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第百八十話:消えた主

 それからしばらく。来る日も来る日も森に入り続けたが、件の精霊が見つかることはなかった。

 探す場所が悪いのかと思い、捜索域を広げたりもしてみたが、見つかる様子はなし。

 贈り物をして、現地の精霊を呼び出して話を聞くというのも試したが、ニーシャさんの通訳の結果、それらしい精霊のことは知っていると言っていたけど、それがどこにいるのかまでは知らない様子。

 これは、今はこの森にはいないのか、あるいは隠れているのか、どちらなんだろうか。

 元々、精霊の存在は、精霊の方から知覚させない限りは、普通は見えない。幻獣のように、魔力操作に長けているのなら初めから見えるかもしれないけど、普通の人間は、わざわざ隠れようとしなくても、見ることはできないのだ。

 つまり、隠れるということは、同じ精霊など、自分を知覚できる相手から隠れるということになるわけだけど、そんなことをする意味はあるだろうか?

 いまいち、よくわからないけど、もしそう言うことをされていたなら、見つけるのは困難である。

 だって、あちらが会う気はないって言ってるわけだからね。

 だから、一時的にこの森を離れているってパターンの方が嬉しいのだけど、果たして。


「んーむ、くせん」


 まあ、元々精霊をそんなすぐに見つけられるとは思っていない。

 俺はドラゴンだし、ニクスという協力者もいたから簡単に会えたけど、普通の人が会うのは難易度が高すぎる。

 それこそ、一生を捧げるような苦労をしなければならないかもしれない相手をたった数日で見つけられる方がどうかしている。

 それは、チグラスさんもわかっているはずだけど、ここ最近、全く成果が挙げられていないことから、だんだんと不機嫌になっていた。

 人や物に当たるようになり、言動も粗雑になっている。

 今は、私兵の人達が宥めているけど、いつ爆発するか、わかったもんじゃない。

 まあ、気持ちはわからないでもないけどね。

 チグラスさんが精霊を探すのは、実際に会って、盗作かどうかを聞きだしたいというのが表向きの理由だと思うけど、実際の理由は、恐らく、自分だけ精霊に認められていないというのが受け入れられないんだろう。

 同じく天才デザイナーとしてもてはやされたアルマスさんは、精霊に会い、天啓を授かって、大成功した。しかし、自分はそんな稀有な出来事など何もなく、訳も分からぬまま退場した。

