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第十八話:命からがら

 時間は少し巻き戻りまして、とある冒険者の視点です。

 トボトボと道を引き返し、ルクスの冒険者ギルドに辿り着いたのは夜のことだった。

 あんな満身創痍だったのに、一度も休むことなく歩き続けられたのは、あのドラゴンが治癒魔法をかけてくれたおかげだろう。

 疲労すらも回復したのか、まるでぐっすりと眠った後のようだった。

 もちろん、仲間を失ったショックもあって、足取りは重かったけど。

 逃げた他の人達は無事だろうか。あの中には冒険者もいたはずだ。辿り着けているなら、報告が上がっているかもしれない。

 私はギルドの扉を開ける。すると、騒がしかったギルド内が一気に静かになった。


「フェル!? お前生きてやがったのか!」


 酒場でジョッキを片手に食事をしていた大男が立ち上がる。

 パーティメンバーではないけれど、いつも私によくしてくれている先輩冒険者だ。名前はカーディさん。

 カーディさんを皮切りに多くの人達が私の周りに集まってくる。


「幽霊じゃねぇよな? フェルだよな?」


「よくぞ生きてた! お前に何かあったらどうしようかと……!」


「サジェット達はどうした? 一緒じゃないのか?」


「おい! 誰かギルドマスター呼んで来い!」


 頭を撫でられ、抱きしめられ、それはもうもみくちゃにされた。

 私は背が低いということが手伝ってか、やたらと可愛がられることが多い。

 今集まった冒険者達も、みんな私のことを助けてくれた人達ばかりだ。

 時にはご飯をおごられたり、時には冒険のアドバイスをくれたり。

 パーティメンバーではないけれど、私にとっては仲間のような存在だ。


「フェルミリアが戻ったって?」


 階段の上から一人の男が下りてくる。

 この冒険者ギルドのギルドマスターのメルセウスさんだ。


「はい、何とか無事に戻れました」


「怪我は……してねぇみてぇだな。詳しい話が聞きたい、来てくれるか?」


「わかりました」


 冒険者達の輪を抜けメルセウスさんについていく。

 多くの人達が私を心配してくれるのはとても嬉しい。私は、悲しい気持ちを抑えて、精一杯の笑顔を向けて返した。

 応接室へと通され、ソファを勧められる。

 私が座るとメルセウスさんもどっかりと腰を下ろした。


「まずは無事に帰還してくれたことに礼を言う。ありがとう」


「い、いえ、お礼を言われるようなことでは……」


「この冒険者ギルドに来た奴はみんな俺の家族も同然だ。家族が無事に帰ってきてくれたことを喜ばない奴はいないだろ」


 メルセウスさんはこういう人だ。

 私がこの町に来た時も、色々と世話を焼いてくれたことを覚えている。

 ちょっと強引なところもあるけど、それは愛情故だ。


「早速だが、詳しい話を聞きたい。他の連中の話だと、ワイルドベアーが出たって話だったが」


「はい、それなんですが……」


 私は詳しい事情を説明した。

 ワイルドベアーによって、冒険者メンバーは私を除いて全滅。逃げのびたのは、早々に逃げだした労働者達と、臆病風に吹かれた一部の冒険者だけだ。

 私が遺体から回収したギルドカードとタグを見せると、メルセウスさんは静かに肩を落とした。


「そうか、生き残ったのはお前だけか……」


「私も死んだようなものだったんですけどね。今でも生きているのが信じられないくらいです」


 あの状況下で生き残れたのは、本当に運命のいたずらとしか思えない。

 一体誰が急にドラゴンが現れて助けてくれるなんてことを想像するのか。今思い出しても夢物語にしか思えない。


「それで、生き残ったのは喜ばしいが、どうしてお前は無傷なんだ? 防具は粉々なのに……」


「はい。それがですね……」


 でも、私はその夢物語を説明しなくてはならない。

 いきなりドラゴンが現れたこと。そのドラゴンが一撃でワイルドベアーを葬り去ったこと。そして、私のことを治療し、何もせずに飛び去って行ったこと。

 メルセウスさんは、最初こそ平然としていたが、話すにつれてどんどん顔が険しくなっていった。


「……お前が嘘を吐くような性格じゃないことはわかってるんだが、とてもじゃないが信じられないな」


「ですよね。私もそう思います」


 治癒魔法を使いこなすドラゴン。これだけでもおかしな話だ。

