第百八十二話:確かな方法
「……俺は、精霊に会いたい。たとえ認められなくても、その事実を知るまでは、諦めきれない」
しばらく俯いていたチグラスさんだったが、静かにそう呟いた。
精霊に会う資格があるかどうかはともかく、チグラスさんが精霊と会う必要はあまりない。
盗作疑惑について聞くというのは表向きの理由だし、そんなものはすでに違うとわかり切っているからね。
だから、それでも精霊と会いたいというのは、アルマスさんへの対抗心があるからだと思う。
自分は、本当に認められないのか。アルマスさんよりも、劣っているのか。
答えは明白でも、確かめずに諦めたくはないようだった。
「その言葉に嘘はないな?」
「当たり前だ」
「では、その言葉、信じてやる。貴様を精霊に会わせてやろう」
「な、なに?」
ニクスの言葉に、思わず顔を上げるチグラスさん。
というか、それに関しては俺もびっくりである。
ニクスは、今回の件には一切手を貸さないと言っていた。冒険者のお目付け役として同行するくらいならいいが、それ以外は手を出さないと。
それなのに、あえて手を貸そうとしているのは、どういう風の吹き回しだ?
「勘違いするな。我はこの男のことを気に入ったわけではない。この男が魔物に食い殺されようが、絶望し自殺しようが、我にとってはどうでもいい。だが……」
ニクスは、ちらりとチグラスさんの方を見た後、俺の方に目を向けてくる。
「この男が後味の悪い結末を迎えれば、貴様は自分を責めるだろう。もっと手を貸して上げられれば、何かできることはなかったのか、とな」
「うっ……」
確かに、このまま精霊に会えずに、自殺してしまったり、そうでなくても、ずっと落ち込んでいて、暗い人生を歩むようなら、俺は気にしてしまうだろう。
俺は万能ではないが、それでもドラゴンという、普通の人間と比べたらよっぽど強力な力を持っている。
魔法だって結構な数を扱えるし、知り合いだってそれなりにいるだろう。
その力をフルに使えば、少なくとも、何かしら力になれるかもしれないと考えるのは当然のことである。
しかし、それができなかった時、俺は自分の無力を噛みしめ、落ち込んでしまうと思う。
たとえそれが、赤の他人の出来事なのだとしても、一度首を突っ込んだ以上は、事情を知っているからね。
流石ニクス、俺のことをよくわかっている。
「長い人生、いいことばかりではない。むしろ、悪いことの方がよく振りかかってくる。それをいちいち気にしていたら、身が持たない。明確に、むかつく奴がいるなら潰せばいいし、厄介事を持ってこられたら無視すればいいが、貴様にはそれができない未熟さがまだまだある」
「むぅ……」
「だから、こんなくだらないことで落ち込まれては困るのだ。故に手を貸す。ありがたく思うがいい」
今まで、ニクスがどんな過去を過ごしてきたのかはわからないけど、言っていることはもっともである。
ただ単に、好奇心から首を突っ込むくらいならまだ子供の可愛い行動で済むかもしれないが、それが心の傷になっては、色々と問題がある。
ニクスにとっては、このくらい日常茶飯事なんだろう。いや、ある意味では非日常なのかな? 人間とあまり関わりなさそうだし。
いずれにしても、これはそんな大事ではないと思っているらしい。
「あ、会えるのか? 本当に、精霊と……」
「言ったからにはやってやるさ。だが、それには協力者が必要となる」
「協力者?」
「精霊は、基本的に気に入った奴にしか姿を見せない。無理矢理引き出す方法もなくはないが、それでは心証が悪いだろう。だからこそ、実際に会ったことがある奴を呼ぶのだ」
「実際に会った……まさか!」
「そうだ。確か、アルマスとか言ったか。そいつを呼ぶ」
なるほど。確かに、アルマスさんは特に意識しないまま、精霊と出会うことができた。
それは、その精霊がアルマスさんのことを気に入ったからであり、姿を現しても問題ないと判断した結果である。
