第二百十六話:戒めの像
村人達は、本当に幻獣のことを慕っているようで、色々と世話を焼いてくれた。
一人が、体を磨いてくれると言うので、せっかくだからお願いしたら、とても気持ちよかった。
この体になってから、水浴びとかは何度もしているけど、体をこすって汚れを落とすというのはあまりしてこなかった。
まあ、手が小さすぎて体の大部分に届かないからね。特に翼なんかは意図的に翼を寄せてようやく届くかと言ったところである。
根本なんて当然届かないし、岩場にこすりつけて落とすというのも難しい。
そう言うわけで、これがこの世界に来てからまともな洗浄タイムだったわけで、それはそれは至福の時だった。
今度フェルに頼んでみようかな。フェルなら、洗ってくれそうだし、逆にこっちが洗って上げるのもいいかもしれない。
『いいところだね』
『すべての幻獣にとってそうというわけではないが、基本的に敬ってくれるからな。他の人共も、これくらいの敬虔さがあれば、まだ可愛がれるものを』
ニクスも、ブラッシングをしてくれると言われていたが、断っていた。
すっごく気持ちよさそうなのに、もったいない。
フェルなんか、初めての感触に顔がとろけてしまっている。
やっぱり、体が大きいと色々大変だよね。
『それよりも、ここに来たのは、例の像を見てほしいと思ったからだ』
『その戦争の後に作られたって言う?』
『そうだ。それを見て、何か感じるものがないか教えて欲しい』
『? まあ、そう言うことなら見るけど』
ニクスも、適当に連れてきたというわけではないのかな?
てっきり、戦争の凄惨さと人々の醜さを教え込むために連れてきたのかと思っていたけど、また別の狙いでもあるんだろうか。
まあ、この村の名所はそこなので、見ないで帰る選択肢はない。
村人に頼んで、案内してもらう。
村の少し奥まった場所にある広場。周囲には柱が建てられており、丈夫な縄で繋がれている。
なんだか、ここだけ空気が違う。心なしか、周りがキラキラしているようにも見えるし、本当に特別な場所なのかもしれない。
そんな場所の中心に、その像はあった。
見た目は、天使のように見える。人型で、背中から翼が生えており、手にはハープを持っている。
幻獣という話だったけど、見た目は完全に人型だよね。
それとも、人化した姿で接触していたから、この姿ってことなんだろうか。
背中に翼が生えているし、完全に人化した姿ってわけでもなさそうだけど、少し謎である。
『これが、彼の戦争によって失われた、唯一無二の幻獣。アーリヤだ』
『アーリヤ……』
その名を聞いた時、どことなく、懐かしいような感じがした。
そんな名前、聞いたこともないのに、まるで自分や家族のことを呼ばれた時のような、そんな感覚に陥る。
幻獣としての本能的な何かなんだろうか。
確かに、現存する幻獣達は、多くがアーリヤに敬意を表しているということだから、幻獣である俺も、その知識が多少なりとも植え付けられているとか。
いや、それにしては他の幻獣についての知識がなさすぎるから、それはない気がする。
この感覚は、どういうことなんだろうか?
『どうだ、何か感じるものはあるか?』
『なんというか、懐かしい? そんな気がする』
『……そうか』
正直に今の感情を伝えると、ニクスはわずかに目を見開いた後、小さく呟いた。
なんだかよくわからないけど、俺はアーリヤと何か関係があるってことなんだろうか?
全く身に覚えはないんだが。
『……目的は達した。後は、好きに見て回ればいい』
『好きにって言っても、ここ何もないんだけど』
『なら、話でも聞いてみたらどうだ? 我よりも、詳しい話が聞けるかもしれないぞ?』
そう言って、ニクスはそうそうに村の中へと戻っていった。
ふむ、まあ、もしアーリヤが俺に何かしら関係しているのだとしたら、アーリヤについて知っておくのは、またとない機会である。
俺は、一度場所を移してから、村人にアーリヤについて聞いてみる。
村人達は、震えるほどに喜びながら、色々と教えてくれた。
アーリヤ。どの幻獣よりも優れ、人々に恩恵を振りまいた唯一無二の幻獣。
幻獣には色々と能力があるが、アーリヤの場合、特に重要だったのは、聖なる力を操るということ。
怪我の治療や呪いの浄化など、多くの場面でその力は利用され、多くの人々を助けた。
しかし、かといって別の属性が使えないというわけではなく、闇属性以外のすべての属性を扱うことができたのだとか。
本来、属性というのは、一つしか扱えないものであり、他の属性を使う場合は、その威力は大きく減衰することになるらしい。
これはアーリヤだけが持つ特性であり、唯一無二と呼ばれる原因でもあるとか。
おかげで、聖魔法以外でも、多くの問題に対処でき、それ故に、人々の不満も少なかった。
ただ、何でも出来過ぎるが故に、最終的には大きな戦争に発展してしまったようだけどね。
まあ、それは置いておいて。
他にも、常にハープを持っており、音楽を奏でてくれたり、時にはハープを弓代わりにして魔物を討ったり、本当に様々なことをしていたようだけど、俺と共通していることは、やはりほぼすべての属性を使えるという点だろう。
俺も、最初は凄いと思っていたけど、ニクスに教えられて、それは異常なことだということに気が付いた。
ほぼすべての属性を扱えるというのが、アーリヤの唯一無二の特性だとしたら、なぜ俺も同じようにほぼすべての属性が扱えるのだろう。
考えられるのは、俺がアーリヤの関係者だということ。
例えば、子供とか。
特に、俺は生まれてそうそう、森の中に打ち捨てられていた。
ドラゴンの子供なのだから、親も当然ドラゴンだと思っていたけれど、もしかしたら、アーリヤの子供ということもあるだろうか?
いや、流石にこの見た目で卵なんて生まないか。あったとしても、アーリヤが亡くなったのは数百年も前。今更になって、俺が生まれるのはおかしな話だ。
でも、他に理由も見当たらないよなぁ。
単純に、神様か何かがたまたまつけてくれたというだけなんだろうか。
幻獣は、神の遣いらしいし、神様の手がかかっているのは間違いない。
俺が生まれる際に、何らかの神様の手が加わって、今の状態になったと考えれば、まだ辻褄は合うか。
まあ、それも結局、なんで俺なんかにって話にはなるんだが。
というか、そもそもなぜ転生したのかも、なぜドラゴンなのかもわかっていないし、あまりに情報がなさすぎる。
神様が何かしら関係しているのだとしても、流石に直接聞くなんてことはできないだろうし、どこかで手掛かりを探すしかないかなぁ。
『他人の気がしないけど、一体何者なんだろうね』
俺にとって、アーリヤとは一体何者なのか。
謎が深まってしまったけど、優れた幻獣と似た特性を持っているというのは少し嬉しい気もする。
すでに、この世界では神の遣いは廃れているようだけど、世界を見て回って、人助けなんかができたらいいだろうか。
ふわっとした目標を掲げながら、村人達の話を聞くのだった。




