第二百三十六話:初めての海
第九章、開始です。
暖かな日差しが、だんだんと暑さを感じさせるようになり始めた頃。俺達は、とある港町へと辿り着いた。
船による貿易が盛んな町らしく、規模も王都と見まがうほどに大きな町だ。
なぜこんなところに来ているかというと、ニクスが俺に会わせたいという人物が、この町を拠点に活動していたかららしい。
ニクスの知り合いってことは、多分幻獣だと思うんだけど、見た限り、とても幻獣がいるような雰囲気ではないんだけど?
「大きな町ですね! 私、海まで来たのは初めてかもしれません」
「海程度ではしゃぐな。これから、嫌というほど見せられることになる」
「どういうこと?」
ニクス曰く、この町は、とある幻獣によって発展した町らしい。
今ではかなりの規模の町ではあるが、昔はほんの小さな漁村だったようだ。
それが、とある幻獣の力によって、安全に海に繰り出す方法が確立され、ここまでの規模まで成長したらしい。
ただの漁村が、ここまでの規模になるって、相当凄いことなような?
その幻獣とは、一体どんな人物なんだろう。
「我が会わせたいと言っていた幻獣は、海の先にいる。だから、しばらくは海などいくらでも見れるということだ」
「なるほど」
「海を渡るってことですか? それ、大丈夫なんでしょうか」
「無論、我だけなら簡単だが、貴様らが一緒では万が一がある。だからこそ、この町でしっかりと準備をしようというわけだ」
どうやら、しばらくは海の上を飛ばなくてはならないらしい。
一応、俺達はそこそこスタミナがあるし、数日程度だったら徹夜で飛び続けることもできるけど、万が一にも体力が尽きてしまったら、海に真っ逆さまである。
途中に島の一つでもあれば休憩することもできるかもしれないが、都合よくあるとは限らないし、海を越えるからには飛び続けなくてはならない。
だからこそ、疲れをしっかりとり、食料なども補充する必要があるのだとか。
なるほど、わざわざ町に来たのはそれが理由か。
野宿では、いくら安全を確保できても完全に疲れを取るのは難しいからね。
安全以外にも、快適な環境は必要だし、そう言う意味では、発展したこの町は都合がいいだろう。
まあ、人化をしなくてはならない以上、魔力の残量には注意が必要かもしれないけどね。
「なら、しばらく、きゅうか?」
「そう言うことだ。とは言っても、毎日の修行は怠るなよ」
「はーい」
以前、滞在していた町も、ニクスがいなかったから実質休暇みたいなものだったけど、また休暇が貰えて嬉しい限りである。
休暇っていい響きだよね。休日出勤、休憩なしなんて当たり前だった前世のことを考えると、なんて贅沢してるんだろうという気分になる。
社会の歯車になるというけれど、歯車だってメンテナンスをしなければすり減って使い物にならなくなる。
それを理解していない会社だったというのは、俺にとって不運だったかもしれないが、こうして二度目の人生で休暇を貰えているなら、まだよかったのかもしれない。
ここは一つ、精一杯休暇を楽しむとしよう。
「まずは宿を確保する。その後は、しばらくは好きにするといい」
「わーい」
ニクスからの了解も得られたということで、まずは宿を探すことにする。
これだけ大きな町なので、探すのは少し大変かもしれないと思ったけど、ギルドに立ち寄れば、すぐに宿の場所は教えてもらえた。
意外だったのは、どうやらこの町では、ニクスはいい人扱いされているらしい。
本当に、場所によって善人か悪人かの違いがあるから、ギルドに顔を出すのは少し怖いんだけど、今回は当たりのようだった。
まあ、ニクスもわざわざ面倒事が起こりそうなところには行かないとは思うけどね。
「我は少し眠る。観光したいならしてもいいぞ」
「それなら、ルミエール、一緒に行く?」
「うん」
ここまで来るのに、結構飛んでいたから、俺も疲れていると言えば疲れているけど、気になるほどではない。
せっかく港町まで来たんだ、少しくらい観光しないともったいないだろう。
俺は、フェルの手を取って町へと繰り出す。
さて、何か面白いことはないかな?
「いろんなものが売ってるね」
「ぼうえきひん?」
「そうなんじゃないかな? 後、魚が生で売ってるよ」
市場を覗いてみれば、今まで見たこともないような珍しい品の数々が並んでいた。
中には、俺のお宝センサーに反応するものもいくつかあったので、フェルにねだって買ってもらったりもした。
今のところ、大陸を超えるような旅はまだしたことがないけれど、やはり土地が変われば、色々変わるようだ。
海を越えると言っていたけど、とうとう隣の大陸にでも行くってことなんだろうか?
ちょっと楽しみだね。
「なまのさかな、はじめて?」
「うん。干物なら見たことがあるけど、こうして生で売ってるのは初めて見たかも」
そう言って、フェルはしげしげと魚を眺めていた。
まあ、この世界、鮮度を保ちつつ長距離移動する術がなかなかないからね。
氷だって場所によっては貴重品だし、生の魚を見られるのは、こうした港町か、魚が釣れる川の近くの町くらいなものだろう。
俺は、魚自体はスーパーとかで何度か見たことがあるが、ここに並んでいる魚は、見たことがないものばかりだ。
これも魔物なんだろうか? それとも、魔物とは別のカテゴリーなんだろうか。
基本的に、この世界では動物イコール魔物みたいな雰囲気があると思っているけど、それにしては、家畜も普通にいるんだよね。
あれは、調教して懐かせた魔物なのか、それとも魔物とは別なのか、よくわからない。
まあ、大した差はないだろうから、どっちでもいいんだろうけどね。
「せっかく、だし、かってく?」
「え? うーん、魚ってどう料理するんだろう」
「んー、さしみ?」
「さしみ? なにそれ?」
魚の食べ方と言えば、俺は刺身か、あるいは寿司と言った感じがするんだけど、この世界では一般的ではないらしい。
まあ、言い方が違うだけで存在はするかもしれないけど、フェルは知らなそうだね。
食べるだけなら、その辺の食堂にでも行けば売ってそうだけど、そっちの方が手っ取り早いだろうか?
「まあ、今はいいんじゃないかな。まずはどこかで食べてみて、気に入ったら買うのでいいんじゃない?」
「わかった」
せっかくなら食べてみたいとは思うが、俺もこの世界の魚はあまり詳しくない。
どんな味がするかもわからないし、まずは手慣れている人に作ってもらうのが一番だろう。
そこらへんも楽しみにしつつ、市場を離れることにする。
ちょっとぶらついた程度だったけど、なかなか楽しかったな。
「しばらく滞在するつもりみたいだけど、どれくらい滞在するんだろうね?」
「さあ?」
しっかり疲れを取るという目的だから、一日休んですぐ、ってわけではないだろうけど、どうなるかな。
俺は、せっかくの港町を堪能する前に出発することにならないことを祈りつつ、宿に戻るのだった。