もし、気に入った人物が再び自分の故郷を訪れるようなことがあれば、確かに姿を現しても不思議はないだろう。
一番簡単ではあるけど、思いつかなかった方法である。
「や、奴の手を借りろと言うのか!?」
「そうだが? 何か問題でも?」
「問題あるだろ! 俺がどんな気持ちで精霊に会いたいと思っている!?」
「そんな感情知ったことではない。そもそも、貴様が精霊と会う理由は、下らん盗作疑惑について聞くためだろう? 本人がいた方が、話がスムーズに進むのではないか?」
「ぐっ……それは、そうだが……」
表向きの理由とはいえ、確かに、チグラスさんが聞くより、アルマスさんと一緒に聞く方が信憑性は増すだろう。
今の状態だと、チグラスさんがその気になれば、その辺のそれっぽい話をでっちあげて、盗作疑惑として証拠にすることだってできる。
もちろん、調べればすぐに嘘だとわかってしまうだろうし、それに何の意味もないだろうけど、どっちにしろ、一人で聞く必要はない。
であるなら、会える可能性も高まるし、アルマスさんを呼んだ方がいいのは確かだね。
「実際に会った奴がいれば、精霊も姿を現すはず。そこで、いくらでも話を聞けばいい」
「でも、にくす、あるますさん、どうやって、つれてくる?」
問題なのは、アルマスさんが、容易に王都を離れられないということ。
なんか、隠居したおじいさんって感じがするけど、デザイナーとしては、まだ現役だし、王都の外観を統括する人物だから、新しく建物を建てるなどする場合は、必ずアルマスさんの許可が必要になる。
それに、結構高齢だし、下手に町の外に連れ出して、体を痛めたり、魔物に襲われて怪我をするようなことがあったらいけないので、基本的には外に出るためにはそれなりの手続きが必要になるだろう。
そんなアルマスさんを、どうやって連れてくればいいのだろうか?
「小娘、貴様なら連続転移ですぐに連れてこられるな?」
「えっ? ま、まあ、魔力を回復しながらならできると思いますけど……」
「なら、その力でさっさと連れてこい。白竜の、貴様は小娘の回復役だ。番である貴様の魔力を与えれば、回復も早まるだろう」
「え、え?」
なんか話がどんどん進んでいる。
えっと、つまり、今から王都まで行って、アルマスさんを連れて、フェルの連続転移で時間短縮しつつ連れて来いってこと?
いや、この町、仮にも王都から馬車で一週間くらいかかる場所だよ?
そりゃ、飛んで行ったり、それこそ連続転移で進めば時間は短縮できるけど、アルマスさんを連れてそれをやってもいいんだろうか?
一応、俺達って、今は人に擬態しているわけで、アルマスさんに対しても、人として接触している。
それなのに、いきなりそんな人間離れした技を見せたら、驚いてしまうんじゃないだろうか?
「幸い、小娘の人化も安定しつつある。狩りの腕はともかく、普通の町に居座っても問題ないくらいには上達しているだろう。であるなら、わざわざあの町に留まる理由もない。少しくらい、派手に暴れても問題はなかろう」
「えぇ……」
まあ、確かに、フェルの人化は、通常の状態だと、俺と同じように幼女になってしまうけど、気合で元の姿に近づけている形だ。
なるべく、元のフェルの姿であろうと頑張ってはいるようだけど、ちょっと気が抜けると、子供の姿になってしまうことも多かった。
でも最近は、元のフェルの姿でいることの方が多いし、確かに慣れてきてはいるのかもしれない。
元々、あの町に滞在することになった理由は、人化を安定させるため。
そのために、多少失敗しても、稀有な目で見られない可能性が高い場所を選んだだけであって、普通に人化できるなら、あの町にこだわる必要は確かにない。
まあ、だとしても派手に暴れる必要はない気もするけど……。
ニクスとしては、もう拠点を変えてもいいと思っているのかもしれない。
俺としては、少し心残りがあるけど、そう言うことなら、まあ、いいのかな?
ニクスの話が理解できないのか、きょとんとしているチグラスさんをちらりと見つつ、どうするべきか考えた。




