第百八十七話:小さく大きな差
「……俺は、俺だって、華やかな建築がしたいと思っていたことがあった」
しばらくの沈黙の後、チグラスさんは話し出す。
チグラスさんがまだデザイナーの卵だった頃。当初は、アルマスさんと同じように、華やかな建築をすることを夢見ていたようだ。
自分がデザインした建築が町中に佇む姿を想像した時、無骨な家と華やかな家では、どちらがいいかなんてわかり切っている。
元々、デザイナーに建築デザインを任せるような人は、金が有り余っている人が多い。そうでない人は、そもそも選り好みしているような状況でもないから。
いつかは、そうした家を自分でも作ろうと意気込みつつ、しばらく修行をしていて、ある時、自分に仕事が回ってきた。
チグラスさんは、これ幸いと、自分の好みを全開にした建築デザインをした。
しかし結果は、ダメ出しに次ぐダメ出しである。
そもそも、デザイナーとは、顧客の望みを叶え、その上で住める家のデザインを提供する仕事である。
それなのに、初仕事だと舞い上がるあまり、顧客の望みを完全無視して、さらに住みにくいデザインにしてしまったとあれば、ダメ出しされるのは仕方ない。
しかし、最初はなぜダメなのか、わからなかった。むしろ、これが受け入れられないのは、顧客のセンスがないからだとすら思っていた。
そんな思想に駆られ、しばらくの間、自分の好みだけでデザインをしていた時、師匠から、一喝された。
お前のデザインは、顧客に全く寄り添っていない。これ以上それを直せないようなら、破門にすると。
チグラスさんは、納得いかない気持ちを抱えつつも、一度顧客の要望通りの家のデザインを作り上げた。
そうすると、それが大いに受け、感謝されたのである。
自分が作りたいものとは全く違うが、それが受け入れられたのであれば、それが正しいんだろう。
その時から、チグラスさんは、自分の夢を諦めた。
その時の顧客が、機能美を重要視する人だったからか、チグラスさんのデザインは、そういうものだという風に受け入れられ、次々と同じような依頼が舞い込み始めた。
次第に、それが本当にいいものだと思い始め、無駄を省いた完璧なデザインを目指すようになった。
だが、心の中では、ずっと納得できない気持ちがあり、それは今でも燻り続けている。
「心の中の景色と言ったな。恐らく、俺にもそういったものはある。だが、それが周りから受け入れられるとは限らないんだよ」
そうして、機能美を追い求めたデザイナーとして名を馳せ、アルマスさんと出会った。
しかし、アルマスさんは、自分が追い求めていたような華やかな建築をする人だった。
しかも、なぜかそれを拒絶されず、受け入れられているのである。
これが納得できるだろうか。
自分はダメだったのに、相手は認められるなど、あってはならない。同じことをしているのに、自分だけ認められないのはおかしいと。
だからこそ、アルマスさんに色々突っかかった結果、結局は受け入れられずに転落した。
チグラスさんにとっては、理不尽の極みだっただろう。
アルマスさんに対する異常な執着は、そう言った感情から来ていたのかもしれないね。
「俺だって、アルマスのように、自分の好きなデザインで受け入れられたかった! それなのに、俺だけ認められないなんて、おかしいじゃないか!」
力強く地面を叩くチグラスさん。
その様子を見て、精霊は目を細めながら、冷たい声で言い放った。
「受け入れられることが、そんなに重要?」
「な、に……?」
「心の中の景色を描くのに、理由なんていらない。ただ思うがままに描くだけ。それが周りから受け入れられるかどうかなんて関係ない。君は、好きなものを否定されたからと言って、すぐに手放してしまうの?」
「知ったような口を! それは貴様らが長命であり、失敗を何とも思っていないからだ! 短い生を、ずっと否定されながら生きるなんてことは、人間にはできないんだよ!」
「確かに僕らは失敗を失敗とは思わない。死なない限り、何度でもやり直せるから。でもそれなら、その人は何で成功できたのかな?」
そう言って、アルマスさんの方を見る。
確かに、アルマスさんも、心の中の景色に従ってデザインをしていたなら、受け入れられない可能性もあった。それなのに、チグラスさんは挫折し、アルマスさんは成功した。
この違いは何だろうか?
「チグラス君、君は、少し勘違いしているようだね」
「勘違い、だと?」
「少し昔話をしよう。あれは、わしがまだ若かった頃……」
アルマスさんが若い頃、チグラスさんと同じように、師匠の下でデザインを学び、初仕事の日がやってきた。
アルマスさんは、初仕事ということで舞い上がり、自分の思うようにデザインをしたが、結果は惨敗だった。
チグラスさんと同じような失敗を、アルマスさんもしていたのだ。
そして、同じく師匠からしっ責され、自分のデザインを見直すことになった。
「わしは、顧客に寄り添うことも大事だと思ったが、自分の思いを形にすることも大事だと思った。だからこそ、それらを同時にデザインに取り込んだのさ」
チグラスさんは、顧客の要望通りのものを作ろうと、それだけを追い求めた。
しかし、アルマスさんは、顧客の要望を叶えるだけでなく、自分の色を出そうとした。
それは、デザインのほんの一部だったかもしれない。玄関の縁取りや、窓の形、間取りの取り方など、ほんの少し、アクセントとして、自分の色を取り込んだ。
すると、それが受けて、アルマスさんの名は売れ始めることになった。
何も、自分をすべて押し殺す必要はない。顧客の願いを叶えつつ、自分の夢を見ることは、難しいようで、そう難しくはないものだったのだ。
「顧客に寄り添うだけがデザイナーじゃない。そこで個性を出してこそのデザイナー、いや、一人の人間なんじゃないかな」
「……」
二人を決定的に別ったのは、考え方の違いだろう。
チグラスさんは、顧客の願いを叶えることは、自分の願いを捨てることだと思った。
アルマスさんは、顧客の願いを叶えつつも、自分の願いも叶えるべきだと思った。
小さな差のように思えるけど、それが二人の決定的な違いだったんだろうね。
「精霊は魔力を好むけど、その中でもさらに好みは分かれる。君のことを気に入る精霊もいるかもしれない。けれど、自分の夢を簡単に捨ててしまうような人を好む精霊は、なかなかいないと思うよ」
「……そうか」
「さて、聞きたいことはそれで終わりかな? 忙しくはないけど、僕も色々と役目がある。ないなら行かせてもらうよ」
チグラスさんは答えない。
精霊に認められるかどうかの線引きは、すでに成された。
今後、チグラスさんがどう動くのかは、チグラスさん次第。
「ああ、そうだ。一つ言っておくことがあったね」
そう言って、精霊はアルマスさんの方に向き直る。
そして、わずかに微笑みながら、こう言った。
「僕の絵を形にしてくれてありがとう。とても晴れやかな気分だ」
「……もったいないお言葉でございます」
その言葉を最後に、精霊はすっと姿を消していく。
しばらくの間、その場は静寂に包まれた。




