第二百四十五話:海中に聳える塔
それからしばらくして、とうとう雨が降り始めた。
あわよくば、降る前に見つけたかったけど、流石に難しかったようである。
空は暗く、海は黒く荒れている。
明かりがどんなものかはわからないけど、こうも暗いと見つけるのが大変そうだ。
それとも、暗いからこそ、見つけやすいとかあるのかな?
灯台の役割と同じだと考えるなら、そう言う時にこそ見えてもらわないと困るわけだし、見える可能性は全然あるけど。
『はぁ……雨の中飛ぶなど本当はしたくないのだがな。場所が悪すぎる』
『でも、ニクスの体なら雨を弾けるでしょ?』
『体に触れないからと言って、不快なものが目の前にあったら気分が悪くなるだろう。それと同じだ』
『まあ、確かに』
いくら自分に害がなくても、見るだけで不快って言うものはあるしね。
まあ、ニクスの場合、水が苦手とは言うけれど、正確には水に触れるのが苦手なのであって、水自体が嫌いなわけではないと思うけどね。
ニクスの体は、常に暖かいし、雨に触れても、すぐに蒸発して乾いてしまう。
だから、雨の影響はそこまでないとも言えるけど、その蒸発する瞬間が嫌なんだろうね。
俺に関しては、そこまで敏感ではない。
昔は、寝床に苦労したこともあって、雨はあんまり好きじゃなかったけど、今は雨特有の匂いとかも好きだし、眺める分にはいいと思う。
まあ、濡れたくないのはニクスと一緒だけどね。
『ルミエール、寒くない?』
『え? うん、大丈夫だけど』
『冷えるようなら、私の背中に乗ってもいいからね』
フェルも雨はそんなに好きではないみたいだけど、それよりは心配が勝っているらしい。
俺としては、フェルの方が心配ではあるけど。
一応、火属性を持っているから、乾きやすい部類ではあると思うけど、ニクスほどではないみたいだし、ちょっと大変そう。
落ち着いたら、焚火でもして温まりたいね。
『この様子だと、さらに荒れそうだな』
『これもレヴィアさんが関係してるの?』
『いや、確かにレヴィアはある程度天候を操れるが、いたずらに変えるようなことはしない。するとしたら、この近くに不届き者がいるかってところだが、知覚できる範囲にはいないしな』
『なるほど』
レヴィアさんは、海に敬意を払わない者には、罰を与えてきた。
まあ、町でそう言われているだけで、実際にレヴィアさんがやったのかはわからないけど、ニクスが言うには、多少やっている部分もあるらしい。
つまり、この天候がレヴィアさんがやったものだとするのなら、そうせざるを得ないような人物がいたということになる。
と言っても、今はニクスが感知できないということもあるし、本当に偶然なんだろうけどね。
二日間は普通に晴れていたということを考えると、運がいいのか悪いのか。
あんまり酷くなる前に、辿り着きたいところだね。
『明かりって、あれのことですか?』
『うん?』
次第に荒れていく空を気にしながら捜索していると、フェルがある一点を指さした。
そこには、海の底から届く、淡い光が見えた。
確かに、こんな海のただ中にあるにしては、まばゆい光である。
あれが、今回の目的地なんだろうか?
『間違いない。あれがレヴィアの住む居城、その入り口だ』
『フェル、ナイス!』
『えへへ……』
本格的に荒れる前に見つけられてよかった。
光を頼りに、近づいてみると、海の底に、なにやら塔のようなものが聳えているのが見えた。
あれが、入り口なのだろうか? とはいっても、それらしいものは見当たらないのだけど。
俺はちらりとニクスの方を見る。ニクスは、即座に火の球を作り出し、海上に向かって叩きつけた。
すると、ゴゴゴ、と地鳴りが起こり、塔を中心に水が引いていった。
『す、すごい……』
『入り口はすぐに閉じる。すぐに入るぞ』
『あ、待ってよ』
ニクスは、塔の根元に向かって降りていく。
慌てて続くと、次第に海上に開いた穴が埋まっていった。
え、これ大丈夫? 溺れたりしない?
そんな心配をしていたが、どうやら、塔の付近は、きちんと空気があるらしい。
一体どんな技術なんだろう。
『おい、レヴィア。来たぞ』
『やれやれ、相変わらず荒っぽい。もう少し静かに入ってくるということはできないのかい?』
塔の中に入ると、そこには広い空間があった。
白い建材を使われた内装は、どことなく、神殿のような雰囲気を感じさせるけど、いったいどうやって作ったのだろうか。
そんな空間の奥には、一体のドラゴンがいる。
蛇のように細長い体ではあるが、その背に広がる翼と、しなやかな尻尾は、まさしくドラゴンのもの。
この気配、やはり強者の匂いがする。
イグニスさんほどの威圧感は感じないけど、それでも自然と背筋が伸びる思いだった。
『さて、初めての顔もいるようだから、一応自己紹介しておこう。僕はレヴィア。古くからの幻獣の役目を守り続けている、変わり者のドラゴンさ』
『は、初めまして! あ、あの、俺は……』
『そう緊張しなくてもいい。ドラゴンの子に会えるなんて、これほど嬉しいことはない。僕のことは、そうだな……近所のお兄さんとでも思ってくれたらいいさ』
『お、お兄さん……』
お兄さんって年なんだろうか? いや、ドラゴンの年齢感を当てはめるなら、そんな感じなんだろうか。
でも、最初に感じていた威圧感が少し和らいだ気もするし、多分気を使ってくれているのだろう。
俺もいい加減、ビビるのは卒業したいし、お兄さんと見ていいのなら、甘えさせてもらおうかな。
『何がお兄さんだ。もうとっくに老竜と言って差し支えない年だろうに』
『気持ちはいつでもお兄さんさ。特に、子供の前では見栄を張りたいだろう?』
『理解できん』
『ふふ、そう言っておきながら、君もその子達の前では見栄を張りたいと思っていそうだけどね』
『余計なことを言うと口を縫い合わすぞ』
随分と親しげな様子である。
ニクスって、基本的には一人でいることが多いみたいだけど、知り合いの数はとんでもないんだよね。
イグニスさんも、ルーナさんも、カロンさんも、みんなニクスのことは慕っていた。
そう考えると、ニクスって意外と社交性が高いのかもしれない。
素直じゃないのが玉に瑕だけど。
『おお怖い怖い。それより、わざわざ会いに来たってことは、この子達を紹介しに来たんだろう? この愛らしい子達を紹介してくれないかい?』
『はぁ、まあいいだろう。貴様ら、自己紹介くらいはできるな?』
『う、うん。えっと、初めまして、ルミエールと言います』
『私はフェルミリアです。ルミエールとは、番の関係です』
『ほう、番なのか。見たところ、フェルミリアは元は人間かな? 今どき幻獣の試練をしてまで結ばれる者がいると思うと、感慨深いものがあるね』
『ちなみに言うが、ルミエールはそこの小娘が勝手に名付けたものだ。正式な名は、後で我が名付ける予定だ』
『へぇ、リトがわざわざ名付けをね。愛されてるじゃないか』
『自慢の親です』
相変わらず、ルミエールの名前を認めてくれないのはあれだけど、ニクスもまんざらではなさそうである。
さて、自己紹介も済んだし、わざわざここに来た目的を果たすとしよう。
レヴィアさんと会わせたいとのことだったけど、一体何をさせるつもりなんだろうか?




