第二百十一話:カロンと年明け
その後、もう一度魔石を確認することにした。
いくら分体として生きると決めたとはいえ、このまま魔石が魔術装甲に覆われたままなのは問題があるだろう。
魔術装甲は、鎧の機能を果たしているから、魔石が完全に露出してしまっている今、外敵から身を守るという意味では必要なものかもしれないが、いくら吸収率を下げたとは言っても、最低限の維持コストは支払う必要がある。
つまり、今この瞬間にも、わずかながら魔力を吸収し続けているわけだ。
もちろん、魔術装甲の維持に必要な魔力はそこまで多くはないし、いくら割られて半分の大きさになっているとは言っても、カロンさんの魔石はかなり巨大である。
その魔力量を考えれば、無茶な吸収をしなければ、十分持つ可能性はあるだろう。
ただでさえ、大地からの魔力供給を受けているようだし、下手に動かさなければ、魔力を吸い尽くされて死に至る、ということもないはずである。
穴を塞ぐ手段が限られている中、防御という意味であえて魔術装甲を残しておくのは、ある意味で正解かもしれないね。
『一応、安定はしているのかな?』
魔石の様子だけど、特に変化はなかった。
強いて言うなら、最初に来た時に感じたような、禍々しい魔力は感じないので、特に注意する必要はなさそうである。
魔石自体の様子も、相変わらずひび割れたりして破損が酷くはあるけど、今すぐに砕け散るという心配はないだろう。
まあ、万全を期すなら、さっさと魔術装甲を外して、別の手段で魔石を守った方がいい気はするが。
『とりあえず、カロン、魔力水晶を食らえ。そして、魔石を直せ』
『うむ? そこまでせんでも、今の状態で十分じゃがのぅ』
『万が一ということもある。貴様は我に再び友を失う苦しみを味わえと言うのか?』
『ほっほっほ。このわしをまだ友と言ってくれるとはの。そう言うことなら、修復くらいはしてみよう。わしも、せっかく記憶が戻ったのに、すぐに逝ってしまってはつまらないからのぅ』
そう言って、カロンさんは魔力水晶を食らうことを了承してくれた。
一応、分体だから意味はあると思うけど、大丈夫かな。
とりあえず、あらかじめ持ってきていた魔力水晶を渡してみると、カロンさんは大きく口を開けて、それを丸のみにした。
『うーむ、味はなかなかじゃの。これを全部食べればいいのかの?』
『はい。できるだけたくさん』
『あまり食べるのは得意じゃないのじゃが、頑張るとしよう』
できることなら、このあたり一帯にある魔力水晶をすべて食らってほしいけど、元の姿ならともかく、今の分体の大きさでは、端から端まで歩くだけでもかなりの時間がかかるこの魔力水晶をすべて食らうのは無理があるだろう。
本人も言っている通り、元々が少食ということもあって、食べるのにはかなりの時間を要することになった。
ここに連れてきたのが大体お昼頃だったのに、すでに日は沈み、夜の帳が降りている。
しかし、それだけの時間が経っても、食べられたのはごくごく一部。手持ちの魔力水晶すら使いきれないとあっては、一体どれだけの時間がかかることやら。
『ニクス、魔石の様子はどうだった?』
『そこまで変わらん。量が足りないのか、それとも』
一応、それなりに食べたこともあって、一度魔石の様子を見てみたけど、状態はそう変わらなかった。
俺も一度見てみたけど、確かに見た目には大した変化はないように見える。
分体だから本体に反映されないのか? いや、だとしたら分体にも魔石があるということになってしまうし、そちらの方に何かしらの変化があってもおかしくない。
特に、この魔力水晶は元々カロンさんの魔力で作られたものである。であるなら、馴染むのも早いはずだし、何かしらのパワーアップを果たしても不思議はないだろう。
カロンさん自身は何か変化はないんだろうか?
『ふーむ、特に変わったところは見られんが』
『となると、まだ量が足りないのか……』
確かに、魔物が魔石を食らって自分の魔石を成長させる際に、特に何か意識していることはないだろう。
人で言うなら、骨を強くするためにカルシウムが多く含まれるものを食べるとか、その程度のことである。
目に見えて成長するのは、本当に大量に食らった時だけだろうし、まだまだ全然食べてない今の状況であれば、変化がないのは当然かもしれない。
いったいどれほどの時間がかかるんだろうか。冗談抜きで、一か月とかかかりそうである。
『どうするの、ニクス?』
『とりあえず、やるだけやって見るしかないだろう。心残りは消化しておきたい』
普段なら、面倒だと言ってさっさと去りそうなものなのに、今回はきちんと最後まで見守る気のようである。
まあ、死んだと思っていた昔の友人みたいだしね。再び会えたことで、ニクスにも何かしら感情の変化があったのかもしれない。
『……あっ、日の出が……』
そうしてしばらく付き合っていたけど、途中でカロンさんが食べ疲れたというので休憩していたら、ちょうど日が登ってきていた。
そう言えば、元々ここに来た理由は、フェルに幻獣として生まれてから最初の日の出を、山の頂上で見させることが目的だったような気がする。
ある種の願掛けではあるが、そうすることで、もしかしたらパワーアップできるかも、ということらしい。
まあ、どれほど効果があるのかは知らないけど、初詣みたいだし、楽しそうだなと思っていた。
今、年明けまでどれくらいなんだろう。カロンさんのごたごたのせいで、すっかり忘れていた。
『ニクス、そういえば……』
『わっ!?』
と、そんなことを思っていると、不意にフェルが声を上げた。
振り返ってみると、フェルの体が淡く輝いている姿が目に入った。
い、いったい何事?
『……ふむ、どうやら、今日がその年明けだったようだな』
『年明け……でも、ここは山じゃないよ?』
『周りを見て見ろ、他の場所と比べて、だいぶ高い位置にある。そして、ここはその中で最も高い場所。山頂の条件は満たしていると言っていい』
確かに、辺りにそびえる魔力水晶は、まるで山のように見えないこともない。
ちゃんとした山というわけではない気がするけど、カロンさんも、元は大陸と呼ばれていたような存在だし、山と言われても納得できるかもしれない。
じゃあ、今のフェルは、何かしらのパワーアップを果たしているというわけか。
『な、何が起こってるんです?』
『黙ってそれを受け入れよ。そう悪いものではない』
『は、はい……』
フェルの体は、しばらく光り輝いていたが、やがてそれも落ち着き、元の姿を取り戻した。
一体何が変わったのかはよくわからないけど、一応、年明けを無事に祝うことはできたのかな。
カロンさんの問題が完全に解決したわけではないけれど、それも時間の問題だろうし、フェルもパワーアップしたとあれば、文句はない。
俺は、遠くで登りゆく太陽を見つめながら、そっと祈りを捧げた。
今回で第七章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第八章に続きます。




