第二百十三話:かつて起きた戦争
『ねぇ、ニクスはこれまでいろんな場所を回ってきたんだよね?』
『ん? ああ、世界中を回ってきたぞ』
『なら、その中でも珍しい場所とかない? 俺、世界を色々見てみたい』
俺は、あれこれ考えた後、住処の問題を保留することにした。
現状、両方を納得させる形で住処を決めることはできない。しかし、旅という形でなら、ずっと滞在するわけではないから、ちょっと我慢してもらうだけで済む。
であるなら、旅を続ける名目として、どこかに観光に行ってしまおうというわけだ。
元々、俺自身も世界を見て回りたいという願望はあったし、ちょうどいい機会だと思う。
『ふむ……まあ、いくつか心当たりはあるが』
『じゃあそこ行こう!』
『……まあ、いいだろう。いつまでも教育に時間を取られるのも面倒だしな』
ニクスも、行く当てがないなら構わないかという感じで、了承してくれた。
両方を納得させる案は、旅をしているうちに考えればいいだろう。
ニクスとしては、フェルを野生に染めて野生で暮らす決断をして欲しいと思っているのかもしれないが、俺はできれ町がいい。
何かいい案が浮かぶことを信じている。
『ここから北に行ったところに、とある村がある。そこに行くぞ』
『何か有名なの?』
『有名と言えば有名だな。昔、戦争があった場所だからな』
『うわ、殺伐……』
観光と提案して初手に出てくるのがそれなのか。
もっとこう、美味しい料理とか、美しい景色とか、そういうものを見たいと思っていたんだけど……まあ、ニクスも何か意図があってここに決めたんだろう。
別に、時間はいくらでもある。その気になれば、世界のすべてを見ることだってできるかもしれない。
だったら、ニクスのおすすめを聞くくらいはどうってことはないはずだ。
『もしこの推測が当たっているなら、何か反応があるかもしれんしな……』
『? 何か言った?』
『何でもない。そうと決まったら、行くぞ』
何か呟いていたようだけど、よく聞き取れなかった。
足早に先に行ってしまったので、とりあえず追いかけることにする。
さて、ニクスの言う有名な場所とは、一体どんなところなんだろうか。
『今日はここで休むぞ』
しばらく飛び続けていると、夜になった。
一応、夜でも飛び続けることはできるんだけど、急ぐ旅でもないし、何より、フェルの料理が食べたいという理由もあって、きちんと休憩を挟むようにしている。
カロンさんのところで滞在中に集めた魔物の肉を使って、てきぱきと料理をしていく。
本当はあまり臭いの立つものはだめらしいのだけど、ニクスがそんなことはいいからうまいものを作れというので、フェルもそれを受け入れている形だ。
まあ、仮に魔物が寄ってきたとしても、ニクスに勝てる魔物なんてそうそういないだろうしね。むしろ、食材が増えてしまうかもしれない。
しばらくすると、いい匂いが漂ってきた。今日も期待できそうだ。
『……うむ、いい出来だ。いつもこの調子で頼むぞ』
『頑張ります』
いつもはフェルのことをあまり褒めないニクスも、料理のこととなるとこの通りである。
確かに、フェルの料理は美味しい。
ここ最近は、練習でもしているのか、そのレベルも上がってきているように見える。
ニクスは、年明けの祝福で料理スキルが上がったんじゃないかと考えているようだけど、そんなことあるだろうか。
確かにタイミング的にはそこらへんからな気がするけど、なんかおかしい気もする。
まあ、美味しいから別にいいんだけどさ。元々、あれは願掛けのようなもので、実際にパワーアップするかどうかはわからないらしいし。
『ねぇ、これから行く場所って、なんで戦争が起きたの?』
『……きっかけは下らん諍いだ。一人の女を求めての争いが大きくなり、やがて世界レベルの大戦争となった』
『そんな大規模な戦争だったんだ……』
行くのは村という話だったから、てっきり村同士の諍いレベルかなと思っていたけど、まさかの世界レベルの話である。
この世界の歴史に関しては、ニクスに教えられたくらいの知識しかないけど、その中にはそんな戦争の話はなかったように思える。
あえて黙っていたんだろうか? そんな大戦争なら、歴史に残っていもおかしくないとは思うんだけど。
『最終的に、渦中の女は自らの責任を感じ自決し、夫はその願いを汲んでどうにか戦争を鎮めた。今考えても、人は愚かなことをしたと思うよ』
ニクスは、苦々し気に表情を歪めながら、静かに語った。
ニクスが人間嫌いなのは、それが原因でもあるんだろうか。まあ、それだけが原因ではないと思うけど、戦争なんて、当事者はどちらも正義だと思っているけど、傍から見たらどっちも悪みたいなところあるしね。
『戦争後、人々は夫に許しを請い、夫はそれを受け入れた。代わりに、女を称える像を作れと言ってな』
『じゃあ、その村にはその女の人の像があるんだ』
『そう言うことだ』
世界を巻き込むレベルで取り合うなんて、その女の人はどれだけ美人だったんだろうか。
傾国の美女というんだろうか? 一人の女性を巡って、国すら動かす程の美貌。
すでに夫がいたらしいけど、もしそんな美人がいたとしたら、俺も惹かれてしまうのかもしれない。
会いたいような、会いたくないような、微妙な気持ちだね。
『私も初めて聞きました。それって、どれくらい前の話なんですか?』
『数百年は前の話だ。人共の歴史では、語られていないだろうよ。一人の女を巡って争っただなんて、恥以外の何者でもないからな』
数百年も前の話ってことは、覚えている人も少なそうだね。
一応、幻獣は寿命が長いから、知っている人もいるかもしれないけど、当時者って人はなかなかいない気がする。
『ニクスは当時のこと知ってるの?』
『一応な。すべてを見たわけではないが、あれは痛ましい事件だった』
『そうなんだ……その女の人って、どんな人だったの?』
『誰にでも優しく、罵声を浴びせられても笑顔を絶やさない、立派な女だったよ。幻獣達も、奴には心を開いていた奴も多い』
『幻獣って……その人って、人間じゃないの?』
『当たり前だろう。奴は神の遣いたる幻獣だった。月の女神とも謳われた、幻獣の中でも随一の実力の持ち主だ』
『お、おお……』
てっきり人間かと思っていたけど、まさかの幻獣だった。
ということは、幻獣を求めて人々が争ったってこと?
確かに、以前は幻獣は神の遣いとして、人々の願いを叶える役割を持っていたから、それだけ優秀だったなら、取り合うのも理解できる。
でも、幻獣は、人々の絶え間ない欲望に耐え切れずに、神の遣いであることを放棄した。
もし、その幻獣が優秀だったなら、人々が争った原因は、まさしく願いを叶える力の独占を狙ってのことってことかもしれない。
それはニクスも人間嫌いにもなるわな。俺ですら、醜いと思ってしまった。
結局、その幻獣は自決してしまったらしいし、なんだか可哀そうである。
俺は、少し胸の奥に痛みを感じながら、ニクスの話を聞いていた。




