第二百四十二話:謎の漁師
「その、ひと、しりあい?」
「ううん、見たことはあるけど、話したことはないよ」
「ふーむ」
それだと、その漁師は見ず知らずの子供に貝を渡したということになるんだけど。
まあ、たまたま余ったものを、善意で渡したという見方もできるけど、そもそも、その漁師は何で海岸にいたんだ?
この町には、立派な港があるし、漁師なら、そちらにいるのが普通だろう。
町を飛んでみた時も思ったけど、海岸って言うのは、町外れにある開発が行き届いてない場所である。
周りには店などもないし、わざわざ立ち寄る人がいないからこそ、アレム君達が漂着物を探せるのである。
そんなところにわざわざ立ち寄った挙句、子供に貝を渡す確率なんて、相当低い。それも、知らない子供にね。
どうにもおかしい気がする。その漁師は、本当にたまたま渡してきたのか?
「どんな、ひとだった?」
「え? うーん、髪の長い男の人だったよ。片手に釣竿を持ってた」
「そっか」
「おい、貴様、どうする気だ?」
俺の顔を見て、ニクスがとっさに声をかけてくる。
まあ、ニクスなら、俺がこれから何をしようとしているかわかるだろう。
その漁師が本当に善意で貝を渡したのか、確かめたい。そして、もし善意ではなく、悪意を持って渡したのであれば、問い詰めたい。
こんなことしても意味はないかもしれないけど、気になるからね。
「はぁ、本当に……どうしようもない奴だよ貴様は」
「だめ?」
「もう、好きにすればいい。だが、滞在期間が数日延びる程度はいいが、あまり時間をかけすぎて、本来の目的を忘れるなよ」
「ありがと」
やっぱり、ニクスはわかってくれる。本当に、こういうところはちゃんと親だよね。
なにやらわかっていない様子のアレム君に、漁師を探しに行く旨を伝える。
別に、漁師の善悪を見極めたところで、どうにもならない気はするけど、少なくとも、次また同じようなことが起きた時に、牽制することはできるかもしれない。
アレム君だって、その貝が原因じゃないかとは、薄々考えていると思うしね。
もし悪意あって渡したのであれば、子供を狙った卑劣な奴だ。反省させないといけない。
「じゃあ、またね」
俺は、さっそく探索を開始するために、家を後にする。
確か、海岸でごみを集めていた時に、声をかけられたと言っていたよね。
その漁師が、子供を狙って声をかけたというのなら、俺がその海岸でうろついていれば、姿を現すかもしれない。
なら、まずは海岸に向かうべきだね。
「我は宿に戻るぞ。付き合ってられん」
「わかった」
「日が暮れる前には帰って来いよ」
そう言って、ニクスは去っていった。
まあ、ずっとニクスを連れまわすわけにもいかないし、これはしょうがない。
というか、フェルも戻ってもらってもよかったんだけど、残っているということは、一緒に探してくれるんだろうか?
「まあ、ルミエールだけだと心配だし」
「むぅ、こども、ちがう」
「いや、子供でしょ」
フェルは、そう言って手を差し出してきた。
手を繋いだら、ますます子供っぽくなる気がするけど、その手を取りたいのは事実。
俺は、少し迷った後、手を掴んだ。
そりゃ確かに、ドラゴンとしてはまだまだ子供だけどさ。それを言うならフェルだって幻獣としてはまだまだ子供、いや赤ちゃんである。
すでに俺の性格は把握しているはずだし、それで子供扱いされても困るのだが。
少し納得できない気持ちを抱えつつ、海岸へと赴く。
海岸は、町から少し外れた場所にあった。
波の音と共に、波打ち際に色々なものが流れ着いている。
大抵は、役に立たなそうなものばかりなんだけど、こんなものが売れるんだろうか?
ああでも、流木はいいかもしれない。
ユグドラシルの枝のような綺麗さはないけれど、流木特有の独特な形がちょっと好みだ。
気に入ったものがあれば、持ち帰るのもいいかもしれない。
「目的を忘れないでね?」
「わかってる」
ここに来たのは、漁師を探すためというのはわかっている。
でも、フェルも一緒だと、話しかけづらいだろうか?
今のフェルは、人間の時の姿を模している。
もちろん、それでも成人したばかりの年齢だから、子供っぽくはあるんだけど、子供を狙っているのなら、ちょっと外れているのかもしれない。
まあ、そもそも子供を狙ったのかどうかもわからないけどね。たまたま海岸にいた奴を狙っただけかもしれないし、あえてフェルを離れさせる必要もないかな。
「……ん?」
しばらく待っていると、ふと背後に気配を感じた。
ちらりと振り返ってみると、そこには浅黒い肌をした、長髪の男が立っていた。
特徴も一致するし、多分こいつかな?
「嬢ちゃん達、こんなところで何してるんだ?」
「おたからさがし」
「宝探しだ? ああ、まあ、貧しい子供にとっては宝の山かもしれねぇな、ここは」
そう言って、頭に手を当てる男。
今のところ、心配してくれている風に見えるけど、どうだろうか。
「おじさん、だれ?」
「ああ、すまんすまん。俺はこの町の漁師だよ。ま、今は漁師というよりは、釣り人と言った方がいいかもしれんが」
男は、片手に持った釣竿を見せて、そう言った。
釣り人、ってことは、この海岸に釣りに来たってことなんだろうか?
恰好的には、海に出て漁をする人って感じがするんだけど、船が壊れたか何かで漁に出れないってことなんだろうか。
「以前、漁で大失敗をしてな。それ以来、船に乗るのが怖いんだ。だから、町の近くのいろんな釣り場で釣りをして回ってるんだが、ここは思い出の場所でもあってね。たまにこうしてくることがあるんだよ」
「おもいで?」
「ああ。苦い思い出、死に物狂いで生還した、あの日のことさ」
そう言って、男は過去のことを話し出す。
男は、元は漁師であり、仲間と共に船に乗って、沖で漁をしていたようだ。
しかしある日、とんでもない大雨に見舞われ、帰ることが難しい状況になった。
海は大荒れ、船も転覆寸前、このままでは、このまま海の藻屑になってしまう。
何とかしなければと思いながらも、どうしようもない状況に、男は死を覚悟していた。
そんな時、足を掬われ、海に投げ出された。
ああ、これで終わりかと思った時、後を追って、一人の漁師が助けに入った。
その漁師は、船の船長であり、長年苦楽を共にした仲間だった。
しかし、助けに入ったところで、荒れた海に生身で入って無事であるはずがない。
そのままもみくちゃにされ、気が付くと、どこかの島に流れ着いていた。
船長と二人、どうにか生き延びたものの、ここがどこだかわからない。食料もなく、結局死ぬ運命にあると諦めていたが、船長は諦めていなかった。
その類稀なる知識で食料を確保し、水をろ過し、生きる希望を与えてくれた。
二人で絶対に脱出しようと言ってくれたその言葉に、男は感銘を受け、どうにか生き延びてやろうと頑張ったそうだ。
だが、現実は非情なもので、そううまくはいかない。待っていたのは、残酷な運命だった。




