第百九十九話:大穴の底
二人を伴って、もう一度あの場所へとやってくる。
ニクスは、剣山のように広がる水晶の山を見た時、眉をひそめていたけど、特に何も言うことなく、ついてきてくれた。
『これなんだけど、どう思う?』
『確かに、何かが閉じ込められているようにも見えるね』
『十中八九、当たりだろうな。魔力の質がかなり違うのが気になるが、これが頭で間違いないだろう』
二人とも、これが頭というのに賛成のようである。
ようやく本体を見つけられた、と喜びたいところだけど、問題なのは、この状況だ。
ここに頭があるということは、先ほどの大穴を含めて、このあたり一帯はすべてカロンさんの本体ということになりそうだけど、そのこと如くが、水晶で覆われているのである。
確かに、自然に侵食されているかもしれないとは言っていたけど、寄りによって水晶?
しかも、その水晶は、本体の頭を覆い隠すほどに成長しているし、どう考えても普通の水晶とは思えない。
そもそも、この状態でちゃんと生きているんだろうか?
あの分体が実は幽霊で、死んだことに気づいていないとかじゃないよね?
『肉体としては仮死状態のようなものだな。ほぼ死んでいるようなものだ』
『ちゃ、ちゃんと生き返る?』
『分体の意識が戻ってくれば、活動を開始することはできるだろう。問題は、この水晶だが……』
ニクスは、手近な水晶を手折る。
思ったよりも脆いのか、水晶は簡単に折れたけど、体をすべて露出させようとなったら、途方もない時間がかかるだろう。
この状態で戻っても、水晶によって固定されて動けないだろうし、このままでは、きちんと見つけたとは言えないかもしれない。
ニクスは、折った水晶を一通り眺めた後、その辺に捨てる。
少し不気味な水晶だけど、これは一体何なんだろうか?
『これは魔力が結晶化したものだ。人共の間では、これを魔法の触媒として使うところもある』
『魔力の結晶……確かに、あの穴からは何か魔力が沸き出ていたようにも見えたけど』
『恐らく、傷の奥にある残された魔石の魔力が漏れ出ているのだろうな』
『た、大変じゃない!』
カロンさんは、以前に人から魔石を奪われたことによって、かなり衰弱している。
その際、割られた魔石の半分は、カロンさんの体内に残されていたようだけど、その魔力がこうして漏れ出しているということは、命を削っていると同義だ。
このまま魔力が漏れ出し続ければ、カロンさんの死は免れないだろう。
早いところ、傷を塞ぎ、魔力の流出を阻止しないと!
『ただ、気になることがある』
『気になること?』
『ああ。まず、この魔力は、我が知っているカロンの魔力をあまりにも異なる。まるで、何か別の魔力で塗りつぶされたかのようだ』
本来、魔石の魔力が変質することはない。
いや、純粋な魔石だけの場合、人々の手によって、変換作業をすることによって、色々と手を加えることはできるらしいのだけど、魔物の体内にある魔石は、その魔物が死ぬまでは変質することはほぼない。
あるとしたら、名付けをされて強化された場合くらい。
カロンさんは魔物ではなく幻獣だが、名付けの法則自体は当てはまる。だから、その可能性がないことはないが、ニクス曰く、カロンさんは、ニクスが出会った当初から、名前を持っていたようだ。
つまり、その当時から知っているニクスが、あまりに違うというのなら、何か別の要因で変質したことになる。
『それに、いくらカロンの魔石が巨大とはいえ、すでに数百年以上経っている。あの頃から魔力が漏れ出し続けているのなら、とっくに枯渇しているはずだ』
『なるほど……』
確かに、それは妙な話だ。
とっくに尽きているはずなのに、なぜか魔石はまだ生きている。
魔力が変質していることと何かしら関係があるんだろうか?
『何かが魔石の不足分を補い、生きながらえさせている。そうでなければ、カロンはとっくに死んでいるだろう』
『その何かってなんだろうね』
『そこまではわからん。調べるなら、実際に魔石を見るのが手っ取り早いが……』
そう言って、ちらりと大穴の方を見る。
魔石を見る、すなわち、あの大穴を降りていくということだ。
見ているだけで、寒気がしそうなあの大穴を降りていくのは、少し勇気がいるけど、でも、調べて見ないことには、応急処置すらできない。
ここは腹をくくるしかないかなぁ……。
『何かよくないものの気配を感じる。降りるなら、浄化の手段は常に用意しておけよ』
『ニクスは来ないの?』
『我も行く。だが、一人は不測の事態の時のために、残る必要があるだろう。小娘、頼めるか?』
『お任せください。何かあったら、助けに行きます』
『いいだろう。では白竜の、行くぞ』
いつもなら絶対行かないであろうニクスがついてきてくれるのは心強いが、何かよくないものがいるというのは俺も何となく感じる。
魔物が巣くっている可能性もあるのかな? これだけの大穴なら、住むことはできそうだし。
とにかく、十分警戒していくとしよう。
俺とニクスは、フェルに見送られながら、慎重に大穴を降りていく。
『なんか、階段が見えるんだけど……』
『背に乗っていた人が作ったものだろうな。こんなことをしてまで自分達の救世主を苦しめようとは、人とは本当に愚かなものだ』
穴の中は、すり鉢状になっているようだ。
外周には緩やかな円を描くように階段が設置されており、ところどころには休憩所と思しき小屋のようなものも見える。
まあ、そのほとんどは水晶に覆われていて、使いものにならないが、人々はこうまでして魔石が欲しかったのだろうか。
確かに、これほど巨大な幻獣の魔石となれば、相当な力にはなりそうだけど、そもそも魔石は、人が使いこなせるものではない気もする。
魔道具というものも存在するけど、あれも本来の使い方じゃないだろうし。
何となく、悲しい気持ちになりながら、ゆっくりと降りていく。
『魔力がだんだん濃くなっていってる……』
『やはり妙だな。ここまでの魔力が残っているとは思えない。一体何を仕込んだ?』
ニクスの体の炎を頼りに、暗い穴を進んでいく。
しばらくして、底に辿り着いたのか、地面が見えた。
てらてらと不気味に輝く巨大な石。恐らく、これがカロンさんの魔石だと思われる。
ただ、魔石にしては、妙な輝きを放っている。
なんというか、言葉では言い表せないんだけど、強いて形容するなら、タールの海、って感じかな?
淡く輝く薄紫色の光が、ほんのりと辺りを照らしている。
魔石と思われるものの表面には波打つ液体が常に流れていて、辺りに腐臭を振りまいている。
とてもじゃないけど、普通の状態とは思えない。
触りたくないなと思いながら見ていると、同じく飛びながら眺めていたニクスが震えていることに気が付いた。
もしかして、何か知っているんだろうか?
俺は、これが何なのか確かめようと、ニクスに話しかけようとした。




