第二十二話:今日を生きる
冒険者、フェルミリアの視点です。
サジェット達の遺体は神殿に預けられることになった。
神殿は死んだ者の魂を弔い、無事に天に昇っていけるように祈祷してくれる。
遺体の状態があまりにも綺麗で、ともすればそのうち起き上がってくるんじゃないかとも思ったけど、一週間経ってもその兆しは見えなかった。
心臓の鼓動も聞こえないし、やはり死んでいるのだろう。
改めてそのことを確認すると涙が溢れてきた。
サジェット達とは三年前に出会った。
孤児院に預けられていた私は、幼い頃から冒険者として雑多な依頼を請け負い、小金を稼いでは下の子達の面倒を見ていた。
冒険者には10歳からなることが出来る。孤児院の先生は無理に冒険者になる必要はないと言ってくれたけど、少しでも力になりたいと思ったから10歳になってすぐに冒険者となった。
しかし、子供の冒険者が受けられるのはせいぜいお手伝い程度の事。もちろん給金は少なく、傾きつつある経営を立て直すほどの力はなかった。
なんとか安定した給金を得ようと、なけなしのお小遣いを使って短剣を買い、それで小型の魔物を退治して稼ぐことも考えた。
しかし、いくら小型とはいえ、短剣で対抗するには分が悪く、怪我をして余計に治療費がかかるだけだった。
どうしようもできない。そう思っていたときに現れたのがサジェット達のチーム『明けの明星』だ。
彼らは孤児院に多額の寄付をし、私達に温かい食事を振舞ってくれた。
私にとってはまさに希望の光とも言える人達だった。
聞くところによると、サジェットは貴族の三男坊で、各地を巡っては恵まれない子供達に寄付をしているのだという。
もちろん、いくら貴族とは言っても、三男が動かせるお金なんてたかが知れている。実際、チームの財政はかなり逼迫していたようだった。
それでも、私達のために力を割いてくれた。それがたまらなく嬉しくて、何か恩を返せないかと考えた。
その後色々あって、私はサジェット達のチームに入ることになった。
一緒に冒険をして、依頼で得たお金は孤児院に送ればいいと言ってくれた。
気が付いたら孤児であり、町の中くらいしか見たことがなかった私は、冒険という言葉に強く惹かれた。それに、孤児院の助けになれるならと二つ返事で了承したのだ。
それから三年。剣の技術も教えてもらい、一角の剣士を名乗れるくらいには力を付けたと思っている。
一人で狩れる魔物の数も増え、ようやくサジェット達に恩を返し始められた。
そう思っていたのに……。
もう彼らはいない。私は、一人ぼっちになってしまった。
なぜサジェットは私を庇ったんだろう。死ぬのは、私でよかったはずなのに……。
いや、そんなふうに思っちゃだめだよね。サジェットのためにも、繋げられたこの命を大切にしなきゃ。
遺体はルクスの町に埋葬されることになった。
ワイルドベアーという脅威を排除し、ドラゴンを追い払ってくれた英雄として、その名は永遠に語り継がれることになるだろう。
ドラゴンに助けられた私としては少し複雑だけど。それに事実とも少し違うし……。
まあ、悪評を流されるよりはましだろう。
墓に埋葬される彼らの姿を、私は最後まで見送った。
頼るべき仲間を失い、私は一人となってしまった。
これからどうするべきかを考えてみる。
幸い、サジェット達の鍛錬のおかげで、私はそこそこ剣術が使える。冒険者として活動することも可能だろう。
メルセウスさんに頼めば気の合いそうな仲間を紹介してくれるだろうし、そうでなくても先輩冒険者に頼み込んで厄介になるという選択肢もある。
どの町に行っても、必ず一人は見知った人がいるのだから不思議だ。そのおかげで寂しくないけど。
孤児院に帰るという選択肢はあまり取れない。
私はすでに孤児院を出てしまっているし、もう成人もしてしまっている。仮に帰るとしても、冒険者としての活動は続けていかなくてはならないだろう。
冒険者以外の職に就くというのも手だ。
幸い、孤児院の頃に色々仕込まれたから炊事や洗濯、裁縫などもできる。
メルセウスさんに頼めば、いい場所を紹介してくれるかもしれない。
さて、どう生きるべきか。
ふと、あのドラゴンのことが脳裏をよぎる。
サジェットに救われた命ではあるけれど、それ以上に救われたのはドラゴンだ。
治癒魔法がなければ、町までたどり着けなかっただろうし、無残なサジェット達の遺体を見てもっと心を痛めていたはずだ。
心も体も救われたのだ。
あのドラゴンならどういう風に生きることを望むだろうか。
もちろん、ドラゴンがそんなことを気にするはずもないのだが、ついつい考えてしまう。
結局、地面に描かれた文字についてはまだ解読できていない。
高度な呪文かもしれないし、遺体を守った代わりに報酬を要求する内容かもしれない。
でも案外、仲良くなりましょうとかそんな内容なのかもしれない。……流石にそれはないか。
ひとまず、今日を生きよう。
私は冒険者ギルドへと向かう。
ドラゴンが出たせいで街道の開拓作業は中止。代わりにドラゴンの行方の調査という依頼が加わっている。
ドラゴンの情報を掴んだ者にはどんな些細な情報でも金貨1枚を出す、か。
破格のような気がするが、ドラゴンの脅威度を考えれば妥当か、むしろ少ないと感じる人もいるかもしれない。
ルクスは開発のために資金を回しているので、そこまで財政はよくない。ドラゴンを倒した後のことも考えなければならないから、これ以上は出せないのだろう。
ちなみに、先の戦闘で情報を持ち帰った私達にはすでに報酬が支払われている。割と大金をね。
だから当面は生活に困るということはないのだけど、受けられる依頼があれば受けておきたいところ。
ドラゴンについては私も気になっていたし、この依頼でいいかな?
