第二十一話:不可解な点
冒険者、フェルミリアの視点です。
ドラゴンが飛び去った後、私達は遺体を検めていた。
ワイルドベアーによって蹂躙されたはずの遺体、そして、先程の戦闘で容赦なく踏みにじられ、破壊されたはずの遺体。
だが、それらは誰一人欠けることはなく、また傷一つない状態で横たわっている。
「それじゃあ、あのドラゴンが遺体を守っていたって言うの?」
「馬鹿な。ドラゴンがそんなことをするなど聞いたこともない」
私はリーダーの二人に自分の考えをぶつけてみたけど、ナシェさんは疑問を、セインさんに至っては全く信じていないようだった。
確かに私だって信じられない。でも、こうして綺麗な状態で遺体が残っていることが何よりの証拠でもある。
あのドラゴンはやはり何かが違うのだ。
「綺麗に並べれれていますし、武器や防具もまとめられています。あのドラゴンがやったのでないとするなら、一体誰がこんなことをするんですか?」
その疑問に、二人とも押し黙る。
仮に、この五日の間に誰かが通りかかり、親切にも治療を施したとして、どうして町に報告が上がっていないのかがわからない。
普通、遺体を見つけたら遺品を回収して近くの町に届けるか、切羽詰まった状態なら道具を奪って放置していくはずだ。
前者なら町に報告がきてないのは不自然だし、後者なら武器を含めてアイテムがまとめられているのに説明がつかない。
仮に治療したのが最近で、まだ報告が上がってきていないのだとしても、ならばなぜドラゴンは遺体を前に寝ていたのかという疑問が残る。
ドラゴンにとって人はご馳走だ。目の前に遺体の山があれば間違いなく食らうだろう。
でもあのドラゴンはそれをしなかった。つまり、あのドラゴンは遺体を守ってくれていたのではないかという結論に至る。
「まあ、確かに妙なドラゴンだった。こちらの攻撃はほぼ堪えた様子はなかったが、あれだけ攻撃して反撃らしい反撃を一度もしてこなかったのは気にかかる」
「相手にもされてない、とも違うわよね。あれは初めから攻撃する気がなかった、というべきだと思うわ」
ドラゴンに戦いを挑んだとして、死人が誰もいない状態で戦闘を終えるのは極めて稀だ。ましてや、怪我人もいないとなれば奇跡と言っていい。
いくら子供だとしても、ドラゴンの力は強大だ。
例えばさっきの戦闘、ドラゴンは何もしてこなかったけど、ブレスを吐かれただけで軽く五人くらいは死んでいただろう。
いくら正面に立たなかったとしても、ドラゴンの意思一つで方向などいくらでも変えられるのだから。
よくて大怪我、悪くて死亡。それがドラゴンのブレスだ。
まあ、このパーティだったら、ナシェさん達が防御魔法を張り、『紅蓮の翼』のタンクが盾を構えれば、多少は耐えられたかもしれないが、とっさにそれができるかはわからない。それに、仮にできたとして完全に防げるわけではないのだ。
「……もしかしたら、まだ人の味を覚えていないのかも?」
ナシェさんが言った言葉に少し納得ができた。
あのドラゴンは、きっと今まで人を食らったことがない。だから、人間のことを餌ではなく、何か別のものとして見ているのではないか。
仮にそうだとしても攻撃してこなかった理由はわからないけど、少なくともあのドラゴンは人間を狩るべき対象とは思ってない。
「確かに、あのドラゴンはかなり小柄だった。生まれてからまだ数年程度なんじゃないか?」
「でも、ドラゴンは子供を一人前になるまで大事に育てる習性があるはずよ。そんな幼体を人里に近づけるかしら?」
そう、ドラゴンは子供をとても大事にする。
元々子供が生まれにくい種族であり、だからこそ子孫を失ってはならないと種族全体で大切に育てる。
だから、子供のドラゴンが目撃されるケースは極めて稀だ。
あるのは親のドラゴンを伴った移動、そしてもう一つは、はぐれの可能性だ。
「十中八九はぐれだろうな。子供の時点で見つけられたのは僥倖だが、場所が悪い。森に分け入って探すのは一苦労だぞ」
「私の探知魔法でもすでに範囲外みたい。巣は結構遠いのかもしれないわね」
人の味を知らないはぐれドラゴン。でも、あのドラゴンの優しさはそれだけでは説明がつかないと思う。
だいぶ論点がずれてきているけど、結局遺体を治癒した理由がわかっていないのだから。
あのドラゴンには、もう一度会わなければいけない気がする。
「ひとまず一度引き上げるしかないわね。方向だけは記録しておきましょう」
「遺体も持って帰らないとな。そうだ、先程は遺体を踏んだりしてすまなかった」
「いえ……」
セインさんが謝ってくる。ドラゴン討伐のためならまったく気にしないという風だったけど、一応悪気はあったらしい。
まあ、実際には遺体は傷もなく綺麗な状態だったのでそこまで怒ってはいない。
他の冒険者にも指示を出し、遺体を担いでいく。
私もサジェットの遺体を運ぼうと近づいた時、ふと地面に何か書かれているのに気が付いた。
「これは……?」
先程の戦闘の影響か、だいぶ掠れてしまっていたが、確かに何か書かれたような跡がある。
かろうじて読める部分はあるが、何と書いてあるかまではわからない。
これは、何だろう。見たことのない文字だ。
もちろん、前に来た時はこんなものなかったはずだ。とすると、この五日間の間に書かれたものになるけど、一体誰が?
「……まさかね」
一瞬あのドラゴンのことが頭をよぎった。
あのドラゴンが、あれからずっと遺体を守ってくれていたのだとしたら、この場にいたのはあのドラゴンだけだろう。当然だ、誰が好き好んでドラゴンに近づこうというのか。いたとしても、それは魔物の類だろう。
文字を書いたということは、知恵があるということだ。そこらの魔物にそんなことが出来る知恵があるとは思えないし、あったとしてもドラゴンのいる前でそんなことをするとは思えない。
ならばこれを書いたのは……。
人を助ける不思議なドラゴン。あのドラゴンなら、知恵を持っていてもおかしくはない。
でも、ありうるのだろうか?
ドラゴンは総じて知恵のない魔物だと言われている。普通に考えたら、ドラゴンが文字を書いたなんて誰も思わないだろう。
私だってそう思う。けど、ドラゴンに助けられたことがその思考を狂わせる。
あのドラゴンは何かを伝えようとしていた。言葉では伝わらないから、文字で伝えようとした?
ドラゴンに文字の文化があるかはわからない。だけど、これは未知の文字だ。これがドラゴン語というなら信じてみてもいいかもしれない。
「ナシェさん、ちょっといいですか?」
ひとまず、私は一番知識が豊富そうなナシェさんに頼ることにした。
アイテムの整理をしていたナシェさんに、地面に描かれた文字を見せると、眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。
「見たことがない文字ね。古代語……? ごめんなさい、わからないわ」
「そうですか……」
ナシェさんですらわからないのか……。
でも、もしかしたら古代語かもという話ではあった。
確かにドラゴンは古代から存在する種族だし、古代語を修得していてもおかしくはないか?
「後で調べてみるわ」
「お願いします」
とりあえず記録だけして今回は戻ることにした。
帰り際、ちらりとドラゴンが飛び去った方角を見てみる。
遺体を守ってくれていた優しいドラゴン。私はそっと頭を下げると、みんなの後に続いて帰路についた。




