第二百四十話:昨日の今日で
「どうした?」
「えっ? だ、誰?」
急に話しかけられたことにびっくりしたのか、少年は肩を震わせて一歩引いた。
ああ、俺は知っているけど、少年からしたら初対面だもんね。
ちらりと振り返ると、ニクスが額に手を当てて首を振っている。
また余計なことに首を突っ込んでって顔だけど、確かに息をするように声をかけてしまったな。
でも、困ってそうだったし、知ってる人だったから、声をかけたくなるというものでしょう。
「わたし、るみえーる。きみは?」
「ぼ、僕はアレムだけど……」
「なにがあった?」
「それは……」
珍しく、噛まずに自分の名前を言えたことを誇りに思いつつ、少年に事情を聞く。
どうやら、アレム君の妹が、病気にかかってしまったらしい。
元々、母と三人暮らしで、貧しかったこともあり、薬を買うだけのお金をすぐに用意することはできなかったようだ。
それでも、何もしないわけにはいかないと、どうにか薬を融通してもらえないかといろんな場所を回っていたら、この店で、とある花を持って来れば交換してやると持ち掛けられたらしい。
その花は、夜にしか咲かない珍しい花らしく、昼間に見つけるのは難しいようだ。
だからこそ、アレム君は危険を冒して夜に外に出て、その花を見つけ出し、やっとの思いで持ち帰ったが、結果はさっき聞いた通り。
希望を持たせておきながら、何で薬を売ってしまったのだろうか?
「確かに、その小僧の言う通り、俺は交換条件として、その花を持ってくるように言った。だが、ちゃんと説明はしたぜ? 売り物である以上は、早い者勝ち。帰ってきた時に売れちまってても文句は言うなとな」
視線を向けると、店主はそう言ってきた。
まあ、事前に説明しているなら、確かに店主に落ち度はない。
明らかに少年に頼むようなことではないというのはあるにしろ、恐らく店主も、本当に見つけてくるだなんて思っていなかったんだろう。
無理難題を押し付けて、遠回しに断った、ってところだと思う。
まあ、言っちゃなんだけど、アレム君、お金持ってなさそうだしね。できれば相手したくないのはわかる。
でも、アレム君としては、いくつも店を回ってきた中で、ようやく手にした希望だった。
それを裏切られたとあっては、絶望も相当なものだろう。
「おじさん、その、くすり、もうない?」
「知り合いの船乗りから偶然仕入れたものだからな、在庫はないぜ。船の荷下ろしは昨日終わっちまったし、他に仕入れられたものがあったとしても、すでにどっかの店が仕入れてるだろう。そっちを当たって見るしかねぇんじゃねぇか?」
「全部、断られちゃったから……」
どうも、アレム君の家は、この町ではあまりいい扱いをされていないらしい。
というのも、アレム君のお父さんは、船乗りだったようだが、ある日、漁に行ったきり、帰ってこなかったようだ。
元から、お父さんは迷信を信じないタイプだったらしく、この町では主流なレヴィアさんへの信仰を、あまり持っていなかったようだ。
それ故に、帰ってこなかったのも、自業自得ということになり、そんな彼が養っていた家族も、同じような目で見られることになった。
断られたのは、お金がないというのもあるが、信心深くなかった父親のせいでもあるってことだね。
なんか、ちょっと可哀そうだけど、それだけレヴィアさんの影響力が強いってことなんだろう。
別に、お父さんが帰ってこなかったのは、レヴィアさんのせいではないとは思うけど、この町では、それが当たり前ってことなんだろうね。
「気の毒だとは思うが、こっちも商売なんでな。悪いが、他を当たってくれ」
「……」
アレム君は、花の入った袋を握り締めながら、俯いてしまう。
ここから、他の店に行って、薬を買うって言うのは難しいだろう。
病院に行けばあるいは、とも思うけど、この様子だと、それにかかるお金もなさそうだ。
夜に外に出た勇気は凄いけど、それが報われないのは、悲しいことだよね。
「あれむ、だいじょぶ、わたしが、なんとかする」
「君が? でも、どうやって……」
「わたし、ちゆ、とくい」
詳しいことは診てみないとわからないけど、病気というなら、俺の治癒魔法でどうにかできる可能性はある。
なにせ、俺の治癒魔法は、死体ですら完璧に治癒するものだからね。
流石に生き返らせることはできないけど、ただの病気くらいだったら、十分治すことができるだろう。
アレム君は、訝しげな目でこちらを見てくる。
俺は嘘を言うつもりはないけど、流石にこの見た目では信じてくれないだろうか?
「……わかった。妹のこと、診てくれる?」
「まかせて」
迷ったようだったが、他に頼る者もないと思ったのか、素直に頷いてくれた。
さて、ちょっと寄り道することになるけど、これも乗り掛かった舟である。
さっそく向かうことにしよう。
「白竜の、貴様は反省するということを知らないのか?」
「うっ……で、でも、かわいそう」
「だから首を突っ込むなというのに……三歩歩いたら忘れるのか?」
「あはは……」
さっそく向かおうと振り返ったら、ジト目のニクスと目が合った。
確かに、あまり問題に首を突っ込みすぎるなとは言われたけど、困っている人を見過ごすわけにはいかない。
どうせ、しばらくはこの町に滞在するのだし、こういうこともあるだろう。
まあ、昨日の今日でこうなるとは思っていなかったのか、フェルもちょっと苦笑いしてるけどね。
こうなったら、なるべく早く解決して、さっさと宿に戻るとしよう。
「あ、あれむ、あんない、よろしく」
「う、うん」
ちょっと冷たい視線を受けながら、アレム君の家へと向かう。
どうやら、昨日の夜見送った家がそれらしい。
中に入ると、綺麗な女性が出迎えてくれた。
「あら、アレム、どこに行ってたの? その方達は?」
「ごめん、母さん。この子が、診てくれるって言うから、連れてきた」
「? お医者さんなの? でも、うちにはお金は……」
「おかね、しんぱい、ない」
俺は、前に出て挨拶をする。
流石に、俺が診るとは思っていなかったのか、少し驚いた様子だった。
「なるほど……治療費も出せない貧しい家ではありますが、診ていただけるのでしたらどうかお願いします。こちらです」
アレム君が事情を説明すると、半信半疑と言った様子で妹の下に案内してくれることになった。
流石に、いくら魔法が存在する世界とは言っても、俺のような子供が使えることは稀らしい。
まあ、俺でなくても、フェルもニクスも、医者にも神官にも見えないしね。
それでも、案内してくれたのは、わずかな希望に縋ってのことだろう。
さて、俺の手で治せるものであったらいいんだけど。
「こちらです」
とある部屋に案内されると、そこにはベッドの上に横たわる少女の姿があった。
顔が赤く、額に汗をかいている。かなり苦しそうだ。
「数日前からずっとこの調子で……本当に、治るんでしょうか?」
「まかせて」
俺は、ひとまず状態を確認するためにそばによる。
さて、どんな状況かな?




