第百九十一話:最初の年明け
準備を整え、フェルは住処を探しに行った。
俺もついて行きたいところだけど、ニクスがダメというから、仕方なく待機している。
と言っても、特にやることもないので、辺りの様子を確認するという意味で、少し散歩することになったのだけど。
『砦だったって話だけど、今じゃすっかりただの瓦礫だね』
積もる雪に足跡をつけながら、辺りを見回す。
折り重なるようにして倒れる柱、壁だったと思われる石の欠片、何らかのシンボルだったのかもしれない幾何学的な模様の入った石板など、様々なものが存在する。
ニクスの住処は、そんな瓦礫の中でも、ちょうど囲いになっており、近くに茂る木々と柱によって屋根ができている、絶妙な場所だ。
なんか、ちょっと大きな衝撃を与えたら崩れ去ってしまいそうな雰囲気もあるけど、今でも形を保っているあたり、ニクスが何かしら処置を施しているのかもしれない。
しばらく辺りを見回し、住処へと戻る。
ニクスは、疲れたのか翼を畳んで横になっており、目を閉じている。
今ならいたずらできそうな気がしないでもないが、どうせ気づいているので、適当に近くに腰を掛けた。
『気は済んだか?』
『まあ、粗方確認はしたよ。ちょっと、もの悲しい場所だね』
なんというか、元々人が住んでいた場所なのに、今ではこうして自然に侵食されてしまっているところを見ると、なんとなく寂しさを感じる。
ここにいた人達は、今はどこに行ったんだろうか。
近くに町があるってことだし、そこに行ったのかな?
それでも、争いがあった場所だし、何人かはこの地で土となっていそうだけど。
そう考えると、屍の上に立っていると言ってもいいのかもしれない。
『なにを感傷に浸る必要がある。所詮は過去の出来事、それも、人間どもが増長して、ただ返り討ちに遭っただけのこと。気にする必要もあるまい』
『まあ、そうかもしれないけど、もうちょっとわびさびみたいなものはないの?』
『なんだそれは。山菜か何かか?』
『ああ、うん、何でもない』
まあ、確かに過去の出来事を、今更思い返してもしょうがない。
特に、俺にとっては本当に何の関係もない人達の話だし、せいぜいできることは、この地で散ったであろう人々の魂に、祈りを捧げるくらいなものだろう。
俺は、そっと目を閉じて、黙とうする。
名前も知らぬ誰かが、もしこの地にまだ留まっているのなら、成仏してほしいね。
『それよりニクス、なんでここなの?』
目を開け、俺はふと疑問に思っていたことを口にする。
というのも、ここに来るまで、およそ一か月ほどの時を過ごした。
ニクスの住処を拠点とするという話があったから、そのためにここにやってきたというのなら別に不思議でも何でもないけど、ただ住処を見つけるだけだったら、わざわざここにこだわる必要はないと思う。
特に、ここに来る道中にも、大きな森はあったし、他にも山岳とか湖とか、住みやすそうな場所はそれなりにあったと思う。
拠点という意味なら、人化すればそこらの町でも事足りるわけだし、いくら野生を教えるためとはいえ、わざわざここに来る必要はないのではないかと思ったのだ。
『特に深い意味はない。ただ、時期を合わせたかったというのはある』
『時期?』
『人の間では、年明けを祝うだろう? 我ら幻獣は人の祭りなど特に興味はないが、生まれてから最初の年明けは、ある種の意味を持つ』
基本的に、幻獣も、年齢は誕生日を基準に年を重ねるが、それとは別に、年明けとともに年を重ねる、いわゆる数え年というものがあるらしい。
特に、生まれて最初の年明け、この場合は、1歳から2歳になるタイミングは、重要な意味があり、ある条件を満たすと、力を得られると言われているらしい。
『貴様も、一度連れて行ったことがあるはずだが』
『そんなことあったっけ?』
『覚えてないのか。まあ、あの時はまだ幼かったしな』
『幼いって言っても、精神年齢は大人なつもりなんだけど』
そんなことあっただろうかと記憶を探ってみると、確かに一度、山に連れて行かれた時があった気がする。
あの時は、特に疑問に思わずついて行っただけだけど、今思えば、あれは何かの儀式的な何かだったのかもしれない。
『その条件って何なの?』
『一つは山の頂上に立つこと。そして、年初めの日に、朝日を拝むことだ』
太陽は、神様が地上を照らすために用いる力の一つであり、年初めはその力がより一層強くなるらしい。
だから、その力の一端でも吸収することができれば、ある種のパワーアップを果たすことができるのだという。
これをするのは、基本的に幻獣くらいであり、他の名前持ちの魔物とかはやらないらしいんだけど、昔の名残が残っているって感じなのかな。
『奴もそろそろ最初の年明けを迎える。ならば、願掛けの一つでもしてやろうと思ったわけだ』
『つまり、この近くに山があるってこと?』
『ああ。ほれ、後ろに見えているだろう』
そう言われて、振り返ってみると、確かに遠くに山が見える。
それにしても、ニクスが願掛けをするとは、面白いこともあるものだ。
ニクスって、信じられるのは自分だけみたいな感覚で、たとえ神様相手でも、頼らないような気がするんだけど、昔からの形式は大事にしているってことなのかね。
まあ、俺としても、初詣みたいで面白そうだし、それでフェルがパワーアップするかもしれないって言うなら、否やはない。
この試練が終わったら、みんなで山に登るとしよう。
『そろそろ暗くなってきたな。小娘も、そろそろ住処を見つけたか?』
『流石にまだ早いんじゃない?』
住処って、探そうと思うとなかなか見つからないんだよね。
もちろん、ただの寝床を探すという意味なら、そこそこ候補はあると思うんだけど、きちんとした拠点ということになると、少し範囲は狭まる。
特に、今のフェルは、結構大きいから、その体が入るサイズを見つけないといけないというのもポイントだろうか。
ちょうどいい洞穴か何かがあればいいんだけど、今の時期だと、先客もいそうだし、なかなか難しそうだよね。
『いずれにしても、そろそろ帰ってくることだろう。帰ってきたら、食事の用意をさせよ、我は寝る』
『あ、うん』
ニクスのことだから、見つけるまで帰ってくるなとでもいうかと思ったけど、だいぶ丸くなったものだ。
フェルの料理がおいしいからって言うのもあるのかな? 確かに、野生では肉をそのまま食うなんてこともよくあったし、それを考えると、きちんとした料理って言うのは病みつきになるだろう。
なんだかんだ、ニクスも人の社会に染まってきているのかもしれない。
この調子で、染まり切って、野生で暮らすのではなく、どこかの町で暮らすってことにならないかなぁ。無理かなぁ。
そんなことを考えながら、フェルの帰りを待つのだった。




