第百九十三話:亀の主
翌日。俺は早速、その主とやらに会いに行くことにした。
ニクスは機嫌が悪く、特に会話することもなかったけど、止めることもなかったところを見るに、どちらでもいいと思っているのかもしれない。
まあ、仮にその主がフェルのことを騙していて、襲い掛かってくるようなことがあったとしても、多分大丈夫だとは思う。
いざとなれば、魔法で応戦することもできるし、最終手段のブレスもある。
ユグドラシルでの修行で培った強さは今も生きているからね。そうそう遅れをとることはないだろう。
『で、どこにあるの?』
『こっちだよ』
フェルの案内の元、森の中を進んでいく。
森には雪が降り積もっており、歩くとサクサクと雪が沈み込んでいく。
この感覚も懐かしいなと思いつつ進んでいくと、しばらくして洞窟が現れた。
確かに、人工的に掘られたもののようで、入り口には支えしていたと思われる柱の残骸が転がっている。
なんか、大きな衝撃を与えたら崩れそうな雰囲気ではあるけど、まあ、多分大丈夫だろう。
『ギギ、フェル、来た』
『待ってた、待ってた』
入り口に差し掛かると、洞窟の中からぞろぞろとゴブリン達が出てくる。
いずれも、汚れた服を着て、手には錆びた剣やこん棒などの武器を持っている。
なんか、ゴブリンにしてはちょっと上等な装備な気がする。
普通のゴブリンは、もっとぼろぼろの服だし、武器に関しても、木切れとかを持っていることも多い。
武器を持っているというだけでも、それなりに知能が高いのがわかる。
『フェル、そいつ、誰?』
『この子はルミエール。私の、そ、その、伴侶だよ』
『よろしく』
改めて伴侶という言葉を聞くと、なんだか恥ずかしいな……。
まあ、ユグドラシルで幻獣の試練を受けたあの時から、いや、もっと前からフェルのことは大切な存在だと思っているし、そう言われるのは悪くない。
俺も、それが当然といった態度で返事をする。
『ギギ、よろしく』
『ルミ、主、助けられる?』
『それは見て見ないとわからないかなぁ』
一応、治癒魔法は使えるよと、軽くゴブリン達の傷を治して見せる。
魔物の中で、傷を負っていない者はかなり少ないからね。
まあ、傷は今までの経験の証という意味もあるから、安易に治したのはよくなかったかもしれないけど、ゴブリン達は嬉しそうだった。
『これなら治せるかもしれないし、主のところに案内してくれる?』
『わかった、わかった、ついてこい』
そう言って、洞窟の中へと戻っていく。
この洞窟、かなり広くて、本来の姿のフェルですら余裕で通れる広さがある。
人が作ったにしてはやけに広いけど、一体何のための洞窟なんだろうか。
鉱山っぽいと言えばそうだけど、その割には道具が見当たらないし。
全部風化しちゃったのかな? まあ、気にすることではないかもしれないけど。
『こっち、こっち』
案内されるがまま、洞窟の中を進んでいく。
途中、若干狭いところもあったけど、特に引っかかることもなく進んでいき、やがて、行き止まりに出た。
そこには、一匹の亀がいる。
いや、これを亀と言っていいのか?
確かに、背中には立派な甲羅を持っているし、容姿も亀っぽい。
ただ、普通の亀と違って、二足歩行である。
片手に杖を持ち、妙に人間臭い表情見せるその亀は、フェルと俺の姿を見て、にこりと笑った。
『ほっほっほ、また来てくれたんじゃな』
『うん。まだ背中は痛い?』
『うむ。こればかりは、仕方のないことじゃが、最近はあまりに痛みが酷くての。誰かに縋りたい気分だったんじゃよ』
そう言って、片手を背中に回す亀。
全然届いていないのは置いておいて、これ、なんの魔物だ?
宝石亀、ではないのは確かだろう。甲羅も普通の甲羅だし。
特徴があるとすれば、尻尾だろうか?
なにやら細長く、その先端には口らしきものがついている。
遠くから見れば、蛇か何かに見えるかもしれないけど、それが尻尾のように生えているのである。
尻尾が蛇の亀? ますますわからない。
『それにしても、ここにきてドラゴンを連れてくるとは。おぬしの協力者というのは、随分と珍しい種族なのじゃな』
『協力者って言うのは別にいるんですけど……この子はルミエール。私の伴侶です』
『おお、番じゃったか。ならば、わしも改めて自己紹介をしようかの』
そう言って、こほんと咳払いを一つした後、名乗りを上げた。
『わしはカロン。元は、遥か東に住んでおったが、わけあってここに移住してきた爺じゃよ』
亀改め、カロンさんは、そう言って頭を下げる。
名前持ちじゃないかとは思っていたけど、本当に持っていたか。
見た目はそんなに強そうには見えないけど、魔力的なことを言うなら、かなりのものを持っている。
年を経て、蓄積してきたものもあるかもしれないけど、ゴブリン達を束ねる器であるのは間違いないようだ。
『フェルが紹介してくれましたけど、俺はルミエールです。背中が痛いって聞いたんですけど、何か怪我でもされたんですか?』
『うむ。怪我、のようなものではあるかの。いや、どちらかというと呪いか? わしにもよくわかっとらんが、背中にできものができたように、痛みが溜まっていっての』
カロンさんが言うには、この地に移住してきた時から、そう言う痛みはあったらしい。
ただ、その時はそこまで痛みは激しくなかったらしく、これも定めと受け入れていたようだった。
しかし、最近になって、痛みが増してきて、耐えられなくなることも多くなってきた。
だからこそ、ゴブリン達を通じて、助けを求めたのだという。
『背中、見せてもらってもいいですか?』
『見るのはいいが、この体の背中を見たとて意味はないじゃろう。この姿は、仮の姿のようなものじゃからな』
『え、そうなんですか?』
初耳だと言わんばかりに、フェルが声を上げる。
仮の姿か。つまり、この姿は何らかの魔法や能力によって作られたもので、本体は別の場所にあると?
確かに、それなら傷がないのは納得できるかもしれない。
そもそも、そんなことができるだけでも凄いことだけど、世界は広いし、そう言った魔物がいても不思議はない。
しかし、となると、治すためには本体を見る必要があるわけだけど。
『本体はどこに?』
『それが思い出せなくてなぁ』
『思い出せない?』
どうやら、カロンさんの本来の姿はとてつもなく大きいらしく、基本的には動かずにじっとしていることが多いらしい。
そのせいか、甲羅の上にいつの間にか自然が生成されることも多いらしくて、そのせいで、本体の場所を見つけることができないんだとか。
いや、これが仮の姿なら、本体に操作権を移して動かせばいいじゃんと思うけど、どうやらそれもできなくなっているらしく、ただ痛みだけが伝わってくるから、どうしたものかと悩んでいるらしい。
自分の体なのに、どこにあるかわからないって、ちょっと怖いね。
『この近くにあるのは間違いないんじゃが、断定はできん。もしよければ、探してくれると嬉しいのじゃが』
『なるほど、それなら、探してみましょうか』
なんだか妙なことになってきたけど、乗り掛かった舟である。
さて、カロンさんの本体はどこにあるだろうか。
まずは特徴を知らなければと、質問をするのだった。




