第十九話:冒険者と共に
とある冒険者こと、フェルミリアの視点です。
防具や武器を新調したりしながら冒険者チームの到着を待ち、ついにその日がやってきた。
総勢14名の大所帯。これに私と知り合いの冒険者5名を足して、20名で向かうことになった。
すでにあれから四日が経っている。恐らく、遺体は魔物に食われてしまっていることだろう。
出来ることならすぐにでも行って回収したかったが、ドラゴンが出るような場所に少数で行くわけにもいかず、結局この日まで我慢するしかなかった。
一応、遺体が残っていれば回収したいという旨を告げると、両チームとも快く了承してくれた。
「しかし、君のような少女に案内を頼むのは少々気が引けるな。本当に大丈夫か?」
「確か、戦った冒険者の中では唯一の生き残りなんだよね。大丈夫? 無理してない?」
リーダーのセインさんとナシェさんがそれぞれ心配してくれる。
元々、案内などなくても、切り開かれた街道を進んでいくだけだから、そこまで迷うものでもない。
だけど、遺体のことが心配というのはもちろん、あのドラゴンのことも気にかかったので行くのだ。
「大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
「辛くなったらすぐに言うといい。いつでも力になろう」
ドラゴンが現れた際の対処、遺体の回収などについて軽く話し合い、日が高いうちに出発することになった。
私が先導し、その後を冒険者チームが続く。
距離はそこまで離れていない。歩いて行っても数時間程度で着くだろう。
開拓途中の街道を歩いていく。
魔物の襲撃もなく、極めて順調に進むことが出来た。
やがて、襲われた地点に辿り着こうという時、ふとセインさんが足を止めた。
「待て、何かいるぞ」
そう言われて私も足を止める。
私はそこまで目が悪いというわけでもないが、いいわけでもない。
視線の先にはそろそろ目的地が見える頃ではあるが、まだ霞んで見えない程度には離れていた。
セインさんはとても目がいいらしい。それに続き、ナシェさんも口を開いた。
「あれは……ドラゴンみたいね。丸まって寝ているように見えるけど」
「えっ!?」
ドラゴンの名を聞いて慌てて目を凝らしてみる。
遠すぎてよく見えないが、確かに巨大な白い塊が見えるような気がする。
なんでいるのよ……これじゃあ討伐されちゃう。
平和のためには討伐するべきだと頭ではわかっているけれど、治癒されたという恩もあり、複雑な心境だった。
「相手はまだ気づいていないようだ。ナシェ、先手を打つぞ」
「了解。ゲオルグ、マーサ、やるわよ」
ナシェさんがメンバーの魔術師の名を呼ぶ。
この距離から攻撃しようと思えば、それは魔術による攻撃以外ありえない。多少威力は減衰するだろうが、それをもってしても有り余る威力をこのパーティは出すことが出来る。
「黒炎よ、地獄の業火で地上を焦土と化せ! インフェルノ!」
杖から巨大な黒炎が出現し、ドラゴンへと吸い込まれるようにして飛んでいく。
見事に命中し、それによってドラゴンはようやくこちらの存在を確認したようだった。
畳みかけるように他の魔術師達も続く。
「よし、俺に続け! ドラゴンを討つぞ!」
『おおー!』
火球を皮切りに、セインさん達が突撃していく。
私はどうしていいかわからず、その場で硬直してしまっていた。
私も続くべきなのだろうか。だが、続いたところで力になれるとは思えない。
私の剣は急ごしらえのショートソードだ。前に使っていたのは欠けてしまったから。
こんな安物の剣でドラゴンをどうにかできるとも思えないし、そもそもドラゴンに攻撃すること自体躊躇われる。
でも、何もしなければドラゴンはいずれ討伐されてしまうだろう。止めるにしろ戦うにしろここにいるのは適切ではない。
私は勇気を振り絞って走り出した。