 ドラゴンは今までにも何匹か確認されているが、いずれも使いこなすのは攻撃系統のものばかり。それはそうだ、攻撃の手段なのだから。

 確かに治癒魔法という魔法は存在するが、それはドラゴンが扱うような魔法ではない。恐らく、世界中探しても、こんなドラゴンはあのドラゴンだけだろう。


「だが、ドラゴンはこの町でも何回か目撃されている。特徴からして、そいつだということは間違いなさそうだ」


「あのドラゴン、なんで私を助けてくれたんでしょうか……」


「わからん。そもそも、本当にそのドラゴンが助けてくれたのか? 他に人がいたという可能性は?」


「ないと思います。私を助ける気があったなら、もっと早く助太刀してるはずですし、タイミングも不可解です。それにあのドラゴンが危害を加えてこなかったのも気になります」


 あの場に他の第三者がいたというのなら、私達に力を貸すこともなく傍観していたということになる。仮にあのタイミングで現れたとしても、ドラゴンを前にした人間に治癒魔法をかけたところで意味がないだろう。どうせすぐに食われるのだから。

 姿を見ることもなかったし、あの場には間違いなく私とドラゴンの二人しかいなかったはずだ。


「ふむ。もし本当にドラゴンが治療してくれたというのなら、感謝すべきなんだろうが……」


「ドラゴンの子供は即討伐が基本、ですよね……」


 ドラゴンの生態は謎に包まれている。目撃例自体が少ないし、その中で子供を目撃するなんて相当に稀だ。

 しかし、もし見かけた際には、多少無茶をしたとしても倒さなくてはならない。

 なぜなら、子供が成長し成竜になれば、手が付けられなくなるからだ。

 ドラゴンはSSSランクの災害レベルの魔物。倒すには勇者が出動し、それにさらに軍が加勢することによってようやくというレベル。

 だがまだ子供なら、そんな脅威になる前に倒せるかもしれない。

 もちろん、子供でも強いことに変わりはないが、ランク的にはSランクと言ったところだろう。

 これならまだ高名な冒険者が数人揃えば倒せる範囲だ。


「すでに王都の方へはワイルドベアーの件で連絡を入れている。後数日もすればAランク冒険者チーム『紅蓮の翼』と『宵闇の星』が来るはずだ」


 Aランク冒険者チームともなれば冒険者の間で知らない者はいない。

 『紅蓮の翼』は元々勇者のパーティだったリーダーのセインさんを中心に集まった剣士集団。

 魔物はすべて駆逐しなければならないという強い意志を持っており、モンスターキラーの渾名を持っている。

 彼の前に現れた魔物は悉く虐殺され、中には彼の姿を見るだけで逃げ出す魔物もいるのだとか。

 『宵闇の星』は実力で成り上がってきた混成パーティ。

 どんな状況にも臨機応変に対応できる機動性を持ち、依頼を受ければどんな内容でも必ず完遂すると言われている。

 ただし、リーダーのナシェさんは非常に正義感が強くて、悪質な依頼に対しては依頼人を縛り上げて反省させるほど過激な人でもある。


「確かにそのチームなら討伐できそうですね」


「ああ。その時にはお前に案内役を頼みたいんだが、やってくれるか?」


「それは……」


 私は少し逡巡する。

 案内役をすること自体は構わない。Aランク冒険者チームが一緒にいるなら心強いだろう。

 でも、その時にもしドラゴンに出会ったら、彼らはドラゴンを討伐しようとするに違いない。

 それはそうだ。元はワイルドベアーの討伐が目的とはいえ、そいつを倒したのはドラゴンなのだから。

 だけど、本当にそれでいいのだろうか?

 あのドラゴンは私を助けてくれた。なのに、ドラゴンだからと言って討伐してしまってもいいのだろうか。

 あのドラゴンには何か特別ななにかを感じる。もしかしたら、わかり合えるのかもしれない。

 でも、そんなこと周囲が許さないだろう。

 私は、どうするべきなのだろうか。


「……辛いなら別の奴に任せるが」


「……いえ、私がやります。サジェット達の回収もしたいですし」


 迷った末、私は行くことにした。

 ここで行かなかったとしても結果は変わらないから。

 それに、あのドラゴンが再び現れるという保証もない。出てこなければこんな思いをする必要もない。

 不思議なドラゴンのことを想いながら、私は静かに目を閉じた。

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