第二百二十一話:アルマ鉱山社
北区画は、独特の匂いに満ちていた。
恐らく、採掘した鉱石などを精錬する場所があるんだろう。焼けた臭いがそこかしこからする気がする。
それと同時に、目に見えるほどに薄汚れた空気も気になる。
多分、粉塵が舞っているんだと思うんだけど、まだ入ったばかりでこれって、相当環境が悪くないだろうか。
確かに、採掘現場にはそう言った問題もついてくるとは思うけど、きちんと対策すれば、そこまで酷くはならないはずだ。
特にこの世界では、魔法があるし、それらを抑える仕組みの一つや二つ作れるはずである。
にもかかわらずこれということは、そう言ったことに全く目を向けていないってことだろう。
南区画はかなり綺麗なのに、この差は何なんだろうか。
町長がやばそうだって言うのは聞いたけど、こんなことをしても労働者が逃げていくだけだと思うんだけど。
「なんか、あのおじさんが言ってた通り、酷い場所だね」
「うん」
辺りを見回してみれば、家の陰などに隠れて、こちらの様子を窺っている人影が見える。
シルエットからして、恐らく子供だろうけど、あれが例のスリって奴か。
せめて、子供を保護する施設とかないんだろうか。
「どうする? 後をついてきてるっぽいけど」
「んー……」
俺達は、見た目は女子供である。男性よりはかなり狙いやすいだろうし、すぐにでも飛び掛かってきそうな勢いだ。
別に、避けることはたやすいし、何なら振り切ってもいいけれど、それはそれで可哀そうな感じもする。
だって、採掘中の事故で親を亡くした子供達なんでしょ? 何か施しくらい上げてもいいんじゃないだろうか。
でも、今は渡せるものがない。お金はあるけど、これを上げてしまうと、宿を追い出されてしまうからね。
そもそも、この人数全員に渡すのは不可能だ。
一人や二人なら気が向いたら相手にしてもよかったけど、今把握できるだけでも、五人はいる。
一体、どれだけ食うに困っているんだろうか。そして、どれだけ体制が悪いのだろうか。
「ふりきる」
「わかった。可哀そうだけど、仕方ないね」
フェルに目配せし、走り出す。
今は人間の姿ではあるけど、身体能力は人間をはるかにしのいでいる。
今更、子供達を振り切ることくらい造作もない。
あっという間に距離を離し、後ろを振り返ってみると、呆然と道に立ち尽くしている子供達が見て取れた。
可哀そうだけど、この手で救える数には限りがある。
それに、状況を理解しないまま手を差し伸べても、その場しのぎにしかならないしね。
助けるにしても、まずは色々情報を得てからだ。
「と、ここかな?」
子供達を振り切ってからしばらく歩くと、ようやく今回の依頼主の会社が目に留まる。
アルマ鉱山社。昔からこの町の鉱山を任されている大きな鉱山社らしく、その規模は相当大きい。
空気はともかく、しっかりとした造りの建物の中に入ると、受付らしき人が椅子に座っていた。
「……あん? 客? なんだい、今忙しいんだが」
「ギルドから依頼を受けてやってまいりました、フェルミリアと申します。依頼者のマルジナさんはいらっしゃいますでしょうか?」
「依頼? ああ、例の鉱山の魔物の件ね。社長なら上にいるよ。社長室で頭抱えてるだろうから、勝手に入っていきな」
「わかりました。それでは、お邪魔させていただきますね」
「はいよ。……はぁ、まさか来たのが子連れの女の子とはねぇ、ギルドもうちらを見捨てたか」
受付さんの話を受けて、階段に向かう去り際に、受付さんは小さな声で悪態をついていた。
まあ、気持ちはわかるけど、これでも実力は確かなはずだから、魔物は何とか出来ると思う。安心してほしい。
しかし、随分といい加減な人だったなぁ。
この土地がそうさせるのか、それともたまたまイライラしていたのかわからないけど、人によっては注意されるような話し方である。
言われた通りに、階段で二階に上がり、廊下を進むと、社長室をプレートがかかった部屋があったので、ひとまずノックすることにした。
「開いている。用があるなら入ってきたまえ」
「失礼します」
返事を確認してから、中へと入る。
部屋の中には、一人の男性がいた。
長ズボンにジャケットを羽織った青髪の男性。
執務机の前で、頭を抱えながら項垂れているその姿は、一目見ただけで、苦労が見て取れた。
よく見てみると、頭の一部の髪が抜けている。
案外若そうだけど、この年で抜け毛は相当ストレス溜め込んでいそうだね。
「……ん? き、君達は誰だね?」
「ギルドから依頼を受けてやってまいりました、フェルミリアと申します。依頼者のマルジナさんでお間違いないでしょうか?」
「あ、ああ、確かに私はマルジナだが……依頼というのは、ロックゴーレムの件で?」
「はい。鉱山に魔物が出て困っているから、退治してほしいと」
「そ、そうか……いや、来てくれて嬉しいよ。魔物には本当に困っていたんだ」
一瞬、落胆したような目をしていた気がするけど、すぐに笑顔を見せて取り繕った。
この人も、俺達には期待していないっぽいなぁ。
俺がいるせいもあるだろうけど、それにしても信用がない。
「詳しい話をお聞かせ願えますか?」
「わかった。まず、出てくる魔物だが、さっきも言っていたように、ロックゴーレムだ」
ゴーレムは、魔石に意思が宿って生まれるとされている。
その性質から、昔から鉱山にはゴーレムが出るというのが一般的で、これまでにも何度もゴーレム被害はあったようだ。
しかし、以前は町長が依頼を出してくれていたが、今の町長に変わってからはそんな無駄なことに金など出せるかと言われて、ゴーレムの駆除が行われなくなった。
しかし、そんな状況で採掘をしても、怪我人が増えるだけで、効率も悪いし、安全性も確保できない。
仕方がないので、鉱山社の方で自腹で依頼を出していたが、最近はゴーレムが出現する頻度が高く、赤字続き。
とうとう依頼料を捻出することも難しくなり、長らく放置していたが、流石に怪我人が多くなりすぎたこともあって、ダメ元でタダ同然の報酬で依頼を出したようだ。
そうしたら、俺達が来たというわけだね。
依頼の報酬に関しては全然見てなかったけど、なるほど、誰も受けなかったのはそのせいか。
あの受付さんも、善意に付け込んでとんでもない依頼を押し付けてきたものである。
いや、鉱山社の人達のことを思ってと言うのはあるだろうけどね。高ランクの冒険者なら、お金に困ってないことも多いし、運が良ければ受けてくれる可能性もあるわけだから。
「正直、今のアルマ鉱山社は火の車だ。とてもじゃないが、満足な報酬を出せるような状況ではない。それでも受けてくれるかね?」
「はい、大丈夫ですよ。しかし、鉱山採掘は町が主導で行っているんですよね? それなのに、町長は何もしてくれないんですか?」
「そうなんだよ! 今の町長は本当に酷い!」
フェルの言葉を皮切りに、マルジナさんは大きな声で語りだす。
これは、相当参っていそうだなぁ。
とりあえず、落ち着くまで話を聞いてみることにする。
果たして、町長とはどんな人物なんだろうか?




