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第二百三十八話:夜の飛行

 夜の町は、とても暗い。

 一応、あちらこちらの窓の隙間から漏れ出る光が稀にあるけれど、街灯などはなく、月明かりが照らすだけである。

 これだけ発展している町なのに、街灯の一つもないのかと思ったけど、そもそも、この世界で夜に出歩くのは、盗人くらいなものである。

 基本的に、日の出とともに働き始め、日が落ちたら帰るというのが普通のようで、わざわざ夜に出歩く盗人のために明かりを用意することはないってことだ。

 まあ、場所によってはあるみたいだけどね。

 街灯がないということは、暗がりが多いということ。それはつまり、犯罪者にとっては、仕事がしやすいということでもある。

 明かりがあれば、何かが起きれば、誰かしらが目撃できる可能性が上がるし、治安を向上させるという意味では、街灯はあった方がいいだろう。

 今の俺達にとっては、こちらを目撃させる可能性が少なくなるから、ない方が嬉しいけどね。


『それにしても広い町だね』


『うん』


 海を渡ることを想定して、なるべく低燃費で町の空を飛び回っていると、フェルがそんなことを言ってきた。

 ニクスの話では、元は小さな漁村だったという話だけど、今の状態を見ると、とてもそうは思えない。

 レヴィアさんも、直接人に手を貸したというよりは、見守っていたという感じが強そうだし、レヴィアさんの力だけでここまで発展したとは思えない。

 それとも、レヴィアさんもこっそり手を貸していたんだろうか?

 例えば、海に敬意を払わない者は悉く海の藻屑となったという話があったけど、逆に敬意を払う者に対しては、守って上げたりとか。

 この世界の船は、まだ帆船レベルだし、場合によっては、帰ってこられない人もいるだろう。

 そうした人々が、海への敬意を持っていたのなら、レヴィアさんがここまで持ち上げられることはないはずである。

 どっちにしろ、帰ってこれないのなら、加護があるとも思えないしね。

 だからこそ、手を貸していた可能性はある。


『あまりに手を貸しすぎるのも、考え物ってことなのかな』


 ほとんどの幻獣は、人とのコミュニケーションをとるために、人化の術を覚え、人の言葉を覚えて、歩み寄っていた。

 その結果、人々の要求はどんどんエスカレートしていき、やがて被害を被ることになる。

 神の遣いとして、人々を助けるのは使命だったのかもしれないけど、歩み寄り過ぎた結果、その役割を放棄せざるを得なくなったのだ。

 その点、レヴィアさんは、あまり人化しての交流はしていなかったようだし、手助けも最低限だっただろう。

 それでも、こうして町は発展し、慕われるようにもなっているのだから、ただ手を出せばいいというものでもないのかもしれないね。

 まあ、わかっていても、助けたくなってしまう気持ちもわかるけど。俺がそうだし。


『そういえば、ニクスもあんまり首を突っ込みすぎるなと言っていたっけ』


 先日までいた町では、俺は盛大に問題に首を突っ込み、その結果、ニクスに怒られることになった。

 人助けするのは結構だが、あまりやり過ぎるなってね。

 元々、ニクスは人間があまり好きではないようだし、わざわざ人助けする俺は異常に見えるんだろう。

 それはたとえ、俺が元人間だと知っていたとしても、同じことだ。

 ニクスも、昔はそんな風に、人とつかず離れずの距離で役目を果たしていたんだろうか?

 人間嫌いになったのは、恐らく人の貪欲な姿を見たからだと思うけど、それを抜きにしても、初めからそんなに好きじゃなさそうな気がする。

 幻獣の役割を全うするなら、その辺の線引きを探しておく必要もあるのかもね。


『あ、ルミエール、あれ見て』


『ん?』


 フェルが何かを見つけたのか、ある場所を指さしている。

 目を向けてみると、そこには数人の男達に追われる、一人の少年の姿があった。

 こんな時間に人がいること自体珍しいけど、何をやってるんだろうか。

 しかも、逃げてる方はまだ子供である。どう考えても、こんな時間に外に出るべき人間ではないだろう。

 恐らく、追ってる方は人攫いか何かだろうか? あるいは、単純にたまたま見つけたから追いかけているだけか。

 いずれにしても、犯罪者だろうし、どちらが悪いかは目に見えている気もするけど。


『どうする?』


『うーん、ニクスなら放っておけって言うんだろうけど……』


 こんな時間に外に出た以上、こうしたリスクがあるのは百も承知だっただろうし、少年が悪いと言えば悪い。

 けど、何の理由もなしに、夜に外に出るとも思えない。

 理由はわからないけど、このまま見捨てるのは後味が悪いし、ここは助けに入るべきだろう。

 俺が頷くと、フェルはわかっていたと言わんばかりに、にこりと笑った。

 さて、助けるにしても、この姿を見られるわけにはいかない。ここは上空から、こっそり助けるとしよう。


『それっ』


 俺は、軽く突風を発生させ、追っている男達を転倒させる。

 ここは港町だし、海からの強風が吹きこむこともあるだろう。

 この状況で上を見上げるとも思えないし、この隙にうまく逃げてくれるはずだ。

 案の定、少年はちらりと後ろを振り返った後、即座に距離を離した。

 追っていた男達が立ち上がった頃には、少年の姿は見失っていることだろう。

 これで、大丈夫そうだね。


『うまく行ったみたいだね』


『うん。でも、なんだったんだろうね?』


 こんな時間に、少年が一人で外出するとも思えない。するとしたら、何か理由があるのは間違いないだろう。

 男達に関しては、もう追うのは諦めたようなので、放っておいても大丈夫そうだ。

 逃げた少年の方を確認するとしよう。


『フェル、場所わかる?』


『うん。あっちの方にいるよ』


『オッケー。また襲われないとも限らないし、家に帰るまでは見守っておこうか』


 過保護かもしれないが、逃げた先でまた襲われましたじゃ助けた意味がない。

 フェルに先導されながら、先ほどの少年の後を追う。

 少し飛べば、すぐに少年は見つかった。

 物陰で少し呼吸を整えているらしく、座り込んでいる。

 よく見てみると、その手の中には袋が握られていた。

 もしかして、スリでもやって、追われていたんだろうか? だとしたら、あの男達には悪いことをしてしまったけど。

 でも、流石に財布には見えない。

 なんだろうと見ていると、少年は袋の中を確認するように、その口を開いた。

 中に入っていたのは、どうやら花のようだ。

 月明かりに照らされて、淡く輝くその花は、遠目から見ても綺麗に感じる。

 花を盗んだ、ってわけではないか。どちらかというと、摘んできたという方が正しいのか?

 花を取るために町の外に出て、帰ってきたところを襲われた、と言ったところだろうか。

 花一輪のために夜に外出するなんて普通は考えられないけど、夜じゃなきゃ見つからない花なんだろうか。

 いずれにしても、追っていた男達が被害者、というわけではなさそうだ。


『大丈夫そうだね』


『うん。まあ、よかった』


 その後、息を整えた少年は、警戒しながらも歩き出し、やがてとある家の中へと入っていった。

 やろうと思えば、家の中まで確認することもできそうだけど、そこまでする必要はないだろう。

 少年が無事に帰れたというだけでも、十分だ。

 退屈な夜になると思っていたけど、こんなこともあるんだね。

 俺は、しばらく家を眺めていたが、すぐに当初の目的に戻った。

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