第二十五話:素敵な響き
調子に乗って背中に乗せて飛んだりしてみたわけだけど、よくよく考えたらよく乗ってくれたと思う。
空中に連れ去られたら大抵の人は何もできないだろうし、相手は人類の敵であるドラゴンだ。普通に考えたら殺されると思うだろう。
恐らく雰囲気に押されて乗ったんだろうけど、首に縋りついたまま震えているのを考えると、ちょっとやりすぎだったとかな思わなくもない。
でも、しばらく飛んでいるうちに周囲の景色を見る余裕くらいは生まれたようで、眼下に見える森に感嘆の声を上げていたから、結果的にはよかったのだろう。
「どこに行くつもりなの?」
そう聞かれたが、特に行先は決めていない。
住処に行くにしても、あそこにはニクスがいるだろうし、あまり歓迎されないだろう。
その他にはいつも水浴びをしている湖とか、魔法の練習をしている谷とかあるけど、別に大したものはないんだよなぁ。
本当にただ夜の散歩と思ってその辺をぶらぶらしようと思っただけなので、彼女には悪いけど、しばらく飛んだら戻ろうと思う。
その意図が通じたのかどうかはわからないけど、それ以上は聞いてこなかった。
こうして共に空を飛び、景色や通り抜ける風の感触を楽しむ。
言葉は通じずとも、同じ時を過ごすことが出来ていることに少し感動した。
もっとこの時間を共有したい。そして出来れば、俺の声を届けたい。
ああ、人になれたら手っ取り早いのにな。
「すぅ……すぅ……」
しばらく飛び続けていたら、いつの間にか背中から寝息が聞こえてきた。
ドラゴンの上で寝るとは、意外と精神が図太いのかもしれない。
しかしどうしよう。この後町の近くまで送って別れるつもりだったんだけど、寝るのは予想外だ。
確かにもう真夜中って言っていい時間だけどさ。ニクスもこんな時間に呼び出さなくてもよかったのに。
流石に寝ている人間をその辺に放置するわけにはいかない。
町に送ろうにも、俺が行ったら騒ぎになるし、仮に入れたとしても、彼女の寝床がどこかわからない。
いくら町の中とはいえ、夜に道に放置されたら風邪をひくだろうし、夜盗とかに襲われてしまいそうだ。
かといって起こすのも忍びないし……。
仕方がない、住処に運ぶとしよう。
ニクスは嫌がるかもしれないけど、よくよく考えたら今の時間では町の門も開いてないだろうし、どのみち帰れないのだから泊めるしかない。
起こさないように、今まで以上に慎重に飛びながら住処へと帰る。
『なぜその女まで連れてきているのだ』
帰った瞬間、案の定ニクスの不機嫌そうな声が聞こえてきた。
すでに寝ていると思ったんだけど、詰めが甘かったらしい。
俺はいつも寝ている草のベッドに少女を下ろしつつ、言い訳を考える。
『飛んでるうちに寝ちゃったからさ、もう遅いし泊めてあげようかなって』
『起こせばよかろう』
『ほら、可哀そうだし、ね?』
もの凄く不機嫌そうだったが、どのみち今の時間では町の門は閉ざされてしまっているし、こんな時間に連れてきたニクスも悪いんだよと遠回しに言い含めたら、渋々ながらも泊めることを了承してくれた。
さて、寝かせるにしてもこのままでは風邪をひかせてしまいそうだし、暖めてやりたいんだけど……。
『なんだその目は』
『いやぁ、その、ね?』
ちらちらとニクスに視線を送ってみるがジト目で睨まれるだけだった。
あれはこちらの意図をわかっている上で、やる気はないって言っている。
ニクスの翼は高級羽毛布団並みに気持ちいいのに。
『ダメ?』
『貴様がやればよかろう。我の翼は人間にくれてやるほど安くはない』
ダメかぁ。
まあ、別に俺がやってもいいんだけどさ。でもニクスほどは寝心地よくないよ? ふわふわじゃなくてすべすべだし。
でも、風邪をひかせるよりはましか。仕方ない。
俺は少女を巻き込むように尻尾をまわし、翼で覆う。
若干こちらが寝苦しいけど、まあいいだろう。
万が一にも少女を潰さないように、慎重に位置を調整しつつ眠りについた。
翌朝、目が覚めるとすでに少女は起きていた。
しかし、俺が尻尾と翼でがっちり抑えていたせいで動けなかったらしい。
がちがちに固まって緊張していたので、食べられるとでも思っていたのだろうか。だとしたら悪いことをした。
尻尾と翼を退けてやるとぎこちない動きで立ち上がる。何度か深呼吸で呼吸を整えた後、少し顔を赤くしながら頭を下げてきた。
「あ、ありがとうね」
うん? 何のお礼だろう。昨日の飛行のことかな?
