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幕間:大地を踏みしめて

 ニクスの古い友人、カロンの視点です。

 わしは、死んだはずだった。

 友好的に接していた人間達に裏切られ、背中を穿たれ、魔石を割られ、ただの大陸へとなり下がるはずだった。

 しかし、どういう巡り合わせか、わしは生きながらえることができた。

 分体という、小柄な亀の姿となって、自由に大地を踏みしめることすらできるようになった。

 今にして思えば、とんでもない奇跡に巡り合ったものだ。

 わしを救ってくれた人間、モセには、感謝してもしきれないだろう。

 最近は、昔の友人であるニクスもやって来て、楽しい毎日を繰り広げている。

 いや、楽しいのは確かだが、ある意味で苦しい毎日かもしれないが。


『ふぅ……今日はこのくらいでいいかの』


『なにを言っている。まだノルマの三分の一にも達していないぞ』


 そう言って、ニクスは魔力水晶を押し付けてくる。

 どうやら、わしの本体は、長年風雨に晒され、さらに魔術装甲という人が取り付けた道具により、危ない状態にあったらしい。

 ここ最近まで、背中が痛くて仕方なかったが、それが原因だったようだ。

 今でこそ、ニクスらが何かしてくれたおかげもあって、痛みはだいぶ和らいできたが、このまま魔術装甲を装着したままの状態だと、微弱ながらも魔力を吸われ続けることになるとのこと。

 しかし、破壊しようにも内部の魔石が脆すぎて、現状だと攻撃を加えた時点でもろとも破壊されてしまう可能性が高い。

 だからこそ、魔物がするのと同じように、魔石を食らって、自らの魔石を強化し、破損を修復する必要があるわけだ。

 なので、こうして魔石の代わりに魔力水晶を食らっているわけだが、それがまあ数が多い多い。

 ニクスの話では、この辺りにある魔力水晶はすべてわしの魔石から漏れ出た魔力によって作られたものらしい。

 元は自分の魔力なので、吸収率自体はいいはずだが、体が大きすぎるのもあって、その量は一人で食べるのは不可能と思われるような量だ。

 そんなものを、できれば全部食らってくれと言われているのだから、堪ったものではない。

 もちろん、わしも今更死にたくはないし、魔石をどうにかしなくてはいけないのはわかるが、元がそこまで大食いではなかったわしからすると、日に一つ食べれば十分すぎるほどの量なのである。

 ニクスは、ノルマと称して、その何倍もの量を食らえと要求してくるのだ。それも毎日。

 これでは、せっかく外に出るようになったのに、食べているだけで日が暮れてしまう。


『のう、もう少しノルマを減らしてくれても……』


『甘ったれるな。これは貴様の命を守るためのものだ、妥協など許さん』


 そう言って、無理矢理にでも食べさせようと、魔力水晶を押し付けてくるニクス。

 理屈はわかるが、魔石の修復には、膨大な時間がかかるもの。

 確かに、これだけの量を一度に吸収出来れば、治りも早いだろうが、別に、そこまでして治す意味もないように思う。

 何しろ、魔術装甲が吸収する魔力は微弱なものだ。元々は、かなり強引に大量に吸収されていたようだが、そこはニクスがいじってくれたおかげで、標準値に戻っている。

 これくらいであれば、少なくとも死ぬことはないだろうし、そんなに焦って治す必要はないように感じるのだが……。


『我とて暇ではない。いつまでもここにいるわけにはいかんのだ』


『ニクスはわしの魔石が治ったら、どこかに行ってしまうのか?』


『当たり前だろう。どうして好き好んで貴様のような奴の側にいなければならん』


『そうかぁ、それは寂しいのぅ』


 元々、ニクスは一匹狼というか、過度に他人に肩入れするような性格ではなかったように思える。

 昔、海を漂うわしの下に訪れていたのも、ただの気まぐれだと言っていた。

 だが、今なら、それが好意の裏返しであるということがわかる。

 こうして世話を焼いてくれることもそうだし、共にいたフェルとルミエールのこともそうだろう。

 以前のニクスであれば、共に旅をすることなど考えもしなかったはずだ。

 そう考えると、だいぶ丸くなったのかもしれない。

 それはそれで、見ていて面白いものがある。


『ところで、あの二人とはどういう経緯で知り合ったんじゃ?』


『成り行きだ。白竜のの方は古巣に戻ったらいつの間にか居着いていたし、小娘に至っては白竜のの我儘の産物だ』


『ほう。つまり、あのルミエールには相当肩入れしとるんじゃな』


『その名で呼ぶな。あれは、勝手に小娘が名付けた名だ。正式な名は、成人してからつけるつもりだ』


『なんと、名付けまでするつもりなのか。そうかそうか』


 思った以上に肩入れしていてびっくりである。

 名付けなど、相当信頼している相手にしかやらないことだろうに、それをニクスがやるとは……。

 時の流れによって、ニクスが丸くなったのか、それともルミエールが特別なのか。

 確かに、ルミエールは、他にはない輝きを纏っているように見える。

 いや、輝きを纏っているという意味では、フェルも同じようなものだが、ルミエールの場合はベクトルが違う。

 うまく言葉にできないが、強大であり、且つ慈愛を感じる優しい力

 まだ子供のようだが、きっとこの先、大物になることだろう。


『何か言いたげだな?』


『いいや、なにも。しかし、そうか、これは面白くなってきたわい』


『言っておくが、白竜のに妙なことをしようとは思うなよ? 貴様が相手とて、何をするかわからん』


『わかっておるよ。ただの興味本位じゃ』


 このまま、魔石の修復が終われば、ニクスは彼女らとともに旅立つだろう。

 元が動かないものであるわしにとって、出会いとは一期一会のもの。友人と呼べる者も、時折会えればいいと思っている。

 だが、もし、この旅にわしが同行し、その成長を垣間見ることができたら、どれだけ面白いだろうか。

 丸くなったニクス、才能の塊であるルミエール、そして、そんなルミエールの伴侶であるフェル。

 きっと、今までとは比べ物にならない素敵な時を過ごせる気がする。


『……まあ、あえて邪魔する気にはなれんがの』


『どうした?』


『いいや、何も。さて、頑張って食べるかのぅ』


 旅に同行したいのは山々だが、わしがいてはニクスの成長を阻害してしまうだろう。

 最も成長するのはルミエールだろうが、ニクスもまた、ここにきて成長しているように思える。

 身体的な強さではなく、精神的な強さとして。

 その様子を間近で眺めたいという欲望はあるが、それで成長が損なわれては本末転倒だ。

 それに、友人と一緒にいる時間は楽しいが、長く居続ければ、それは時に毒にも変わる。

 わしは、その喜びを受け止め切れる自信がない。だから、やはり適度な距離を置いた方がいいのだ。


『むぐっ!? の、喉に詰まった……!』


『何をやってるのだ貴様は……』


 背中を叩きながら、呆れたような表情を見せるニクス。

 この幸せな時間がもっと続いてくれたらいいなと思いつつ、いつか来る別れを思ってちょっぴり寂しくなる。

 旅だったとしても、いつかまた会いに来てくれるだろうか?

 もし会いに来てくれるのなら、嬉しいな。

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