第二百四十四話:海へ飛び立つ
翌日。宿をチェックアウトし、海へと出る準備をする。
目的地は、海を越えた先にあるらしいけど、一体どんな場所なんだろうか。
今まで、この大陸から出たことがなかったし、別の大陸に行けるというならちょっと楽しみである。
『準備はいいな? もし、途中で体に異変を感じたらすぐに言え。墜落されたらかなわん』
『わかってるよ』
町から離れた場所で元の姿に戻り、最終確認をした。
徹夜すること自体は簡単だと思うけど、今回の場合、もしそれができなくなったら、休む場所もないし、かなり危険である。
もちろん、途中で人化して、他の誰かに乗せてもらうという手も残っているし、大丈夫だとは思うけど、水が苦手なニクスからしたら、墜落されたら助けるのも難しいだろうしね。
せいぜい、疲れが出ないように注意するとしよう。
「それじゃあ、私はここまでね」
『ニーシャさんは、一緒に来ないの?』
「流石に、大陸を超えるほどとなるとね。故郷を離れすぎるのは、少し不安なの」
そう言って、ニーシャさんは申し訳なさそうに頭を下げた。
まあ、精霊は、故郷である生まれた場所からほとんど動かないのが普通だし、上級精霊であっても、大陸を超えるほどに離れるのは稀だというしね。
今まで、ニーシャさんの索敵能力には何回か助けられてきたけど、海を越えるとなると、流石についてくるのは難しいようだ。
寂しいけど、これは仕方のないことだと思う。
一応、専属にはなっているのだし、また戻ってくることがあれば、会うことはできるはずだ。
一生の別れというわけでもないのだし、そこまで気にしなくてもいいのかもしれない。
『そっか。それじゃあ、お別れだね』
「ええ。また、この大陸に戻ってくるようなことがあったらいつでも呼んでね。すぐに飛んでいくから」
『うん、ありがとう』
思わぬ別れもあったが、これで準備も整った。
ニクスは、ちらりとニーシャさんの方を見た後、翼を広げて飛び立つ。
俺とフェルも、その後に続いて空へと飛びだした。
『また会える、よね』
『当たり前だろう。精霊は魔力が枯渇でもしない限りは死ぬことはない。少なくとも、これが一生の別れということにはならないだろう』
『それならいいんだけど』
見送ってくれるニーシャさんのことをちらちらと見ていたら、そんなことを言われた。
まあ、世界は広いとは言っても、いつまでも戻らないということはないだろうとは思ってる。
なんだかんだ、この大陸は故郷とも呼べる場所だし、たとえ世界中を回るとしても、いつかは戻ってこれる。
その時に、俺がニーシャさんのことを忘れていなければ、いつでも会えるだろうね。
というか、今まで会ってきた人達は、大抵が幻獣であり、とてつもなく長い寿命を持っている。
戦いなどで命を落とすでもない限り、寿命によって別れてしまうということがほとんどないと考えると、かなり安心感があるよね。
俺はまだ、そんなに長生きできるのかと疑問に思うこともあるけれど、ドラゴンの寿命は相当長いらしいし、多分大丈夫だと思う。
『それより、ここからは気を引き締めろ。今のような天候なら問題はないかもしれんが、荒れる可能性もあるからな』
『そうだね。気をつけないと』
海の天候はどうなるかわからない。
あの時漁師の男にも言われたように、唐突に大雨になったりする可能性もあるのだし、そうなったらかなり大変だ。
そうならないといいなと願いつつ、ニクスの後を追う。
さて、どうなることやら。
それから飛ぶこと二日ほど。
ここまでは、何事もなく飛び続けることができていたが、しばらくして空模様が不安定になって来た。
どんよりとした雲に覆われ、今にも降り出しそうである。
目的地に着くまで、何事もないのが一番だったけど、この様子だと、ちょっと覚悟しなければならなそうだ。
『ニクス、目的地まではあとどのくらい?』
『恐らく、あと半日ほどだろう。降る前に辿り着ければいいが……難しそうだな』
『島の一つでもあれば休めるんだけどね』
ここまで、島はいくつか見つけることはできた。
しかし、天候も安定していたし、休む必要もなかったので、スルーしてきたのだ。
しかし、今になって、必要になったというのに、めっきり見えなくなってしまったのである。
これが物欲センサーという奴だろうか。欲しい時に見つからないというのはもやもやする。
まあ、多少降られる程度なら問題なく飛べるとは思うけどね。
最悪、風魔法で防壁のようなものを作って、影響を少なくする手もある。
まだ、何とかなるはずだ。
『それにしても、あと半日の割には全然景色変わらないけど?』
気を紛らわせるために、俺は思っていたことを口にした。
海を越えた先ということは、隣の大陸ということになると思うんだけど、その割には、全然陸地が見えてこない。
それどころか、船すら見かけないし、本当にそんなに近いのかと疑いたくなってくる。
もちろん、半日とはいえ、俺達の飛ぶスピードはそれなりに早いし、馬車とかに比べたらもっと差がついているのかもしれないけどね。
『それはそうだろう。目指しているのは、大洋のただ中だからな』
『……え?』
大洋のただ中って、大陸じゃないの?
てっきり、隣の大陸に住処があるものだと思っていたけど、そもそも陸地ですらなかったのか。
ちょっと勘違いしていたな。
『貴様も、レヴィアの像は見ただろう。あんなものが、どこかの町に居座っていると思うのか?』
『まあ、それは確かに』
幻獣は、人と交流するために、人化の術を編み出し、人の姿に寄せてきていたわけだけど、レヴィアさんの像は、ドラゴンの姿だった。
それはつまり、人からもその姿で認知されていたということであり、人化の術はあまり使っていないということでもある。
それに、ドラゴンは超危険な魔物として有名みたいだし、そんなものがどこかの町に居座っているというのはおかしな話か。
もちろん、町ではなく、人気のない場所にいるという可能性もあるけど、レヴィアさんは、水を司るドラゴン。ホームグラウンドは海であり、それ故に、大陸に住むこともないのだとか。
『でも、それだと見つけられるの?』
『目印はある。おおよその距離さえはっきりしていれば、見つけるのはそう難しくはない』
海のど真ん中にあるなんて、見つけられないと思ったけど、それはちゃんと目印があるらしい。
それならいいんだけど、もし見つけられなかったら、余計に飛ぶことになるということでもある。
最悪、このまま引き返すとなれば、さらに三日徹夜することになるだろうし、ちょっと大変だな。
ニクスには、ぜひとも見つけてもらいたいところである。
『ただ、雨が降るとなると少し心配だな。目印が見えにくくなる』
『どんな目印なの?』
『明かりだ。海上からでもひときわ明るく見える、明かりがある』
『灯台みたいなもの?』
『そんなものだ。貴様でも、よく目を凝らせば見えることだろう』
灯台ほど明るいのなら、確かに俺でも見つけられるかもしれない。
流石に、雨が降ったら見極めるのは難しくなりそうだけど、見逃したらそれこそまた何日か徹夜する羽目になりそうだし、ちゃんと目を凝らしておかないと。
俺は、海上に視線を落としつつ、明かりを見逃すまいと目を細めた。