戦場が見えてくる。すでに十人以上の冒険者がドラゴンを囲み、体のあちこちに切りかかっていた。
しかし、ドラゴンは反撃しない。比較的薄いであろう翼を持ち上げ、攻撃を一心に受け止めているけれど、決して手は出さなかった。
一瞬、ドラゴンと目があった気がした。その目は困惑に彩られており、とても敵意があるようには見えなかった。
ますますこのドラゴンを討伐するべきなのか悩んでしまう。
だが、私のことなどお構いなしに戦況は進んでいく。
後衛で魔法を撃っていたナシェさん達も距離を詰め、着実にドラゴンの逃げ道を塞いでいく。
どうしたらいいか迷っていた時、ふとドラゴンの足元に目が行った。そこには仲間達の遺体が綺麗に並べられて安置されていた。
少なくとも、私がいた時はこんな綺麗には並んでいなかったはずだ。そもそも、魔物に食われていると思っていたのに、誰一人欠けることなくこの場にあることが驚きだった。
だが、その遺体は今踏みにじられている。当然、その中にはサジェットやルッツの遺体も含まれていた。
「セインさん、サジェット達を踏まないでください!」
「今はそんなことを言っている状況ではない! ドラゴンは我らに怯えている! 恐れることはない! 続けー!」
私の願いは聞き届けられることはなく、容赦なく踏みにじられていく。
確かに、相手は子供とはいえドラゴン。遺体に気を使って立ち回りを変えていては、勝てるものも勝てなくなってしまう。
遺体の尊厳とドラゴンの討伐、どちらが優先されるべきかと言われたら後者だった。
まだ荒らされずに残っていてくれたという喜びと、それが踏みにじられる悔しさ。わかっていても、納得できるものではなかった。
「逃がすか! バインドをかけろ!」
その時、ドラゴンが身を引いた。
逃げるつもりなのかとも思ったが、数歩後退るだけで逃げるようなことはしなかった。
しかし、それにより戦場がずれ、遺体が踏まれることはなくなった。
まさか、遺体を気遣って……?
その時、私は一つの仮説に行き当たる。
どうして五日も経っているのに遺体が残っているのか、しかもそれが綺麗に並べられていたのか。そして、どうしてドラゴンがこの場にいたのか。
それは、ドラゴンが遺体を守ってくれていたからではないか?
荒唐無稽な話ではある。なぜ人を食らうドラゴンがご馳走に手を付けずに守っていなければならないのか。
だが、このドラゴンは何かが違う。なにせ私を治癒するような奴なのだ。
遺体が傷つけられるのを嫌ったとしても不思議はない。
私は遺体に縋りつく。かなり踏み荒らされていてあちこちが陥没していたが、思ったよりも損傷は少なかった。
おかしい、こんなに綺麗ではなかったはずだ。少なくとも、ワイルドベアーによって負わされた傷が見受けられないのはおかしい。
遺体の状態に疑問を覚えていると、不意に遺体が淡い緑色の光に包まれた。
その瞬間、見る見るうちに損傷がなくなり、ついには傷一つない体が出来上がっていた。
私はがばっと顔を上げる。こちらに軽く手を翳している状態で攻撃を受け続けているドラゴンはふっと笑った気がした。
「君、やっぱり……」
今の治癒魔法、間違いなくドラゴンが放ったものだろう。そもそも、治癒魔法で遺体を回復させるなど聞いたことがない。そんなでたらめたことが出来るとしたら、この場ではドラゴン以外にあり得なかった。
ドラゴンは私の方をじっと見て、一声鳴く。
まるで誘うような鳴き声に、不思議と親近感を覚えた。
街中で困っている時に親切にされた時のような優しさ。敵意など微塵もなく、ただ相手の幸せを願っているかのようなそんな感覚。
その後、ドラゴンは強引に拘束を破ると翼を広げて飛び立っていった。
ドラゴンとの戦闘。普通ならば大規模な被害が出ているような戦闘は死傷者0人というありえないような結果で幕を閉じた。
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