 俺からしたら、そんな凄いアルマスさんに自力で迫れるチグラスさんも凄いと思うけど、精霊に認められるというのは、やはり特別なことなんだろう。

 あいつがやれたのなら、自分にもできるはず。そう言う考えがあるからこそ、こうして我儘を言ってまで、探しに来たのだ。

 しかし、実際には全くと言っていいほど見つからない。それはすなわち、自分には資格がないと言われているようなものである。

 そりゃ、心も荒むというものだ。


「そろそろ、ふぉろー、ひつよう」


 このままだと、いつか絶対にやらかす。

 ただでさえ、宿の備品を壊したりしているのだ、チグラスさんのイメージは下がる一方だし、どうにか止めなくてはならない。

 でも、今のチグラスさんに、どんな言葉を投げかけても無駄だろう。

 解決策があるとしたら、精霊が出てくることだけど、そう都合よく行くはずもない。

 助けになってあげたいけど、どうしようもないよね。

 とにかく、できる限り見つける努力はしよう。

 そう思って、今日も森へ向かおうと思っていたのだけど……。


「見つかったか!?」


「いや、どこにもいない!」


 バタバタと忙しなく走り回る私兵達の姿があった。

 なんだか嫌な予感がする。

 俺は、フェルと顔を見合わせた後、話を聞いてみることにした。


「ああ、あんた達、チグラス様を見なかったか?」


「いえ、見ていませんね。何かあったんですか?」


「それが……」


 どうやら、朝チグラスさんが泊まっている部屋を訪れたが、すでに誰もいなかったらしい。

 早めの朝食でも食べているのかと思い、食堂にも顔を出してみたが、見つからず、宿の外まで手を伸ばしてみても、全くと言っていいほど姿が見えない。

 主がいきなり失踪してしまったことで、私兵達はパニックになり、一刻も早く見つけ出そうと、こうしてどたばた走り回っていたようだ。

 誘拐、じゃないよね。そこまで高い宿というわけでもないので、部屋に鍵はないが、堂々と宿屋に誘拐に入るような輩はいない。

 宿屋である以上、他にも人が泊っている可能性が高いし、下手に騒ぎを起こして、多くの人に知られるリスクを考えれば、まだ街中で攫った方がましである。

 それに、話によると、チグラスさんが普段身に着けている道具もなくなっていたらしいから、恐らく、自分から出たんじゃないかとも言っていた。

 朝一で部屋に行ったにも拘らず、その時点でいなくなっている。そして、自分から出ていった可能性が高いと考えると、考えられるのは、森に行ったってところだろうか。

 いつまでも精霊を見つけられないことを焦って、一刻も早く見つけようと、早めに宿を後にしたと。

 でも、チグラスさんとて、森が危険なことくらい知っているはずである。実際、先日も、蛇の魔物に襲われかけたのを助けたこともあった。

 一人で森に入ることが無謀なことくらい、わかっているはずである。

 しかし、それ以外に考えられない。まさか、店も開いていない時間に、市場に行ったわけではあるまいし。


「とにかく、私達も探してみますね」


「お願いする! どうか、チグラス様を見つけ出してくれ!」


 まあ、町の中にいるなら、そうそう危険なことはないだろう。

 スラム街とか、治安の悪い場所に入らなければね。

 だから、今行くべきはやはり森である。

 俺は、ニーシャさんに頼み、索敵をしてもらう。これで、森の方面にチグラスさんの反応があれば、確実だ。


「……うん、確かに森にいるっぽいね」


「やっぱり」


 そうと決まれば、早く助け出してあげなければ。

 フェルとニクスを伴って、ニーシャさんの索敵を頼りに、進んでいく。

 どうやら、結構奥にいるようだ。

 普通なら、こんな奥に行く前に魔物に出会って引き返すのが落ちだと思うけど、よほど運がよかったってことなんだろうか?

 流石に、武器の一つくらいは持っているはずだけど、チグラスさんは、別に戦闘が得意というわけではない。

 早く見つけてあげないと、手遅れになる可能性がある。


「にーしゃさん、てき、いる?」


「んー、何かまではわからないけど、でかいのがいるね。急いだほうがいいかも」


 流石に、未だに魔物に会わないでいたというわけではなさそうだ。

 まあ、朝早いうちから出て至ったと考えれば、今まで出会ってなかった方が奇跡と言えるけど。

 俺は、人化を一部解除し、背中から翼を出す。

 この方法は少し制御が難しいけど、ドラゴン姿で駆けつけるわけにもいかないからね。

 フェルを抱え、ニクスには後から追いついてもらうとする。

 森の中では相当飛びにくいけど、そこは木々の上に出てさっさと抜けていくことにする。


「みつけた」


 しばらく飛ぶと、眼下にチグラスさんの反応を確認した。

 ひとまず、フェルに助太刀に入ってもらおうと、手を離し、自分は少し離れた場所に着地する。

 今のフェルなら、多少でかい相手でもなんとかできるだろう。

 この森には、幻獣はいないようだし、そこまで強い奴がいるとも思えないしね。


「ルミエール、終わったよ」


「んっ」


 翼を消して駆けつけた頃には、すでに勝負はついていた。

 どうやら、相手はクマ型の魔物だったらしい。

 いくら奥地とはいえ、こんなでかいのが現れるのは珍しい気もするけど、よくよく考えれば、ヒノアの大森林でも浅瀬に同じようなのが出現していたな。

 フェルの側に横たわっているチグラスさんだけど、結構酷い状態である。

 服はボロボロだし、足を怪我しているのか、足元には血がにじんでいる。

 まあ、こんなでかい相手にこの程度で済んでいるなら運がよかったとも言えるけど、早く治してあげなければ。

 俺は、すぐに近寄って、治癒魔法をかける。

 服はどうにもならないが、怪我はすぐに治っていった。


「……お前達、来たのか」


「ちぐらすさん、どうして?」


「ふっ、笑いたければ笑うがいい。俺は、どうせこの程度の男だ」


 なんだか卑屈になっているようだけど、とりあえず話を聞いてみる。

 さて、なんでこんなところに一人で来たんだろうか?

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