第百九十五話:かつて海にいた者
拠点に帰ると、すでにフェルは帰ってきていた。
戦果を聞いてみたけど、やはり空振りに終わったらしく、それらしい片鱗すら見つけることはできなかったとのこと。
話を聞く限り、それなりに遠くに探しに行っていたようなんだけど、それでも見つからないとは。
本当に、俺達の足で一か月とかかかる距離にあるんだろうか?
『まったく、助けても何の得にもならんだろうに、ご苦労なことだ』
ニクスは、フェルが作ってくれた料理を食べながら、そう悪態をつく。
まあ、確かに、助けても見返りは正直期待できないよね。
あの場所を住処として提供してもらえるなら、フェルの試練を達成することはできるかもしれないが、本来、住処を探すのはそんな苦労して行うものではない。
いや、苦労はするかもしれないが、今回のように、誰かの願いを聞いた見返りとして手に入れるというようなベクトルではないだろう。
ただ試練を達成するだけなら、それこそ別の場所を探せばいいだけの話であって、あえて協力する理由もないと言えばないが……。
『でも、困っている人は助けないと』
『貴様のお人好しさには心底呆れる。いつか、足元をすくわれても知らんぞ?』
『そうならないように頑張るよ』
『手を貸さないという努力をして欲しいがな』
それにしても、あの亀の魔物、一体何者なんだろうか。
確かに、亀の魔物はそれなりにいるし、中には巨大な個体もいるだろう。
しかし、島と見まがうような巨体を持つ亀など、そうそういないと思う。
何らかの理由で変異した個体とか? でも、魔石を食らえばその強さを吸収できるというのはあるけど、体がそんなに大きくなるとは思えない。
ちょっとよくわからないな。
『ニクスは、その魔物が何なのかわかったりしない?』
『島ほどの大きさがある巨大な亀と言ったか? アイランドタートルとか言う島亀がいるから、それじゃないか?』
『そんなのいるんだ』
アイランドタートルは、その名の通り、島のように巨大な亀らしい。
その性質上、甲羅の上に自然が生成されることが多く、なんなら人が暮らしているパターンすらあるという。
アイランドタートルは、自ら動くことはほとんどなく、ただ流されるがままに存在しているらしいけど、なんか凄いファンタジーな生物だね。
食事とかどうしてるんだろうか。海藻でも食べてるんだろうか?
『ただ、アイランドタートルが陸に上陸するなど聞いたことがない。この辺りが昔は海だったというわけでもないし、そこは少し妙だな』
『わけあって、とは言ってたけど、なんなんだろうね』
仮にそんなアイランドタートルだったとして、自ら動くことがほとんどないのに、こんな海から離れた場所に来ているのは確かにおかしい。
自分で来なかったというなら、誰かに連れてこられたってことになると思うんだけど、そんな巨大な存在を移動させることができる人なんているだろうか?
いくら魔法の存在があるとは言っても、流石に無理だと思うけど。
台風のような自然災害? いや、それでも無理があるよなぁ……。
『他に可能性があるとすれば……いや、それはないか』
『何か心当たりがあるの?』
『そう言うわけではないが、知り合いに、亀の幻獣がいてな』
ニクスの話では、その幻獣は、居場所を失った人々を背に乗せ、住処を与えることで、命を救ってきたらしい。
ニクスは、何度でも転生できるという特性から、かなり昔からの知り合いがいるようなのだけど、その幻獣とは以前に海で会ったらしく、今も健在なら、もしかしたらここに来る可能性もあるとか。
『と言っても、これはないに等しい可能性だ。なにせ、奴はすでに死んでいるからな』
『そ、そうなんだ……』
その幻獣も、他の幻獣と同じく、最初は人々の感謝されていたが、やがて人々はその幻獣に対する感謝を忘れ、背中の上を好き勝手にいじるようになったらしい。
別に、その幻獣にとって、人々が平穏に暮らせるなら、多少のことはどうでもいいと思っていたようなんだけど、人々はあろうことか、その幻獣の命の源である、魔石に手をつけようとした。
ありとあらゆる方法で甲羅を傷つけ、抉り、破壊していった。
どうにかしようにも、甲羅の上に上った人々をどうにかする手立てはない。いや、無理矢理動いて海に叩き落とすことはできたが、人々を救わなければならないという使命を持っていたその幻獣は、その選択を取ることはできなかった。
やがて、魔石に到達した人々は、それを割り、それぞれが力を手にした。
ただ、人々が進撃できたのはここまで。
罰が当たったのか、急遽嵐に見舞われ、人々は全滅した。
本来なら、幻獣の守りによって、嵐でもびくともしない地盤だったけれど、魔石を奪われたことによって、力を失った幻獣は、人々を守ることができなかった。
幻獣は、誰もいなくなった背中を気にしながら、ただ潮の流れに身を任せていたという。
ニクスが最期に見たのは、背中に大穴が開いた幻獣の姿だったのだとか。
『人も酷いことをするもんだね』
『そうだ。自分達を救ってくれた存在を、自ら殺め、それが原因で自滅するなど、愚かにもほどがある』
『でも、その幻獣って、本当に死んじゃったの?』
俺が思ったのは、実はその幻獣が生きていて、ここに辿り着いたという説だ。
ニクスの話が本当なら、その幻獣は、背中に大きな傷を負っているはずである。
そして、カロンさんも、背中が痛むと言っていた。
これはつまり、その幻獣こそがカロンさんであり、どうにか生き延びて、この地に根を下ろしたってことなんじゃないだろうか。
『まあ、なくはない。魔石を割られたとはいえ、すべてを失ったのではないなら、幻獣は死なん。他の魔物に襲われて、というのも、奴なら島として認識されるであろうし、生き延びた可能性もあるだろう。だが、そうだとしても、陸に来る理由にはならんだろう』
『まあ、それはそうだけど』
元々、海で暮らしていた幻獣が、わざわざ陸に来る理由はないはず。
外敵に襲われて、という可能性も、その性質上ないわけだし、あるとしたら、背中の傷を癒すためと言ったところだろうか。
傷に潮風はきついだろうしね。
『そもそも、奴に仮の姿を出現させる、などという能力はなかったはず。それに、もし奴がこの地に来ていたとしたら、我が気付かないはずがない』
確かに、ニクスはそれ以降に、この地に拠点を作り上げている。
知り合いの気配くらい感じ取れるだろうし、ニクスが気付かないのはおかしいか。
でも、そうだとしたら、本当にカロンさんは何者なんだろう?
仮に、先に出たアイランドタートルなんだとしても、それにしては力を持ちすぎなような気がするけど……。
『そんなに気になるなら、会ってみては?』
『ああ、確かに』
フェルの言葉に、ピンとくる。
もし、カロンさんがニクスの知り合いなら、会えばすぐにわかるだろう。
たとえあれが仮の姿だとしても、魔力までは誤魔化せないだろうし、本体の魔力を知るニクスなら、判別できるはず。
『なぜ我がそんなことをしなければならん』
『でも、気になるでしょ?』
『奴はあそこで死んだ。我にとっては、それだけのことだ』
そう言って、そっぽを向くニクス。
でも、思わぬ関係が明らかになった。
カロンさんが本当に件の幻獣なのかはわからないけど、うまく乗せれば、ニクスの協力を引き出すこともできるかもしれない。
これは、もうちょっと粘ってみようかな。
そんなことを考えながら、ニクスを説得する手立てを考えた。
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