第百八十一話:心折れて
話を聞いてみると、どうやら、チグラスさんは大きな賭けに出ていたらしい。
この、精霊が全く見つからない現状を、チグラスさんは自分が認められていないからだと考えていた。
アルマスさんは認められているのに、自分が認められないなんて、たとえそれが事実なのだとしても、受け入れるのはなかなか難しい。
だからこそ、本当に自分に資格がないのかどうか、試すことにしたようだ。
精霊に認められるにはどうしたらいいか? 必要な資格とは何なのか?
チグラスさんは、それを勇気だと考えたようである。
アルマスさんの話でも、当時は一人で森に入り、いつの間にか奥地に迷い込んで、そこで精霊と出会ったという。
アルマスさんにその意思があったかどうかはともかく、一人で、森の奥地に行ったというのが重要だと考え、自分も同じように一人で挑むことで、勇気を示そうとした。
もちろん、それには危険が伴う。魔物に見つかればひとたまりもないし、そうでなくても、迷って帰れなくなる可能性もあった。
しかし、チグラスさんは、精霊に認められさえすれば、どうにかなると考えた。
逆に、これで精霊に認められないのなら、自分にはその資格がなかったということになる。
元々、アルマスさんが台頭したことによって、自分の居場所はなくなっていた。盗作疑惑も、自分の勘違いだったということがほぼ確定している状況で、これ以上生きていても仕方がない。
だから、その時は、潔く魔物に殺されようと考えていたようである。
「結局、精霊は現れることはなかった。俺には、その資格がなかったってことなんだろうな」
一応、ここまで入り込めたことは、相当運がよかったことだろう。勇気を示すという意味では、十分すぎるほどである。
しかし、それでもなお精霊が現れないということは、その資格がないと言っているようなもの。
チグラスさんには、それこそが答えだと感じたようだった。
「……本当は、わかっていたさ。自分に、その資格がないことくらい」
チグラスさんは、アルマスさんと同じ時期に、天才デザイナーとして、有名人となっていた。
だからこそ、王都改造計画という、今後の国の未来を左右するような大行事に呼ばれたわけだし、それは素直に凄いと思う。
けれど、それにアルマスさんが抜擢された後のチグラスさんの人生は、悲惨なものだった。
注文がなかったわけではない。いくらアルマスさんに後れを取ったからと言っても、その建築センスは真逆を向いていたし、需要は十分にあった。
しかし、どこへ行っても、アルマスさんの名前がついて回ったのだ。
人の噂話、ちょっとした建築の癖、それらが耳、目に入る度、自分の挫折を見せつけられているようで、耐えられなかった。
だからこそ、チグラスさんはデザイナーの道を諦め、隠居しようと考えたのである。
たとえ、周りから見たら、十分凄い人だと思われていたとしても、結局は自分はアルマスさんの劣化なのだと思い続けていたようだ。
それが、盗作疑惑が出て、ようやくツキが回ってきたと思った。
自分は間違っていない、あの時、アルマスさんを選んだ王様の選択は間違いだったのだと、突きつけることができると。
しかし、結果はこれだ。
精霊の導き、一般人には到底成しえないような道を、アルマスさんは見つけていた。
そして、自分には一生かかっても精霊には会えないと言われたニーシャさんの言葉もまた、深く突き刺さっていたようだ。
これは、完全に心が折られちゃってるなぁ……。
「あきらめる、よくない」
「これだけやっても、出会えないのにか? これ以上、俺は何をすればいい?」
うなだれたまま、力なく声を上げるチグラスさん。
ここで、慰めるのは簡単だけど、これは簡単には起き上がれそうにないなぁ。
俺としては、チグラスさんも十分凄いデザイナーではあると思っているんだけど、本人がこの調子じゃ、まじで自殺しかねない。
都合よく精霊が出てきてくれれば一番いいのだけど、そんな様子もないし、俺には今のチグラスさんを立ち直らせる言葉が思いつかない。
どうしたものか……。
「ここにいたか」
「にくす」
しばらくして、後からニクスが追い付いてきた。
ニクスは、項垂れるチグラスさんと、倒れている魔物を見て何かを察したのか、深々とため息をついた。
「精霊に出会えず、落ち込んで、挙句にやけになって死のうとでもしたか? だから言ったのだ、初めからこんな奴のために働く必要はないと」
「にくす、しつれい」
「おい貴様、ここまで迷惑をかけておいて、謝罪の一つもないのか?」
「それは……すまなかった。俺のせいで、お前達を危険な目に遭わせてしまった」
「ふん、言えるじゃないか。さて、それで貴様はこれからどうする?」
「どうする? 俺には、資格がない。このまま精霊を探しても、見つけられっこない……」
「だから諦めるって? 全く、一生かかっても見つけてやると息巻いていたあの時の啖呵はどうした。貴様の信念は、その程度で折れるものだったのか?」
まくしたてるニクスに、何も言い返せないチグラスさん。
確かに、チグラスさんのやったことは、周りに迷惑を振りまいただけのようにも思える。
まあ、私兵はチグラスさんが雇ったものだし、俺達も勝手についてきただけなので、迷惑をかけられたからと言ってどうこうする気はないけど、その行いは、物凄く自分勝手なものだっただろう。
ここで諦めるということは、それこそ今までの行いをすべて無に帰す行為である。
チグラスさんは、それでいいんだろうか?
「そんなこと言われても、見つけられないんだから仕方ないだろう! 俺だって努力した! 勇気を示し、精霊に認められるように頑張った! だが結果は、何も得られなかった!」
「ふん、そう言うのはもっと死ぬ気でやってからにしろ。貴様が胸にしまっている香、魔物避けのものだな? あらかじめ、魔物に出会わないように、対策していたんだろう」
「それ、は……」
「それに、その足の傷。治してもらったようだが、そこが傷つくということは、逃げようとしていたってことだ。死ぬ覚悟? 馬鹿を言え、そんなもの、初めから持っていなかっただろうに」
「……」
確かに、言われてみればその通りである。
こんな森の奥まで魔物と出会わずに来れたのは運がいいなとは思っていたけど、まさか魔物避けを張っていたとは。
魔物避けは、必ずしも魔物を寄せ付けないというわけではないけど、それでも、ないよりはよっぽど効果がある。
チグラスさんは、自分に資格がないとわかったら、そのまま潔く死ぬつもりだったと言っていた。しかし、現実には、幾重にも死なない工夫が凝らされていたのである。
まあ、森に一人で入るのだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど、勇気を示すと言っておきながら、それは確かに、少し目的が変わっているように思える。
死ぬ気で挑むと言いながら、実際には死にたくなかったのが見て取れる内容。
結局のところ、チグラスさんは、本当の意味での勇気を示せていたわけではなかったのだ。
「貴様が本当に精霊に認められたいと思っているなら、覚悟を示せ。小細工なしでな」
厳しいようだけど、ニクスの言うことにも一理ある。
果たして、チグラスさんは立ち直れるだろうか?
少し心配しながら、チグラスさんの様子を眺めていた。




