幕間:新しい自分
デザイナー、チグラスの視点です。
俺は、つい先日人生の転機を迎えた。
デザイナーとして、多くの建築を手掛けてきた人生。結果だけを見るならば、それなりに有名にもなり、成功していた部類ではあっただろう。
しかし、以前の俺は、それを自覚することもできず、ただライバルに負けるわけにはいかないと、大声を上げていただけだった。
王都改造計画。その大きな役割を担ったのは、俺と、もう一人のデザイナー、アルマス。
当時、俺達はどちらも有名人であり、多くの人から期待されていた。この二人であれば、王都の改造もきっと成し遂げてくれるだろうと、王も期待していたことだろう。
しかし、俺達は、その方向性の違いから、すれ違うことが多かった。
俺が、機能性を重視した、すっきりとしたデザインを好むのに対し、アルマスは、華やかさを重視した、見た目に全振りしたようなデザイン。
それも理解できないわけではないが、その二つはどうあっても共存はできない。
だからこそ、一人を選ぶ必要があった。そして、選ばれたのは、アルマスだったのだ。
俺は、自分の至らなさを嘆き、デザイナーの道から降りた。
故郷の町で、ひっそりと隠居する。年齢的に、早すぎる決断であるとも言われたが、俺には、あの時がすべてだった。
なぜアルマスが評価されたのか、なぜ自分は評価されなかったのか、考えなかった日はないだろう。
そうして、負け犬のように地べたを這いずりながら過ごすことしばし、最近になって、ある噂を耳にした。
それは、アルマスが盗作をしているのではないかという疑惑。
それを聞いた時の俺は、自分でもわかるくらい、やる気がみなぎってきた。
それはそうだ。今まで自分は間違いだったのかと思っていた者が、実は相手が不正をしていたというのだから。
これが証明されれば、アルマスは失脚し、アルマスを選んだ奴らも、俺のことを見返すに違いない。
そう思って、勇み足で王都に赴いたのだ。
結局、俺の企みは失敗に終わった。
盗作の事実などあるはずもなく、それどころか、精霊に認められたというとんでもなく強力な切り札を返されただけ。
認めたくなくて、あがいたりもしたが、結局は空回り。俺は再び、どん底に突き落とされた。
しかし、妙な子供の手助けもあり、俺は再起のきっかけを掴んだ。
そのために、今は旅をしているところである。
「心の中の景色、か。長らく忘れていたものだな」
精霊に言われた一言。そして、アルマスと俺を別った決定的な差。
心の中の景色とは、すなわち自分の理想のことだと考えている。
俺は今まで、その理想を意図的に封じてきた。
デザインの中に理想を詰め込んでも、それが依頼者の琴線に触れるとは限らない。それどころか、逆鱗に触れ、ダメ出しの連発を食らうことの方が多かった。
人は理想だけでは食っていけない。それを思い知ったからこそ、俺は依頼者の要望を忠実に叶えるだけのつまらないデザイナーになってしまった。
確かに、そのおかげもあって、有名になれたというのはある。
最初の依頼者に恵まれたからというのはあるかもしれないが、俺の個性として、機能美を求めるデザインをするというイメージを植え込んでくれたのは、有名になるにおいてはありがたいことだっただろう。
しかし、俺は有名になりたいと同時に、自分の理想を追い求めたかった。
自分の理想を再現できないまま、名前だけは売れていく。そんな日々に、俺は何をしたいのかと自問自答した日も少なくない。
だが、意外なことに、答えは案外近くに転がっていたりするものだ。
アルマスの理念。それはまさしく、俺が追い求めるものだった。
ひとたび聞けば、すぐにでも気づいたかもしれないのに、長らく気づけなかったのは、つまらないプライドを持っていたが故かもしれない。
心の中の景色。自分の理想。すべてを再現する必要はなくとも、遊び心として取り入れるくらいは許されると知った。
本当に、ここまで長かった。
「理想を追い求めてもいい。なら、また一からやり直してみたいよな」
今までは、周りに期待されるがままに、顧客が求めるものばかりを作ってきた。
もちろん、デザイナーである以上は、ある程度顧客の要望に沿うのは当たり前ではあるが、その中に忍ばせる遊び心を忘れてはいけない。
仮に、誰にも気づかれなかったとしても、それは俺の理想に一歩近づいた証である。
今までの名前を捨てて、やり直せれば、今度こそ理想のデザイナーになれる気がするのだ。
「とはいえ、どこまで行くべきか……」
俺の名前は、割と有名である。
王都に留まらず、この国ならば、多くの町や村でも聞いたことがある人はいるだろう。
偽名を使えば、多少は誤魔化せるかもしれないが、近すぎればすぐにばれて、自分のやりたいことができなくなってしまう可能性が高い。
となれば、真っ先に思い浮かぶのは国外に出ることだが、果たしてよそ者のデザイナーを受け入れてくれる場所があるかどうか。
この国は、王都改造計画を気に、芸術の国として生まれ変わった。故に、国民も多少のことには目をつむってくれる傾向がある。
俺も、そんな国から出たことがないから、他国の普通というものをいまいち理解していない。
もしかしたら、門前払いされる可能性だってあるわけだ。
そう考えると、国から出るのはあまり得策ではないのかもしれないが……。
「……いや、ここで日和見するのは違うだろう。何のために旅に出たと思ってるんだ」
弱気な心を、頬を叩くことで奮い立たせる。
他国では認められないかもしれない? そんなの、今からやることを考えれば、どこだって同じことだろう。
俺は理想に生きると決めたのだ。そして、再び有名デザイナーとして立ち返り、アルマスを見返してやるのだと決めた。
そんな半端な覚悟で、見返せるか? そんなわけはない。
やるなら徹底的にだ。むしろ、自分を追い込んでこそ、新たな道が見えるというものである。
急な出発だった故、食料も乏しくなってきたし、路銀も少ないが、そんなこと知ったことではない。
今度こそ、やって見せる。
「おーい、そこの兄ちゃん」
「ん?」
意気込んでいると、不意に背後から声が聞こえてきた。
振り返ってみると、数台の馬車が近づいてきているのが見える。
商隊かなにかか? 不思議に思いつつも、足を止めて返答を待つ。
「あんた、よかったら乗ってってくれないかい? 護衛役の一人が腹下しちまって、人手が欲しいんだ」
どうやら、俺のことを冒険者か何かだと思っているらしい。
確かに、最低限の備えとして、剣と盾は持ってきた。防具は大したことはないが、確かに見た目だけなら、そう見えなくもないだろう。
これは、そんなに悪くないんじゃないか?
こいつらがどこへ行くかは知らないが、見たところ、この国の人間ではないことがわかる。
いや、この国の人間もいるようだが、話しかけているこいつは、恐らくは行商人か何かだろう。
たまたま商隊と重なって、同行したってところか?
商人は、道中が最も危険である。だから、なるべく固まって動いた方が、お互いに得だ。
もし、こいつが国外に出るなら、安全を確保しつつ、新しい場所に行けるかもしれない。
まさに、渡りに船という奴だ。
「いいだろう。護衛役になってやる」
「ありがとな!」
そうして、共に移動することになった。
果たして、どんな場所に着くのか。そして、そこで一花咲かすことはできるのか。
先に待つ希望と不安を胸に、足を踏み出すのだった。




