第二百十四話:忘れる生き物
幻獣の中でも最も優れていた幻獣。しかし、優秀過ぎるが故に人々は争い、その力は失われてしまった。
元々、幻獣達は神の遣いとして、人々の願いを叶えるために各地で活動をしていた。
しかし、エスカレートしていく願いの内容に音を上げて、神の遣いとしての役割を放棄した。
俺は当事者ではないけど、もし、そんな事件が起こったなら、人々を見限って役割を放棄するのも、よくわかる。
そんな人ばかりではないと信じたいけど、流石に世界レベルの戦争が起こるほどではね。
今の人達は、役割を放棄した幻獣達を、ただの魔物として扱っているけど、願いが叶えられなくなることで、困ることはなかったんだろうか。
そんな事件を起こしたのなら、そこから反省し、幻獣を敬うようになってもおかしくないと思うんだけど。
『確かに、戦争が終結した後、多くの人々は反省し、夫の言うとおりに像も建て、それに祈りを捧げるようになった。一部の幻獣も、それを見てまだやり直せるかもしれないと、役割に徹していた奴もいた。だが……』
ニクスは一度言葉を切り、舌打ちをする。
『人は過ちを忘れる生き物だ。ほんの百年と少し経っただけで、史上最悪のあの戦争のことを忘れ、幻獣からの施しも当たり前に思うようになり、増長していった。愚かなものだ』
当時の人々やその子供などは、まだ反省の心を持っていて、幻獣のことも敬っていたけど、次第に世代が変わっていくにつれて、反省の心は薄れていき、以前と同じく傲慢な態度を取るようになった。
なんで、自分達に益となることをしてくれる相手に対してそんな態度を取れるのかわからないけど、これができるならこれもできるだろう、これくらい当然できるよな、とその要求値はどんどん上がっていき、我慢していた幻獣達も、愛想をつかした。
確かに、人の寿命なんてたかが知れているし、何千年を生きる幻獣からしたら、なんでこんなにも早く忘れてしまうのかと思うかもしれない。
大切なことは、きちんと伝承なりなんなりで伝えなければならないけど、何らかの理由で、それが途切れてしまうこともある。
ある意味仕方ないことなのかもしれないけど、だとしても増長するのはおかしいと思ってしまうね。
『幻獣が願いを叶えてくれなくなって、人々は困らなかったの?』
『困ったさ。すべては自分達の蒔いた種だというのに、願いを叶えてくれないことに腹を立て、幻獣を八つ裂きにしようとした奴もいた。だが、幻獣はあえて人に歩み寄っているだけで、真に友好的な奴なんて一握りだ。当然返り討ちにされ、被害を増やしていった』
自分達が原因なのを棚に上げて、今まで通り願いを叶えろと迫ったけど、もはや守る意味もなくなった人々の願いを聞く幻獣はいなかった。
幻獣は、神の遣いだけあって、そこらの魔物よりよっぽど強い能力を持っている。だから、人々は、幻獣を禁忌の魔物として敵認定し、多くの戦力を差し向けたようだ。
大抵は幻獣が返り討ちにしたが、中にはそれで亡くなってしまった幻獣もいるらしい。
どこまで身勝手なんだと思うけれど、それが時代とともに変化していって、幻獣は、時たま現れる珍しい魔物という程度に収まっていった。
幻獣という存在を忘れ、ただ単に強い魔物として認識しているのが、今の人々である。
かつては人々の生活を支えていた幻獣が、今やただの魔物扱いだなんて、なんだか悲しいね。
『ああ、幻獣に対抗するために、勇者召喚なんて言う儀式も流行っていたな』
『勇者召喚?』
『別世界から有能な奴を連れてきて、戦わせようというただの誘拐行為だ。一応、成果はあったようだがな』
誰が教えたのかはわからないが、人々は勇者召喚という方法を使って、異世界から勇者を呼び寄せて行った。
今、この世界には無数の勇者やその子孫が存在し、多くが高名な冒険者として活躍しているらしい。
もしかして、俺がこの世界に来てしまったのも、その勇者召喚のせいなんだろうか? ……いや、ドラゴンの姿になっているし、勇者はちゃんと人らしいから、それはないか。
未だに、俺がこの世界に来てしまった理由がわからない。なぜ、ドラゴンになってしまったのかも。
いずれわかる時が来るといいのだけど。
『勇者って強いの?』
『戦力としてはそれなりだな。代々、国に伝えられている宝剣やらなんやらを持たせることで底上げして、ようやく使い物になるかってところか』
『それって、わざわざ召喚する意味ある?』
『当初は、きちんと戦力として期待していたようだが、大抵の奴らはそこまで強くなかった。だが、才能は持っていて、鍛えれば英傑になれるほどの力は有していた。だから、育成して使い物にしようと考える場所が大半だったな』
『なるほど』
異世界から呼び出す以上、きちんと戦える能力を持っているかは未知数である。
俺が元居た世界のように、魔物など存在しない世界だってあるわけだからね。剣を握らされたとしても、まともに使いこなせるわけはないだろう。
鍛えれば使い物になるというのは、召喚の性質なのか、それとも召喚される人物が運よくそう言う才能を持っているのか、よくわからないけど、勇者召喚は時間も金もかかるものだったらしい。
しかし、時たま召喚された勇者は、この世界にはない斬新なアイデアを持っていることがある。
それをうまく利用できれば、国は大きく発展することになり、運が良ければそのまま主要国まで上り詰められる可能性もある。
だから、戦力としてではなく、知識を求めて勇者召喚するところもあったらしいね。
確かに、現代の知識を用いれば、何かしら役に立つことはありそう。
『強力な魔物が現れた際には、勇者やその仲間が派遣されることがある。貴様も、覚えがあるだろう』
『ああ、言われてみれば?』
詳しいことは知らないけど、ヒノアの大森林にいた時に、俺に差し向けられた冒険者達は、勇者の仲間だったとかなんとか言っていた気がする。
結局、全然会わなかったし、大した怪我も負わされていないから別にいいけど、もしかしたら、危なかったのかもしれないね。
勇者自身がどれくらいの強さかはわからないけど、もし会うことがあったら、少し注意した方がいいかもしれない。
『少し話がずれたな。まあ、詳しいことは村に着いてから色々見てみればいい。あの村は、今では数少ない、当時のことを伝えている村でもあるからな』
『わかった』
勇者のことはいったん置いておいて、幻獣を巡っての戦争に関しては、詳しく知っておいた方がいいかもしれない。
俺は、料理を食べ終えると、空を見上げる。
空には星々が瞬き、月明かりが地上に降り注いでいる。
いずれは、どうして俺がこの世界に来てしまったのかも把握したいけれど、まずは一歩ずつ、手の届く範囲から始めて行こう。
村とはどんな場所なのかを想像しつつ、寝る準備を進めるのだった。




