第二百四十三話:信仰の賜物、あるいは
島で数日過ごし、脱出の算段を考えた。
船長の見立てでは、その島は町からはそう離れているわけではないはずで、運がよければ、船が通りかかるはずだから、それに拾ってもらおうと考えていた。
しかし、そこまで離れていないのなら、筏でも作って脱出した方が早いと、男は思っていたようだ。
危険な賭けではあるが、待っていても、船が通りかかるとは限らない。だったら、自力で脱出する手段を取った方がいいと考えたのだ。
船長は、反対しつつも、最後には頷いてくれた。
二人で筏を作り上げ、ある限りの食料を持って、海に出た。
しかし、しばらくして、海は再び大荒れとなった。
きちんとした船ですら転覆するほどなのに、ただの筏が耐えられるはずもない。
あっという間に海に投げ出され、再び死の淵をさまようことになった。
やはり、船長の言うとおりだったと、薄れていく意識の中で思ったが、時すでに遅し。
そのまま意識を失い、次に目覚めた時には、この海岸にいた。
どうやら、運よく海流に捕まり、ここまで流されてきたらしい。
無事に帰ってこれたということを喜んだが、その隣には、船長の姿はなかった。
辿り着いたのは自分だけ。自分が無茶な判断をしたせいで、船長は命を落とすことになった。
町の人々は、助かったのはレヴィア様のおかげだと、男の信仰心を褒め称え、逆に助からなかった船長に対しては、信仰心の足らなかった愚か者と揶揄するようになった。
男は必死にそれは違うと否定したが、レヴィア信仰が強いこの町では、助からなかったということはそう言うことである。
そんな街の人々の反応を悔しく思いつつ、探しに行くこともできないので、今は釣り人として、静かに余生を送っているのだとか。
「あの時、俺がもっと賢かったら、船長も助かったかもしれないのにな。本当に、あの頃の俺はバカだったよ」
自嘲気味に話す男は、そう言って鼻で笑った。
随分と壮絶な過去を持っているようである。
しかし、その助からなかった船長の話、ちょっと気になるな。
確か、アレム君のお父さんは、漁に出て行ったっきり帰ってこず、それは海に敬意を払わなかった報いだということだった気がする。
さっきの話に出てきた船長が、信仰心があったかどうかはわからないけど、町の人達からすれば、その船長は信仰心のない愚か者だったという話だし、似た部分はあるよね。
もしかして、同一人物なんだろうか? もしそうだとしたら、この男がアレム君達に近づいてきた理由も頷けるかもしれない。
ちょっと、突っ込んで聞いてみるか。
「おじさん、このまえ、かい、わたした?」
「貝? ああ、お前もしかしてクレアの友達か? それなら確かに、渡したよ」
「くれあ、しりあい?」
「一応な。さっき言ってた、船長がいるだろう? あいつの子供なんだよ。ずっと会わないでいたんだが、偶然ここで会って、いてもたってもいられなくなってな。何かできることはないかと考えて、そう言えば貝を持っていたなと思って、渡したってわけだ」
やはり、その船長とアレム君のお父さんは同一人物で間違いないらしい。
しかし、そうなると、悪意を持って渡したというわけではないのか?
この人にとって、船長は命の恩人なわけだし、何かできることはないかと思って渡したということは、善意から渡したはず。
まさか、命の恩人の家族に対して、恩を仇で返す様な真似はしないだろうしね。
なら、あの貝によって熱を出したのは、予想外だったってことか。
「かい、なま、きけん」
「そうか? 漁師の間では、生で食うのは通だって船長から聞いたんだがな。ああでも、こうも言ってたな。食った後、腹が痛くなったなら、その日は運が悪いから漁はやめといたほうがいいって」
「……」
漁師の間で通だって言うのは間違いではなさそうだけど、博打みたいなもんだったってことか。
クレアちゃんは、運悪く中ってしまったってことなんだろう。
この人に悪意はなかったのかもしれないけど、知識がないと、こういうことも起こりえるんだね。
「クレアの友達なら、あの貝の感想を言ってなかったか? 結構でかかったはずだが」
「しょくあたり」
「え、ああ、もしかして中っちまったのか。そいつは悪いことをしたな……」
「もう、なおった、だいじょぶ」
「そうか? そりゃよかった」
とりあえず、悪意を持って渡したということじゃなくてよかった。
クレアちゃんは可哀そうだったけど、大事に至ったわけではないし、この人に責任を取らせるのも違うと思う。
もちろん、今後はこのようなことがないように注意はすべきだけどね。
もし、船長に対して思うところがあるのなら、ぜひ力になってあげて欲しい。
ただでさえ、町の人達からは嫌われているのだから、せめて一人くらいは味方がいてもいいはずだ。
「きをつけて」
「おう、後で詫びに行っておくとするよ」
さて、疑問も晴れたことだし、宿に戻るとしようか。
俺は男に別れを告げ、宿へと戻る。
すっかり日も落ちてきてしまった。早めに寝ろと言われたのに、これではあまり意味がない。
まあ、別にそこまで疲れてはいないけどね。
「戻ったか。疑問は解消したか?」
「うん、ばっちり」
「そうか。なら、明日にはもう出れるな?」
「あした? はやい」
「疲れが残っているのなら少し伸ばしてもいいが、その様子なら、元気が有り余っているのだろう? なら、問題はないと思ったまでだ」
本来は、これまでの旅の疲れを癒すのが目的だったけど、町に来てから、休むどころか色々観光して全然休んでなかったからね。
ニクスとしては、きちんと旅の準備を整えたかったと思うのだけど、こうもじっとしていないのなら、さっさと出発した方がいいと考えたのだろう。
まあ、実際そんなに疲れてはいないけどね。徹夜した時も、あんまり感じなかったし。
およそ三日の徹夜がどのように響くかはわからないけど、最悪ニクスが何とかしてくれると思うし、問題はないと思う。
それに何より、このまま町に残っていたら、俺はまた新たな問題に首を突っ込む自信がある。
ニクスもそれをわかっているからこそ、明日と急な提案をしたのかもしれないね。
「キッチンを借りる許可は得ておいた。小娘は料理の作り置きをしておけ」
「わかりました」
「白竜の、貴様は今日はもう外に出るな。いいな?」
「はぁい」
すっごい問題児扱いされている気がするけど、実際そうしないと何か問題が起きそうだから反論できない。
キッチンへと行くフェルを見送りながら、今日のことを思い出す。
こうして発展している町でも、いろんな人がいるものだ。
個人的には、例の船長がどんな人物だったのか見てみたかった気もするけど、流石にもう生きてはいないだろう。
生きているとしたら、再びその島に辿り着いたってところだろうか?
その島が見つかるかどうかは知らないけど、もし生きていて、偶然会えたら、あの時の話をしてあげよう。
そんなことを想いつつ、今日のところは眠りにつくのだった。
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