依頼書を剥がして受付に持って行く。
受付さんは私のことをとても心配してくれていたけれど、大丈夫だと返して受理してもらった。
とりあえず、一人で行くのは危険だから誰かに頼もうか。
現在は夕方。ギルドには酒場も併設されているので人は意外と多い。
すぐに知り合いが見つかり、明日の朝に出発しようということになった。
やはり知り合いが多いというのは便利だ。
私はギルドを出て宿へと向かう。
サジェット達が予約した宿だけど、こうして一人になっても使わせてもらっている。
サジェット達の分をキャンセルする時は酷く同情され、私の分のお代もいらないと言われたが、流石にそれは断った。
早いうちに正式なパーティを見つけないとなと思いながら歩いていると、不意に肩を掴まれた。
「ようやく見つけたぞ」
振り返ると、そこには女性が立っていた。
燃えるような赤髪に海のように深い青色の瞳。存在感を主張する胸が圧倒的で、非常に煽情的に見える。
しかし、その割には着ている服はぼろのような簡素なもので、靴すら履いていない。
それなのに、露出している肌は傷一つなく、まるで 貴族が身分を隠そうと変装しているようにも見える。いや、流石にボロボロすぎるが。
「えっと、なんでしょう?」
私は困惑した。
もちろん、私にこのような知り合いはいない。こんな綺麗な人だったら忘れるはずもないだろう。
大体三十代くらいだろうか、化粧すらしていないが、その表情は非情に妖艶で、見ているだけでくらくらしてきそうになる。まるで魅了にでも遭っているかのようだ。
「貴様のことを探していた。共に来い」
「えっと、知らない人にはついていかないことにしているので……」
どうにも強引だ。確かに暗くなってきたとはいえ、まだ人通りは多い。堂々と誘拐とも考えにくいだろう。もしそうだとしたらあまりにもお粗末すぎる。
女性は眉間に皺を寄せて不機嫌そうだ。
あんな言葉で私が付いてくるとでも思ったのだろうか? なんなんだろうこの人。
「貴様に会いたいという奴がいるのだ」
「はあ、誰ですか?」
新手の勧誘かなにかだろうか?
ならば律義に付き合う必要もないのだが、無視して逆上されても困る。
適当に話を合わせて退散するとしよう。
そう思っていたのだが、次に飛び出してきた言葉によって固まることになった。
「白竜だ」
「……えっ?」
白竜。聞き間違いでなければそう聞こえた。
白竜って、え、あの白いドラゴンのこと?
いや、冷静になれ私。ハクリュウという名前の人かもしれない。早とちりして話をややこしくしてはだめだ。
「ハクリュウ、さん?」
「名はない。白いドラゴンだからそう呼んでいる」
え、え、え!?
私の考えはあっけなく崩された。
どういうこと? この人は一体何者なの?
燻っていた警戒心が膨れ上がる。
この人は私に会いたい人がいるといった。それってつまり、その人からそう言われたってことだよね? でも、その相手はドラゴンだという。
もしその話が本当だとしたら、この人はドラゴンと話せるか、少なくとも意思疎通する手段を持っているということになる。
ドクンと心臓が跳ねた。
怪しいことこの上ないけど、この人ならもしかしたらあのドラゴンについて何か知ってるかもしれない。
依頼のことなんて頭になかった。ただ、あのドラゴンについて知りたいと思った。だから……。
「ついてきてくれるか?」
「……わかりました」
気が付けばそう返事していた。
何かの罠かもしれない。でも、本当のことかもしれない。
不安と期待がせめぎ合う中、私は覚悟を決めた。
感想ありがとうございます。