とりあえず、気にしないでと首を振っておく。
「ここ、あなたの巣なんだよね? 私みたいな人間を連れてきてよかったの?」
若干怖がってる風ではあるけど、拒絶は感じない。
昨日の作戦は中々にうまくいっているらしい。
住処に関しては別にどっちでもいいというか、そんなに変わらないと思う。
確かに、この場所のことを伝えられたら、討伐隊が来るかもしれないけど、ここは断崖絶壁の中ほどにある洞穴だし、町からしたら森の結構奥地にある。
魔物だって多いし、そもそも崖を上る手段がないだろう。
魔法を使えば行けるかもしれないけど、そんなことをすれば気付けると思うし、迎撃するのは容易だ。
そう何度も来られるような場所でもないと思うし、こちらから何もしなければそのうち諦めてくれるんじゃないかって言う期待もある。
それに、彼女のことは信頼しているしね。
「……ほんとに変わってるね」
俺が頷くと少し訝しげな顔をして俺の顔をじろじろと見てきた。
まあ、討伐隊云々はさておくとして、むしろこんな原始的な場所に女の子を泊まらせてしまったことの方が申し訳ない。
早く送り届けてあげないとね。
「あ、えっと、ニクスさんが起きたら昨日会った場所に来いって言ってたよ。町まで送ってくれるって」
ニクスが? 珍しい、連れてくるだけ連れてきて後はほったらかしなのかと思ってたけど、流石にそこまで鬼ではなかったようだ。
本当なら俺が町まで送り届けようと思ってたけど、騒ぎもなく少女を連れ出したニクスなら、問題を起こすこともなく送ってくれるに違いない。
俺はニクスの行動に感謝しつつ、少女を背中に乗せることにした。
「の、乗って、いいんだよね?」
二度目ともなると意図が通じたのか、今度はそこまで迷うことなく背中に乗ってくれた。
洞穴を出て翼を広げ、昨日出会った地点へと向かう。
道中、少女の感嘆の声が漏れていたが、朝と夜では感じるものが違ったのだろうか。それとも空を飛ぶのが珍しいからかな。
ほどなくして到着し、静かに着地して少女を背中から降ろす。
ニクスの姿が見えないが、その内来るのかな?
「ありがとう。送ってくれて」
そう言って笑顔を見せる。
結局言葉は一度も通じなかったけど、それなりに楽しい時を過ごせたと思う。それこそ、またやりたいくらいには。
少女は俺のことをどう思ってくれているのだろうか。少なくとも敵意はないってことを知ってくれたら嬉しいんだけどな。
そういえば、名前を聞いていない。聞ければいいんだけど、名乗ってくれないだろうか。
「えっと、また来てもいいかな?」
『も、もちろん!』
おずおずと聞いてきたので大きく頷いておいた。
俺の気持ちが通じた瞬間だ。これほど嬉しいことはない。
上機嫌な様子が伝わったのか、少女は少し笑いながら俺の様子を見ていた。
「そういえば名乗ってなかったね。私はフェルミリア。みんなからはフェルって呼ばれているよ」
フェルミリア。それが彼女の名前か。
口ずさむように何度か声に出してみるが、やはり発音できない。
できればちゃんと呼んであげたいんだけどな。
「君は、名前がないんだよね」
『うん』
「もしよかったら、私が付けてあげようか?」
『え、いいの?』
つけてくれるならぜひそうして欲しい。
前世の名前はあるけど、それは前世でのことだ。この身体での名前ではおかしいだろう。
自分でつけようかとも思ってたけど、自分で自分の名前を付けるのって恥ずかしくて難しかったんだよね。
期待に満ちた目で見ていると、くすりと笑った後、俺の胸に手を置きながら囁くように答える。
「……ルミエール。君の名前はルミエールだよ」
ルミエール。素敵な響きだ。
俺は今日からルミエール。白竜のルミエールだ!
喜びのあまり少女の手を握ってぶんぶんと振り回してしまった。
加減はしていたけど、少し怖がらせてしまったようでプルプルと震えていた。
ちょっと反省しなければ。
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