引き払ってしまったけど、また何日か滞在してもいいかもしれないね。
「用が終わったらさっさと出発するぞ」
「すこし、ゆっくり、だめ?」
「たまにはそれもいい、と思ったが、どう考えても貴様らは怠けすぎだ。初めての海の旅ということで許していたが、それも必要ないとわかった今、いつまでも町に滞在する理由がない」
「えー」
ニクスとしては、さっさと町を出たいらしい。
この町の人々は、他の町よりはまだましと思っているようなんだけど、それでも人間嫌いは治らないようだ。
俺としては、珍しいものも売ってるし、普段あまり食べられない魚も食べられるしで、結構いい場所だと思っているんだけど、ニクスはあくまで住むべきは自然の中だと考えているようだ。
まあ、それが当然なんだけどね。幻獣だし。
「ふむ、そうだな。一度実力を見ておくのもいいかもしれんな」
「え?」
「小娘の修行と合わせてちょうどいい。覚悟しておけよ」
「え、ええ……」
なんか、模擬戦することが決まってしまった。
ニクスとの模擬戦は、普通に怖いんだよなぁ……。
以前やった時は、手も足も出ずに負けたし、正直、実力をつけた今だって、勝てる気はしない。
せめて手加減してくれたらいいけど、そんなことしてくれるとは思えないし、ちょっと大変そうである。
あんまり嬉しくない予定を立てられてげんなりするけど、今はアレム君のことである。
俺は早速、アレム君の家に向かうことにした。
「こんにちは」
「あら、あなたはクレアを治してくださった……その節はありがとうございます」
家に行くと、母親が出迎えてくれた。
どうやら、アレム君とクレアちゃんは出かけているらしい。
また海岸に行ったんだろうか?
「ごめんなさい、アレムもクレアも、少し遊びに出かけていて」
「ううん、いい。それより、これ」
アレム君に渡した方がいいかもとも思うけど、母親に渡した方が都合がいいだろう。
俺が貝殻のネックレスを取り出すと、母親は目を見開いて驚いていた。
「そ、そのネックレスは……!」
「せんちょう、あずかった、かえす」
俺がネックレスを渡すと、母親は恐る恐ると言った体で受け取った。
だいぶ簡素で、ただ紐に貝殻を通しただけのものだけど、だからこそ、それが本物だとわかったんだろう。
ここにきて、まさか返ってくるとは思わず、それで驚いていたのかもしれない。
「これを、どこで?」
「せんちょう、あずかった」
「船長から? もしかして、会ったのですか!?」
「おちついて」
声を荒げる母親を宥めつつ、俺はレヴィアさんのいた塔でのことを話す。
海の藻屑となっていたと思われていた人々が、生きている場所がある。
そして、その中には自分の夫もいる。
そのことに、母親はかなり動揺していたようだ。
まあ、死んだと思っていた人が生きていたとなれば、当たり前の反応ではあるかもしれないけどね。
「せんちょう、かえれない、でも、しんぱい、してた」
「それで、このネックレスを託したというわけですか……」
母親は、しばしネックレスを抱きしめながら、静かに俯いていた。
それは安堵故か、それとももう会えないことへの悲しみ故か、いずれにしても、今はそっとしておくべきだろう。
「せんちょう、おろかもの、ちがう。それは、わすれないで」
少なくとも、この町の人々が言うように、海に敬意を払わなかった愚か者、というわけではないのはわかっただろう。
本当なら、町の人達にも周知し、広めたいところではあるけど、証拠となるのはネックレスのみ、それも、簡単に手作りできそうな、簡素なものである。
これを証拠と言い張るには無理があるし、下手をすれば、余計に風評被害が加速するかもしれない。
だから、俺にできるのはこのくらいだ。
せめて、船長が生きているということを希望にしてくれたら嬉しいね。
そんなことを考えながら、家を後にした。




