第百八十四話:強硬転移
「……わかった。何とかしてみよう」
しばらく悩んだ後、アルマスさんはそう答えた。
アルマスさんは、王都においては結構な重要人物のようだけど、だからと言って、全く離れられないわけじゃない。
きちんと申請をすれば、故郷に里帰りすることくらいは可能だという。
ただ、それをするには、何か月も前に申請する必要があり、例えば、明日行きたいんですと言ったところで、警護の関係など、色々な要因もあり、すぐには許可が下りない。
つまり、今から申請を出したとしても、実際に出発できるのは、何か月か先になってしまう。
だが、今はそんなに待っている時間はない。行くならば、今すぐでなければ。
「無断で抜け出すことになってしまうが、わしとてチグラス君には思うところがある。こんなところで、才能の芽を潰すわけにはいかないからね」
「勝手に抜け出してしまって、大丈夫なのですか?」
「心配することはない。昔は、家の手伝いをさぼってよく抜け出していたものだ。うまく抜け出せれば、後のことはその時に考えればいい」
ちょっとその辺に散歩に行く、程度だったら、許可もいらないけど、流石に、往復二週間もかかるような場所に行くには無謀過ぎる。
今や、国が匿っているレベルの人が、急にいなくなったとなれば、混乱は避けられないだろうが、それでも行く価値があるとアルマスさんは思っているらしい。
チグラスさんも、きちんと想われているんだね。
「わかりました。では、さっそく向かいましょう」
「わかった。馬車はどこかな?」
「町の外に止めてあります。その前に、アルマスさん。今回は、そこまで時間をかけていられないので、少し特殊な移動をすることになりますが、どうか驚かないでくださいね」
「特殊な移動?」
「はい。詳しいことは、道中でルミエールが説明しますので、そう言う方法を使うということだけわかっていただければ」
「なんだかわからないが、早く着けるというのなら、否やはないよ。よろしく頼む」
「ありがとうございます」
話もまとまったので、さっそく出発することにする。
アルマスさんは、メイドさんに声をかけ、しばらく留守にするという旨を伝えた。
本来なら、メイドさんは止めるべきなんだろうけど、特に文句を言うことなく、粛々と頷いていた。
その後、転移で町の外まで飛び、しまっていた馬車を取り出すと、アルマスさんに乗ってもらう。
転移のことにとても驚いていたけど、時間が惜しいので、軽く説明だけし、さっさと出発することにした。
「ルミエール、アルマスさんのこと、ちゃんと見ててね」
「うん」
俺も馬車へと乗り込み、フェルは外で御者をするふりをする。
まあ、一緒に中に入っていてもできるけど、なるべく見られたくはないからね。
もしかしたら、途中で魔力が尽きて、幻獣の姿になってしまうかもしれないし。
馬車の中で、俺とアルマスさんの二人っきりになる。
アルマスさんは、少しの間黙っていたが、やがて疑問が頂点に達したのか、口を開いた。
「さっきのは、一体何なんだい? いきなり町の外に現れたように見えたが」
「てんい、まほう」
「転移魔法? ふむ、聞いたことがあるな。大きな国では、都市間を移動するのに、転移と呼ばれる方法で移動するのだとか。もしかして、それのことかい?」
「そう」
「これは驚いた。まさか、転移を実際に拝むことができるとは」
アルマスさんの知っている転移魔法は、大きな国ではよく利用されているものらしい。
この国には、残念ながらないようだけど、巨大な国になればなるほど、移動には相応の時間がかかる。
それを解決したのが、転移魔法陣であり、古代から伝わる偉大な技術の賜物だと言っていた。
確か、異世界召喚とかもあるんだったかな。
脅威に晒された時に、異世界から勇者を召喚して、事件の解決を図ってもらうみたいな。
これも、転移魔法陣の応用であり、古から伝わる秘術だとかなんとか。
まあ、ニクスからちらっと聞いただけだから、詳しいことはよくわからないけど、夢物語で出てくるようなものではなく、きちんと実用化されているものだから、アルマスさんもそこまで驚きはなかったようだ。
いや、驚いてはいたけど、想定内って感じ?
本来なら、個人が転移魔法なんてほぼ使えないと思うけどね。
「しかし、転移にはかなりの魔力が必要と聞いているんだが、大丈夫なのかい?」
「とちゅう、きゅうけい、する」
「そうか。特殊な移動と聞いて何事かと思ったが、これなら、思ったよりも家を空けずに済むかもしれないね」
このまま、順調に転移することができれば、恐らく一日もあれば着くことができるだろう。
まあ、回復の速度によっては、もうちょっとかかるかもしれないけど、転移自体は一瞬で終わることである。
連続でやるなら、1回も20回もそう変わらない。
そこらへんは、フェルの頑張り次第だね。
「ルミエール、ちょっと休憩させてー」
「わかった」
しばらくして、馬車の外から声をかけられる。
時刻はすでに夕方。野営をするなら、そろそろ準備しないと間に合わない頃だけど、転移で強行するならそこまで準備する必要はない。
ただ、休憩する関係上、安全な拠点は必要。フェルが疲れて動けない以上、俺が頑張らないといけないか。
「わしも手伝おう。薪拾いくらいなら任せてくれ」
「だいじょうぶ、まってて」
「でも、危なくないかい?」
「ふぇる、いる、もんだい、ない」
「そうか。まあ、旅のことは、冒険者がよく知っているだろう。ここは君の言葉を信じよう」
そう言って、大人しく馬車で待っていてくれるアルマスさん。
もしかしたら、ある程度こちらの事情を把握している可能性もあるけど、まあ、指摘してこないなら問題ない。
馬車の外に出ると、フェルがぐったりとしていた。
見た感じ、割と進んできたように思えるけど、チグラスさんが待つ町まで行くにはもう十数回転移が必要になるだろう。
俺は、フェルの下に近寄り、顔を覗き込む。
疲れているせいか、若干鼻が伸びてきただろうか。人化が解けかかっている証拠だ。
「ごめんだけど、魔力をくれる?」
「う、うん」
さて、とうとうこの時が来てしまった。
俺は、少し緊張しながらも、フェルの顔に手を当て、顔を近づける。
頬にキスするとか、そう言うのではだめだ。きちんと、唇を重ね合わせて、魔力を体内に流し込まなければならない。
ニクスは何でもないようにやってきたけど、あれ、結構恥ずかしいんだよね……。
でも、そんなこと言っても仕方ないので、覚悟を決めて口づけをする。
俺の魔力は少し特殊みたいだけど、魔力供与自体はすんなり行うことができた。
流石に、流し込んですぐに自分の魔力となることはないようだけど、少し休めば、そのうち変換されて自分のものになるだろう。
その間に、休憩の準備を進めておかないとね。
「ま、まき、とってくる」
俺は、若干赤くなった顔を隠しつつ、近くの枝を拾いに行く。
こんなことが後何回も続くと思うとかなり恥ずかしいけど、フェルの唇、柔らかかったな……。
頭の中に巡る雑念を感じながら、準備を進めるのだった。




