第二百十話:カロンの恩人
『懐かしいのぅ。あの時は混乱したものだったが、小さな体というのも存外悪くない。はしゃいで森を駆けまわるくらいには浮かれておったのぅ』
昔を懐かしむように、そんなことを呟くカロンさん。
分体になっていたのは、どうやらそのモセさんが原因っぽいけど、わからないことも多い。
モセさんは、どうやってカロンさんを海の真ん中で見つけたのか、とか、なぜそこまでのことをしてくれたのか、とか。
今のところ、モセさんがカロンさんを助けることによって、得られるメリットが見当たらない。
一体どんな人物なんだろうか。
『カロンさん、そのモセって人は、どんな種族だったんですか?』
『うむ。姿形は人間に近かったの。白い口髭を蓄え、巨大な杖を持った老人じゃった』
『え、人間なんですか?』
てっきり、そんなことができるんだから、幻獣だと思っていたんだけど、これは想定外である。
幻獣であれば、転移させることも、分体を作り出すことも、もしかしたらできるかもしれないけど、人間でそんなことできる人いるんだろうか?
ちらりとニクスの方を見る。
ニクスは、先ほどから何やら考え込むように黙りこくっているけど、何か思い至る点はないだろうか。
『モセ……どこかで聞いたことがあるような気がするが……』
『ニクス、知ってるの?』
『引っ掛かりはあるが、なかなか思い出せん。くそ、この死にぞこないが思い出しているというのに』
『ほっほっほ、なに、気にすることはない。わしはモセに救われた。ただそれだけのことじゃよ』
先程まで、何も思い出せなかったカロンさんと、ニクスの立場が逆転している。
まあ、もし人間だったとしたら、すでにこの世にはいないだろうし、気にする必要はないのかな?
もし調べるとしたら、そんなに凄い人なら何かしらの文献に残っていそうだし、それを調べるのも手かもしれないけど。
文献と言えば、領主の家で見た本だけど、流石にあれには関係していないかな?
『……あ、そう言えば、持ってきちゃってた』
そう言えばと思い出し、懐から本を取り出す。
あれから、おじいさんのごたごたとかがあって、結局返すことができていなかったんだよね。どうしよう。
まあ、元々処分する予定の本だったみたいだし、別にいいかな。
どうせ、もうあの町に行くことはないだろうし、本一冊のためにわざわざ危険を冒すのもばかばかしい。
あのおじいさんにはあまりいい思い出がないし、気にしなくていいだろう。
『何か載ってるかな』
ないとは思うが、試しに本にモセさんの記述がないか見てみる。
魔術装甲に関しての記述が多いけど、流石にモセさんの名前は……。
『……あった』
記述の数自体は少ないけど、確かにモセさんの記述があった。
それによると、どうやらモセさんは優れた魔術師だったらしい。賢者とも呼ばれ、世界でも有数の強者として、認識されていたようだ。
数々の奇跡を残しているようだけど、この本には具体的な内容は書かれていないようで、ちょっと気になる。
しかし、なんでこの本にモセさんの記述が?
『……』
読み進めていくと、信じられない事実が書かれていた。
モセさんは、この地に立ち寄った際に、とある子供に救われたらしい。
具体的に何をしたのかは書かれていないけど、とにかくその縁で、一時的に国に協力することになったようだ。
その当時は、すでに戦争末期であり、魔術装甲の技術で、いくつかのアドバイスをしたようだ。
その際に、もっと効率のいい魔力供給手段はないかと問われ、モセさんは一つの提案をした。
それが、魔物の魔石と、大地の魔力を組み合わせ、魔力水晶を作るという策。
魔力水晶は、当時でもかなり重宝されており、場合によっては、魔術装甲を着るだけで、驚異的な力を身に着けることも可能だった。
しかし、魔物の魔石を利用すると言っても、ただの魔物では生産できる魔力水晶の数はたかが知れている。
そこで考えたのが、とてつもなく巨大な魔物の魔石を用いることだ。
でかければ、それだけ内包している魔力も増える。そうして見つけたのが、カロンさんだったというわけだ。
つまり、カロンさんの願いを聞いたのは、優しさではなく、私的な理由が絡んでいたということである。
分体を与え、本体から意識を追い払うことで、物言わぬ生きた魔石を作り出し、それを使って魔力水晶の生産をする。
最初見た時は、なんて酷いことをと思ったものだが、まさかやったのがカロンさんの命の恩人だったとは……。
『どうした?』
『いや、なんでもない……』
この事実を伝えることは簡単だけど、カロンさんは、モセさんのことを恩人だと思っている。
今更このことを伝えて、落ち込ませるのもあれだし、これは言わない方がいいかな……。
『いや、すっきりしたわい。胸のつかえがとれたようだ』
『それはよかった』
『で、カロンよ。貴様結局本体に戻る気はあるのか?』
しばらく喜びで小躍りしそうな勢いだったが、ニクスがそう問いかけると、あごに手を当てて考える仕草をする。
記憶が戻った今、あえて戻る意味もない。それに、元の姿に戻れば、再び大陸としての役割を求められ、ほとんど動かない生活を送ることになるだろう。
しかも、元々は海に住んでいた者だし、こんな内陸で元に戻っても、不便というのはある。
果たして、カロンさんは今でも戻りたいと思っているんだろうか?
『いんや、もう必要はないじゃろう。まあ、背中の痛みの原因がわかったから、それをどうにかしたい気持ちはあるが、それにしても、戻れば余計に対処が難しくなるじゃろうて』
『ならば……』
『うむ。わしはこのまま分体として生きることにするよ。忘れていた目的も思い出すことができたし、どこかの村に顔を出すのもいいのぅ』
そう言って、うむうむと頷いている。
人との交流に関しては、まだ諦めたつもりはないらしい。
まあ、この姿なら、ギリギリ人にも受け入れられる、のか?
いや、仮に受け入れられたとしても、そもそも言葉が通じないだろうから、まずはそこを覚えるところから始めないといけないかもしれない。
この状態で人化の術が使えれば、一般的な大きさになれる気もするけど、流石に重ね掛けしているような状態だし、無理があるかな。
『水を差すようで悪いが、今の時代では神の遣いは廃れている。貴様が無防備に村に向かったとて、追い出されるだけだぞ?』
『む、そうなのか? 時の流れは早いのぅ』
カロンさんにとっては残酷な事実を突きつけるも、カロンさんは気にした様子もない。
ちょっと心配ではあるけど、とりあえず死ぬことがないのなら、いいのかな。
もうあの町には行かないと言ったけど、橋渡しくらいはしてもいいのかもしれないね。
そんなことを考えながら、嬉しそうなカロンさんを見守った。




